責任その12
重い気持ちで朝を迎える。
6時間は寝たのに眠れた気がしない。
しかもソファーで寝たので体が痛かった。
一度はクダリさんのベッドに潜り込んだのだけど、布団からするノボリさんとは違うクダリさんの匂いに落ち着かなくてソファーに移った。
ちなみに匂いの違いとしては、ノボリさんが黒髪清純系美少女ならクダリさんは金髪小悪魔系美女の匂いがする。
なんか、妖艶な感じの匂いでした…。
クダリさんに冷蔵庫にあるものは何でも食べて、と言われているが、食欲がない。
結局昨日の夕飯も食べていなかった。
今日ノボリさんは早番の筈だ。
時間からしてもう仕事に出てしまっただろう。
何もせずぼんやりとテーブルに座っていると鍵を開ける音が聞こえた。
「おはよー、なまえ!よく眠れた?」
「おはようございます、クダリさん…。」
寝間着姿で現れたクダリさんは朝から元気がいい。
羨ましい限りだ。
「遅番ですか?」
「うん、ノボリはもう出てったけど、僕まだゆっくりできる。」
そっか。やっぱりもう出てたか。
何もせずただイスに座っているだけの私を見て、クダリさんが不思議そうな顔をした。
「朝ご飯、食べた?」
「あー…さっき起きたばっかりで…。」
「僕もまだ。一緒に食べよ。」
私の返事を待たず、クダリさんは冷蔵庫から食パンや卵を取りだす。
「僕、洋食派だけどなまえ平気?」
「大丈夫ですよ。」
あれこれ材料を取り出すクダリさん。
…料理できるのかな…。
冷蔵庫から出した材料を腕いっぱいに抱えるクダリさんを助けようと、いくつか受け取った。
「私パン焼きますよ。クダリさん何枚食べますか?」
「4枚。」
「そんなに食べるですか!?」
「これでも抑えてる!」
しかも食パンは6枚切り。
ノボリさんも朝から結構食べるけど、痩せの大食いらしい…。
クダリさんが卵を割って何やら作り始める。
「何作ってるんですか?」
「オムレツ。」
「…料理できたんですね。」
「ノボリ程じゃないけど、それなりに作れる!」
ぷりぷり怒るクダリさんは、オムレツをひっくり返すのに失敗していた。
ちら、とクダリさんが私に視線をやる。
「…えへ。」
「えへって言われても。」
「煎り卵にしちゃえ。」
哀れオムレツ予定だった卵はさい箸でぐちゃぐちゃにされてしまう。
うん、まぁ…努力はしているみたいだ。
「いただきます。」
「いただきまーす。」
元オムレツの煎り卵にベーコン、サラダ、食パンとTHEブレイク・ファーストな朝食が出来上がった。
さっきまで食欲なかったけど、クダリさんと喋りながら料理してたらお腹が空いていた。
同棲を始めてからノボリさんの好みに合わせて私も和食を作っていたから、朝から洋食なんて久しぶりだ。
冷蔵庫や調味料を見たけど、クダリさんは根っからの洋食派らしい。
「ノボリさんと違って、クダリさんは洋食派なんですね。」
「うん、僕とノボリって意外と好みが正反対。よく食事のことでケンカした。」
あぁ、だから同棲はしてないのか。
なんとなく納得。
「ノボリは右利き、僕は左利き、ノボリが犬好きなら僕は猫好き。」
意外。
ノボリさんが猫派でクダリさんが犬派だと思った。
でもノボリさん、実は熱血なとこあるから犬と全力で遊び倒すだろう。
河原で犬にも負けず全力疾走するノボリさんが頭をよぎった。
「ことごとく逆なんですね…でもそれなら2人で一つのものを争わなくていいですね。」
双子と言えば、それに頭を悩ませるのは当たり前だと思っていた。
けどこれだけ好みが真逆なら、半分に分けられないものでも争う必要がないだろう。
そう思ったのだけど、クダリさんはベーコンを口に入れながら「んーん。」と首を振った。
「…全てが逆じゃないよ。ハマるものは2人してとことんハマる。
例えば電車とか、ポケモンバトルとか。むしろハマりすぎてお互いに譲るってことができないから厄介。」
「ふうん…じゃあ2人でサブウェイマスターになれて良かったですね。」
「うん、そうだね。」
