責任その8
○月×日
のんびり夕飯を作っているとライブキャスターが鳴った。
「なまえ!今日の夕飯なに?」
クダリさんだった。
「クダリさんには関係のないことなので気にしないで下さい。そして働け。」
間髪いれずに言うとクダリさんが画面の向こうで「関係なくない!」とぎゃんぎゃん騒いだ。
夕飯に呼んだ覚えはないんだけど…。
背後はデスクの並ぶ見知らぬ風景で、おそらくギアステーション内にある事務所だろう。
仕事中に連絡してくるなんて…近くにノボリさんはいないのかな。
「暇なのー。相手して!」
発言とは裏腹にクダリさんの横には書類の束が積まれている。
とても説得力がない。
「ノボリさんから聞いてますよ。書類溜めこんだらしいですね?」
今日ノボリさんは早番なので、本来ならもう帰ってきている時間なのだが家には私一人だった。
「クダリの溜め込んだ書類の手伝いで帰りは遅くなります。」
今朝ノボリさんが憂鬱そうに言っていた。
同棲を始めてから2回目のセリフだったので、多分常習犯なのだろう。
「うん、ノボリ頑張ってるよ!」
偉いよね!と付け加えて常習犯は笑っている。
なんて末っ子体質だ…。
「じゃ、切りますね。」
呆れてつっこむ気にもなれず、ライブキャスターを切ろうとした。
「えー!やだ切らないで!こんな時間に暇なのなまえくらいなんだから!」
「…すみませんね定職に就いてなくて。」
どうせつい最近まで旅してた自由人さ私は。
「それより今日すっごいことあった、聞いて!」
画面上のクダリさんが何も聞いていないのに今日あったことを勝手に報告し始めた。
面倒になった私はテキトーに相槌を打ちながら里芋の煮っ転がしに落としぶたをする。
すると画面にクダリさん以外の誰かが映りこんだ。
大量の書類の山を腕に抱えたノボリさんだ。
きっとクダリさんの分の仕事だろう。
どうすればあんなに溜めこむことができるのか疑問だ。
足早で近付いてくるノボリさんの顔は不機嫌そのもので、夢中で喋っているクダリさんは背後に近付くその存在に気づいていない。
ハラハラしながら見ているとクダリさんの肩越しにノボリさんと目が合う。
仕事をやるべきクダリさんとお喋りしている私は気まずくて、曖昧に笑った。
驚いたように目を見開いた直後、その目はすう、と細められる。
差し迫る恐怖の存在をリアルタイムで見ている私は冷や汗を流した。
「そんでロッカー開けたらね、」
「…クダリさん。」
「すごいこと起きた!なんだと思う?」
「クダリさん!それよりすごいこと起きそうなんで振り返ってください!」
察してくれないクダリさんは「僕の話聞いて!」と膨れっ面だ。
その肩を、白い手袋が掴む。
「…楽しそうですね、クダリ。」
普段より幾分低い声だった。
クダリさんが笑顔のまま固まる。
私はその様子を見ていることしかできなくて、おろおろしていると突然画面が真っ暗になった。
切られたのかと思ったが、音だけは拾っているのでライブキャスターを隠しただけらしい。
「…何が!?僕、お仕事してた!」
ライブキャスターを隠しているせいで、クダリさんがの言い訳はくぐもった声で聞こえる。
「なまえ様とお喋りすることが仕事ですか…羨ましい限りで。」
冷え冷えとした声だ。
「あなたのためになまえ様と過ごす貴重な時間を割いているというのに、わたくしを差し置いてなまえ様と楽しくお喋りですか!…もう我慢なりません。こちらに来なさい。」
「何処行くの!?」
「ロッカールームです。」
「やだー!!」
わぁーん…クダリさんの叫び声が遠のく。
ギアステーションのロッカーには一体何があるのだろう。
…さようならクダリさん。
○月×日
久しぶりにバトルサブウェイに乗る。
大衆の面前でプロポーズ(?)事件以来、恥ずかしくて行きたくなかったのだが
私はお弁当片手にシングルトレインに乗り込もうとしていた。
事の発端はノボリさんがお弁当を忘れたことだ。
ノボリさんが家を出てから2時間後。
ライブキャスターにノボリさんから連絡があった。
もう仕事が始まっていても良い時間なのだけど…何かあったのかな?
