責任その11




話しを聞いていたパイロットさんに励まされ、整備士さんには背中を叩かれ激励され、最後にぎゅっとフウロちゃんが抱きしめてくれて、だいぶ元気が出た。


…私の友達には巨乳かつ、抱きしめ癖のあるこが多い気がする。



カナワタウンに着地し、サザンドラを撫でてからモンスターボールに入れた。
恐る恐るマンションのロビーに入り、階段を見ると当たり前だがそこにはノボリさんもジャローダもいない。


ノボリさんは部屋にいるだろうか。


部屋の前でドアノブを握った状態の私は、まずなんて言おうか考える。



…何も思い浮かばない…。



手も足もぷるぷる震えて情けない恰好で暫くあれこれ思案する。
しかし掴んでいたドアノブは、私の意に反して内側から回された。
あ、と思う間もなく扉が開かれる。


そして姿を現したノボリさんは…。



「お帰りなさい。」







にっこり笑っていた。






いつもの薄く滲むような微笑みではなく、クダリさんの如くニッコリ笑っている。



何があったんだ?



そんなことを考えてからハッとする。
何かしたのは私のほうだった。


ブヂ切れすぎて普段笑わない分、怒りが笑顔として表情に出るのかもしれない。
明確に怒っている表情をされるのも怖い、が怒っているのに笑顔というのが不気味過ぎる。



「………ごめんなさい………。」



気付くと私は思わず謝罪していた。
するとノボリさんが不思議そうに首を傾げる。



「? なんでぷるぷるしてるの?」



あれ?
「どうしたの?」と見た目に反して幼い口調で喋る姿を見て、私はようやくこの人がクダリさんであることに気付いた。



「…クダリさん?」


「うん、僕クダリ。」



ノボリさんの部屋から出てくるから気付かなかった。
しかもサブウェイマスターのコートを羽織っていないから尚更わかり辛い。



「なんだ…びっくりした…!」



それを察したクダリさんが「ひどい!」と怒るが私は「はいはい、すんません。」とてきとーにそれを流す。
それよりも早く聞きたいことがあった。



「…ノボリさんは、いますか?」



じゃっかん声を細めて聞けば、クダリさんが首を横に振る。



「うぅん、ノボリ、なまえのこと探しに出てったきり。」


「うそ!」


「だからなまえが帰ってきたらわかるように留守番してたんだけど…。」



クダリさんの頭の上から、私のジャローダが顔を覗かせた。



「ジャローダ!ごめんね、置いてっちゃって。」



私に気付くと嬉しそうに首を伸ばして頬ずりしてくる。
ノボリさんに託しておけば大丈夫だろうとは思ってたけど、無事で良かった。












クダリが仕事から帰って来ると、階段にはとぐろを巻いたジャローダがいた。



「なんでこんなところに?」



近寄って撫でれば、ジャローダはその撫でる手に頭を差し入れた。
頭を撫でてもらいたいらしい。


人に慣れているこの様子から、どうやら野生ではない。
かと言って捨てられたポケモンとも思えない。



「もしかしてきみ、なまえの手持ち?」



話には聞いていたので、もしかしたらと聞いてみればジャローダは頭を縦に振った。
しかしそれなら何故こんなところに、ジャローダ一匹だけでいるのか。



「ク…クダリ…!」


「ん?」



考えていると何処からかノボリの声が聞こえてくる。
よくよく耳を澄ませば、その声はなんとジャローダのとぐろの中心部から聞こえていた。



「…何してんのノボリ。」



声を掛けるが、ノボリは言葉にならないのか呻き声を上げる。



「こんな所で遊んじゃダメ!」


「あ、そんでる、ように…見えますかぁ!?」



どうやら本気で困っているらしい。
巻きつくジャローダを宥めて、渋々といった表情でとぐろを解いたそこには何故か頭がびちょびちょのノボリ。



「やだノボリ…汚い。」


「ハァ…ハァ…礼を…言うべきなのでしょうが、今、非常に言いたくなくなりました!」



息切れしながら怒るノボリの頭をジャローダがべろりと舐め上げる。
「お止めなさい!」とジャローダに言い聞かせるが、好かれているが故に舐められているので本気で怒れない。