ニッコリ無邪気にクダリさんが笑う。
サブウェイマスターの枠がもし1人だけだったらどちらがなっていたのだろう。
クダリさんが「ご馳走様!」と言って食器を片づける。
…いつ食パン4枚も平らげたんだろう…。
私は半分も食べていない食パンにかじり付いた。
寝巻で調理していたクダリさんだけど、身支度を終えた今はビシッとサブウェイマスターの白い制服に身を包んでいる。
「おー、サブウェイマスターがいる。」
「制服着ないとサブウェイマスターじゃないの?」
「だって、さっきまで寝巻姿に髪の毛ぐちゃぐちゃでとても社会人には見えな…。」
「ちゃんと働いてる!」
もう、と怒りながら帽子をかぶったクダリさんが、何を思ったか被ったばかりの帽子を外して私のほうへ差し出す。
「なんですか?」
無言で差し出された帽子をつい受け取ると、クダリさんが目を瞑って「ん。」と言ってきた。
「へ?帽子被せろってことですか?」
私よりだいぶ上にある頭の上につま先立ちで帽子を被せると、目を開けたクダリさんがムッとした表情をした。
「違う、行ってらっしゃいのチュウ!」
「はぁ?」
「早くして!」と言ってクダリさんはまた帽子を私に渡すと、目を瞑って今度は少し屈んだ。
いやいやいやいや…何言ってんの!?
「しませんよ!」
「えー、なんで?ノボリには毎日してるんでしょ?」
「してませんよ、何言ってんですか!」
クダリさんの唇を隠すように、口元に帽子を押しつけて渡す。
「ちぇー。」とクダリさんが渋々帽子を被った。
ノボリさんにしていたとして、なんでクダリさんにもしなきゃいけないんだ。
ていうか、責任発生しちゃうでしょ!
クダリさんのことだ、面白いからって理由でチュウを求めたのだろう。
無邪気って怖い…。
しかしクダリさんは諦めなかったらしく、落ちないよう帽子のつばを抑えると
「隙あり!」
「あいた!!」
ぶつかるように頬へキスしてきた。
骨に響くようなキスだった…。
「行ってきまーす。」
怒る間もなく鞄を引っ掴み、クダリさんは走って出かけて行った。
「…もう帰ってくんなー!!」
冷静に考えたら、ここクダリさんの部屋だった…。
1人になり、朝食に使った食器を洗い終えると私はやることがなくなってしまった。
とりあえずテレビを点ける。
…ヤバイ、まったく面白くない。
しかも6番道路でクルマユ大量発生のニュースが流れて涙線も緩む。
まだクルマユショックから抜けきれない。
昨日、ノボリさんに連絡を取ってから更に2時間経って隣の部屋の扉が開く音がした。
かなり遠くのほうまで探してくれたようで、申し訳ない。
隣の部屋で何かしでかしたらしいクダリさんとぎゃあぎゃあ騒いでいたので何度駆けつけようとしたことか。
けれどやっぱり私はかける言葉が見つからなくてクダリさんの部屋に籠ってしまう。
意気地がない。
こっちの世界に来てから自活するため色んな苦労もしたから、成長したつもりになってたけどそうではないらしい。
…でも私、きちんと責任取るって言ったんだよね。
せめて迷惑かけたことだけは謝りに行こう、と私は腰を上げた。
ノボリさんが帰ってくるのを待つことも考えたけど、誠意として少しでも早く謝りたい。
ならシングルトレインに勝ち進んで、会いに行くしかない。
バトル後の空いた時間にノボリさんに謝る、という時間制限のあることが私の気持ちを楽にしたらしい。
決断するとすぐさま身支度をし、私は部屋を出ようとして…肝心の鍵がないことに気付いた。
このまま私が出て行ったら、部屋が開けっぱなしになってしまう。
クダリさんがノボリさんの部屋の合鍵を持っているように、ノボリさんもクダリさんの合鍵を持っているけど、確かキーケースの中に一緒に入れていた。
だからノボリさんの部屋に行っても、クダリさんの鍵はない。
管理人のおじちゃんに事情を説明すれば鍵を閉めてくれるだろうけど…なんて説明しよう。
おじちゃん的に私はノボリさんの奥さんってことになってるらしい。
(どうせノボリさんが変な説明したに違いない)