「なまえ様。突然申し訳ありません。
実はお弁当を忘れてきてしまいまして…。」
画面上のノボリさんは申し訳なさそうに謝罪してきた。
お弁当を忘れるなんて完璧超人のノボリさんが珍しい。
そんな完璧超人を恋人に持つ私は女のプライドを守るのに必死なわけだが。
思っていた通り仕事中らしく、ノボリさんの背後には電車内の風景が映しだされる。
「じゃあ持っていきますよ。
何処に置いたんですか?」
皆まで聞かずとも理解した私はキッチンに向かう。
案の定ひとつお弁当が置いてあった。
そこで思わず「あれ?」と声を漏らす。
クダリさんの分が足りない。
「あの、ひとつ足りないんですけど…。」
「クダリの分ならご心配なく。」
クダリさんは向こうでお昼ご飯買うのかな。
特に深く考えずに「そうですか。」と言って、私は出掛ける準備を始めた。
「じゃあ、そっちに着いたら駅員さんに渡しちゃいますね。」
階段降りてすぐに駅員に会えるだろう。
そしたらさっさとお弁当押し付けて…と作戦を練っていたらノボリさんが「それはダメです。」と言う。
「事務所に持って行くほうがイイですか?」
言い直すがそれでもノボリさんは「いいえ、」と首を横に振る。
「シングルトレインにご乗車下さい。」
そこでようやく私はなんかおかしいぞ、と感じ始めた。
何か企んでいないか、この人。
「…お弁当渡すだけですよ?」
「はい。」
「駅員さんに渡せばいいじゃないですか。」
シングルトレインに乗ってしまっては時間がかかる。
それに絶対にノボリさんのとこまで勝ち進めるっていう保証はできない。
デメリットばかりが目立つのに、わざわざ乗る必要はないんじゃないか?
しかしノボリさんはきっぱりと言い切った。
「それではなまえ様にお会いできません!」
「…はぁ?」
お弁当に会えません、の間違いではないだろうか。
私とお弁当を取り間違えているノボリさんに私は疑問符が浮かぶ。
「私は必要ないでしょう。」
「いいえ、お弁当よりなまえ様です!」
「お弁当持っていく意味なくなってるんですけど!?」
「…そうでもしなければ、なまえ様はギアステーションにお越し下さらないではないですか…。」
ノボリさんが頬を赤らめて少し言い辛そうに言った。
かわいい…いや、騙されないぞ!
行き辛くさせた張本人が何を言う。
「勤務中なんですから、会う必要ないじゃないですか!」
「何をおっしゃります。ポケモンバトルで勝ち進めれば堂々と恋人に逢瀬して良い仕事です。利用しないでどうするのです!」
「そんな仕事でしたっけ!?」
サブウェイマスターの仕事が勘違いされる発言だ。
やっぱり真意は違うところにあったらしい。
大方クダリさんのお弁当はしっかり渡して自分の分はわざと忘れたのだろう。
「では、なまえ様のご乗車お待ちしております。
わたくしの元までひた走って下さいまし!」
ライブキャスターの画面が真っ暗になる。
言うだけ言って逃げるとは。
行くかどうかちょっと悩んだけど…。
結局放っておけない性分の私はシングルトレインに挑戦するのだった…。
「来てくださると信じておりましたなまえ様!では昼食に致しましょう。」
「バトルは!?いや、なんでお弁当持ってるんですか!」
「勘違いでした。」
「嘘だ!」
「お持ち下さったお弁当はなまえ様がお召し上がり下さい。」
「………。」
ポケモンバトルもせずに私たちは座席に並んで座り、お弁当を食べた。
車両内で飲食していいのか?
…ポケモンバトルしてる時点で飲食云々を気にする次元ではないか。
11.4.25up
11.12.29分割修正
※長文のため一部機種により最後まで表示されないため、8話だけ分割いたしました。
ご迷惑おかけします^^;
[ 12/33 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]