「で、どーしてこんなことになっちゃったの?」



傍から見ればじゃれ合っているようにしか見えない光景に呆れた顔でクダリが聞くと、ノボリはハッと我に返った。



「…そうでした、わたくしなまえ様を探しに参ります!クダリ、ジャローダを頼みますよ!」


「ちょっと、ノボリー!」



クダリの返事など待たずにノボリは走り出す。
事情の説明もされず、茫然とノボリの後姿を見送っているとジャローダが今度はクダリをベロベロと舐め上げてきた。



「…っていうこと。ノボリと何かあった?」



一通りクダリさんの説明を聞いて私は驚いた。
多分、まだ私のこと探しているのだろう。


クダリさんに事の経緯をどこから説明しよう、と悩んでいると目の前でクダリさんの頭がジャローダに食われて消える。



「ジャローダ、食べちゃダメ!お腹壊すでしょ!」


「え、これじゃれてるんじゃなくて捕食してるの?」



咀嚼し始めたジャローダをボールに戻し、玄関口に立ちっぱなしの私達は場所を移した。










「コーヒー用意するから、僕の部屋に来て。」



そう言われた私は、クダリさんの部屋に上がりこんでいた。
私を探して出て行ったままのノボリさんに帰ってきたことを連絡しようとしたら



「いいよ、僕がする。」



と言ってクダリさんはキッチンへ向かった。
多分気を使ってくれたのだろう…申し訳ない。


クダリさんの淹れてくれたコーヒーを飲みつつ、結局私はノボリさんと何があったか全て話してしまった。
フウロちゃんと違って、弟であるクダリさんにノボリさんとのことを話すのはひどく恥かしい。


だから所々ぼやかして言うのだけど、妙に勘の良いクダリさんに鋭くつっこまれて結局洗いざらい吐かされた。


全て話し終えると、私はクダリさんにどう思われているのか緊張でドキドキしながらコーヒーを飲む。
…すごく苦い。



「…そっか…そんなことあったんだ。」



一言そう言うと、クダリさんはコーヒーカップをぐいっと傾ける。


じゃばじゃばミルクと砂糖を入れる私とは対照的にクダリさんは水のようにブラックコーヒーを飲み干していた。
テーブルに出されたミルクと砂糖はてっきりクダリさんのためだと思っていたのに。



「…これからなまえはどうしたい?もうノボリとの同棲、イヤ?」



これからのことを聞かれて、私は少し悩む。
嫌なのか、と聞かれれば別に…



「嫌、ではないです…が、ノボリさんと話さない限りなんとも言えません。」


「ノボリ次第か…。」



そう、ノボリさん次第だ。
なのに私はノボリさんの話しをちゃんと聞いていない。



「あれだけ言ったくせに、ノボリさんの話を聞くのが怖くて逃げだしちゃって…。」



小心者なんです、心底そう思いながら呟けばクダリさんは「いいじゃん、逃げちゃえば。」と笑いながら言う。



「無理するの良くない。自分の気持ちに反して無理したって、押し潰されるだけでイイことない。
強くなって、堂々と渡り合える!って思えるようになったらまた立ち向かえばイイじゃん。」



「逃げるのは自己防衛!」と明るく言うクダリさんは幼く見えるけど、大人の部分が垣間見えた。
ちょっと感動。



「…クダリさん、やっぱり大人なんですね…!」


「僕、イイこと言ったのに前言撤回したくなった。」



更に「コーヒー飲めるし…!」と言うと「すごく失礼!」って怒られた。
いやだって、パフェに砂糖まぶして食べそうなんだもんクダリさん。


ちら、と時計を見れば帰ってきてから今まで2時間は経とうとしていた。
あれこれ話していたせいか時間の進みが早い。


…そういえば、ノボリさんまだ帰ってこないのかな。



「ノボリさん、遅くないですか?」


「…あ。」



ヤベッ、という顔でクダリさんが固まった。



「え、まさか連絡してないんじゃ…。」


「…………えへ、すっかり忘れてた。」


「えぇ〜。」



この2時間ものあいだノボリさんは無駄に私を探し回っていたのか…つくづく悪いことしてる。


クダリさんは悪びれる様子もなく、ライブキャスターでノボリさんに連絡を取る。
ノボリさんがなんて言うのか、気になる私は自分の緊張を誤魔化すようにコーヒーに何度も口を付けた。