その私が弟のクダリさんの部屋の鍵を閉めるよう頼むのはちょっとおかしい。
…近所で変な噂を立てられたら、どうしよう…。
ごくり、と生唾を飲み込む。
少し考え過ぎかもしれないけど、万が一そうなったらかわいそうなのはノボリさんとクダリさんだ。
誰か代わりに留守番してくれる人がいればいいんだけど…。
悩んでいると、ライブキャスターが鳴った。
「なまえちゃん!昨日は無事帰れた?」
「フウロちゃん…!」
変わらない笑顔が画面に映る。
心の友・フウロちゃんだった。
「今ライモンにいるんだ!急だけどこれから遊ばない?」
「うん、遊ぶ遊ぶー!…て違う。」
嬉しいお誘いに思わず喜んだけど、私これからノボリさんに会いに行こうとしてたんだった。
すごく遊びたいけど、どの道鍵がないから出て行けないし…。
「どうしたの?」と心配するフウロちゃんに、申し訳ない気持ちで私は言った。
「あのね、実は…。」
「やっほいなまえちゃん、あなたの街のフウロちゃんだよ!」
扉を開くなり、バトル前の決めポーズをビシッと決めたフウロちゃん。
(例の背中を向けて肩越しにこっちを見るポーズ)
「やだかっこいい!」
羽を広げてグワグワ鳴いて荒ぶるスワンナを横に従えた姿が様になる。
私はライブキャスターで事情を話し、思いきってフウロちゃんにお留守番を頼むことにした。
「…ってことで、お留守番頼めないかな…?」
「うん、いいよ!!」
恐る恐る言う私とは対照的に、スパーンと答える気持ちの良い返事だった。
「冷蔵庫の中、使っていいから!」
「わかった!」
「眠かったらベッド使って!」
「りょーかい!」
「あ、ベッドの下は見ちゃダメよ!」
「気になるー!」
ざぁっと流れ作業的に喋り終わると、私とフウロちゃんは目を合わせたまま一瞬無言になり…。
「…フウロちゃん!」
「…なまえちゃん!」
示し合わせたかのように、私達はぎゅうぎゅう抱きしめ合った。
「巻き込んじゃって、ほんっっっとにごめんね!今度何か奢るから!」
「じゃあアタシ、ヒウンアイス食べたい!」
「いくらでも買ったる!」
こっちの世界で私はほんとにイイ友達を作った。
感動で咽び泣きそう。
「じゃあ、行ってきます!」と言って私は部屋を出た。
その頃ノボリは、朝礼の真っ最中だった。
朝礼と言っても、早番・遅番があるので駅員全員が集まっているものではなく、とても簡単なものだ。
手元の書類を見ながら、ノボリは淡々と今日の注意事項を読み上げている…つもりなのだが駅員たちにはそう見えない。
背景にドドドドドドドド…という効果音をしょい、ぎりぎりと歯ぎしりするノボリは凄まじい。
「…ボス、朝から凄まじいな…。」
「あぁ。なんというか…これから敵陣に特攻をかける軍隊長のようだ…。」
片手に刀一振り持ってても違和感がない。
何があったか定かではないが、今日のボスはやる気満々だ。
恐らく今日のバトルはバトルサブウェイ史上、最も壮絶な戦いとなるに違いない。
「…以上!何か質問はございますか?」
質問もなく、一通り今日の注意事項を発表し終わったノボリは締めの言葉を口にしようと息を吸う。
駅員たちは、鬼気迫るノボリの雰囲気に生唾をごくりと飲み込んだ。
「それでは!今日も!お客様に!満足頂けるバトルを提供すべく!出 発 進 行ー!!」
「おおおぉぉ!!」
ノボリの猛々しい様子に駅員一同異様なテンションで業務に就いたという。
それはさながらノボリを斬り込み隊長とし、それに続く百戦錬磨の戦いをくぐり抜けた隊員のようであった…。
「なんか今日、やけに熱い…。」
遅番で出勤したクダリは、1人テンションに乗り遅れるのだった。
11.5.4
ノリのいいバトルサブウェイの駅員たち。
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[mokuji]
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