「どうしました?クダリ。わたくしは今忙しいのです!」



繋がるなりノボリさんは切羽詰まった様子で告げた。
そのノボリさんの様子にさらに申し訳なさが募る。



「なまえ、2時間前に帰ってきた。」


「…は?2時間前?」



その言葉にノボリさんが烈火のごとく怒った。
怒りすぎて早口で捲し立てているため何を言っているのわからない。



「ごめーん。」



かなり頭にきているのだろうノボリさんを前にへらへら笑っていられるクダリさんの度胸が羨ましい。


見ていられなくなった私は恐る恐るクダリさんの横からライブキャスターを覗き込む。
画面に映った私を見てノボリさんが驚いて少しだけ目を見開いた。



「なまえ様!ご無事ですね?お怪我は?お腹は空いてませんか!?」


「……大丈夫です……。」



私は幼い迷子か。
つっこんでやりたかったけど心配させたのは確かなので私は口をつぐんだ。


ライブキャスターはノボリさんの音声だけじゃなく風を切る音も拾い上げ、背景には茜色の空が広がっている。
飛行中のせいもあり、ノボリさんの声は途切れ途切れだった。



「心配おかけしてすみません…今、移動中ですか?」


「はい。足がなかったのでギアステーションに寄り、シンゲンさんからケンホロウを奪い取っ……借りておりました。」


「奪い取ったんですね。」


「いいえ、平和的にお借りしたのです。」



上司にポケモン貸せ、と言われて逆らえるわけがない。
片言で喋るシンゲンさんの笑顔が頭の中に写しだされる。


ごめんね、シンゲンさん。



「…名残おしいですが、電波状況も悪いのでそろそろ切ります。そちらに到着するまで少し時間がかかりますから夕食はお先にお召し上がり下さい。」



やっぱりノボリさん、帰って来るのか。
失礼なことを考えてしまうけど、まだノボリさんと顔を合わせるのは気まずいし、当たり前だけど会ったらこれからのことを話し合わなくちゃいけない。


少しだけ間を置いて「…わかりました。お気を付けて。」とだけ告げる。


ノボリさんは律儀に返事をすると「クダリ、くれぐれもなまえ様に変なことをしないで下さいまし!」と最後に付け加えてぷつん、と画面は真っ暗になった。



「…。」



私とクダリさんは無言で真っ暗な画面を見つめた。
…すごく気まずい。


変なことってなんだ。
ノボリさん、こっちがどんな空気になるかわからないで言ったでしょ!


横目でクダリさんを盗み見る。
口は笑ってるけど、なんだかちょっと怒っているような雰囲気だった。


よく考えればクダリさんが怒るのも最もだ。
帰ってきて早々ジャローダを押し付けられ、あんなことを言われたのだし。


…ノボリさんに連絡を取り忘れたのは確かに痛手だけど。



「変なことってなんだろうね?」



気まずい空気を壊してクダリさんが言う。


何故私に聞く。
嫌な予感がして私はバッと目を逸らした。



「…さぁ…私に聞かれても…。」


「実践してみない?」


「ぃや!遠慮しときます!」



ノボリさんのせいで余計身の危険が増した。



「まぁそれはまた今度にするとして…」


「また今度は絶対来ません。」


「今日なまえは僕の部屋にお泊りね!」


「え!なんで!?」



聞き返すとクダリさんは「だってなまえ、まだ立ち向かう勇気ないでしょ?」と私の心を見透かしていた。



「なまえがノボリの話を聞けるようになるまで、ここに泊って。僕、ノボリの部屋に行く。」


「え、えぇ?」



確かに私はまだノボリさんと本格的に話し合う勇気はない。
でもだからって恋人の弟の部屋を占領して、話し合いを拒否するのはいかがなものか。
常識的に考えれば取ってはいけない行動だと思う。


断るべきだと結論を出すが、クダリさんはぱちんと両手を合わせて「決まり!」と言った。



「僕、隣の部屋でノボリ待ってる。事情は話しとくから。」


「え、あ、ちょっと待って!」



やんわり断るつもりだったのに勝手に決められ、クダリさんはバタバタと部屋の中を行ったり来たりしてノボリさんの部屋に行く準備をする。
そのクダリさんの後に付いて「いいです、大丈夫ですから!」と言うが耳を貸さない。



「冷蔵庫の中、使っていいから。」


「いいですって!」


「ベッドも使ってね。」


「いやだから泊まらないって…!」


「あ、ベッドの下は見ちゃダメだよ!」


「それは気になる。」



妙な誘惑に釣られていると、クダリさんは両手いっぱいに荷物を持ち「じゃあね。」と言って出ていってしまう。
…寝巻を持っていくのはいいとして、あのでかいデンチュラのぬいぐるみを持っていく理由はなんだろう…。


けっきょくクダリさんの勢いに負けた私は1人取り残され、溜息をついた。



11.5.4
ボス、ケンホロウ ダケハ止メテ下サイ!
「空ヲ飛ブ」覚エサセナイデ下サイ!
ボス…ボスー!!






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