日常その1


「お帰りなさいませなまえ様!!
夕飯に致しますか!?お風呂に致しますか!?それともわたくしノボリをご所望ですか!?」




そこには、黒いエプロンにお玉を持ったノボリさんが仁王立ちで私を待ち構えていた。




「部屋間違えました。永遠にさようなら。」




開けたばかりの扉を閉めようとする。
マコモちゃん家に帰ろう。
しかしあと少しで閉まる扉の隙間から出てきた指のせいでそれは阻止された。




「お答えいただくまで地の果てまで追いかけます!」


「イヤー!静かに暮したいー!」




隙間から見えるノボリさんの目が怖い。
本当に地の果てまで追いかけてきそうだ。
全体重を掛けて扉を閉めにかかる私など物ともせず、ノボリさんは扉をこじ開ける。
素早く手首を掴まれ引っ張りこまれた。




「さて、ベッドイン致しましょう。」


「夕飯!夕飯が食べたいです!」




ノボリさんは色んなものを手当たりしだいに掴んで踏ん張る私をずるずると玄関に引きずり込んだ。












「…で、急にどうしたんですか。あんなこと言って。」




足を突っぱねて全力で拒否る私に業を煮やしたノボリさんが抱え上げてきたところを、自分でもよくわからない動きで回避してやった。
そのアクロバティックな動きのおかげで床に全身叩きつけたけど。
背中を変な風に捻った…痛い…。




まぁ捨て身の行動のおかげでやっと夕飯にありつけたので良しとしよう。
床に落っこちて虫の息になりながらも夕飯を主張した私に根負けしたノボリさんは、渋々と言った感じで箸を手に持つ。




「よくあるフレーズを使ってみたかったのです。エプロンにお玉、準備も完璧です!」


「それって定番なんですか?」




だから玄関にそんな出で立ちで待ち構えていたのか。
呆れて溜息が出る。
ノボリさんと同棲するようになってから溜息の回数が半端ない。
一体いくつの幸せが逃げていったのか…返して私の幸せ。




「…それに普通女性が言うものじゃあ…。」




言ってしまってから私はハッとした。
ノボリさんが待ってましたとばかりに黒い笑みを浮かべている。




「その言葉をお待ちしておりました。」




墓穴掘った!




「…やりませんよ!?」


「そうおっしゃられると思い、先にわたくしが実行致したのです。
わたくしがしたのですから、なまえ様もして下さいまし。」


「勝手にノボリさんがやっただけじゃないですか!」


「ですが夕飯をご所望なされたでしょう?取引は成立しました。」


「そんな悪魔の取引がありますか!あぁでも言わないと強制ベッドインだったから仕方なく…!」


「明日は17時ピッタリに扉を開けますので、エプロンを身につけたらお玉を片手に玄関で待機していて下さい。」


「やらないってば!」


「あぁ明日が楽しみですね。」


「会話して!!」




言葉のキャッチボールを強制的に終了させられて、私は腹いせにノボリさんの分の卵焼きを食べてやった。
「お口に合いましたようで、嬉しゅうございます。」と笑顔で言われた。ムカツク。




そして現在。
遺憾ながら玄関に立つ私は、ノボリさんのご所望通りエプロン姿だ。
お玉は味噌汁に使ったので持ちません。




「やらないから!絶対やらないから!!」




と拒絶したのだけど…。




「そうですか…そしたらわたくしは絶望のあまり死ぬしかありませんね。」




暗い表情で言われた。




「…お願いなので病まないで下さい…。」




なんで死ぬしかないんだ。
ヤンデレになられても困るので仕方なく実行することにした。
「明日は帰宅後すぐにいただきます。」と言っていたので第3の選択肢は選ばないようだからやる気になったのだけど。
17時きっかりに鍵の開けられる音の後、扉が勢いよく開けられたせいでミシリとイヤな音がする。




「ただいま帰りましたなまえ様ー!!」




叫ぶような「ただいま。」にじゃっかん引く。
管理人のおじちゃんに怒られそうだ。




「はいはいお帰りなさい。夕飯ですか、お風呂ですか、私ですかー?(棒読み+死んだ魚のような目)」




やる気のない私の姿を見て、驚いたらしいノボリさんが動きを止めた。




なんだ。言われた通りにやったぞ私は。
可愛らしく恥じ入りながら言うのがご所望だったのか。
そんな可愛らしさは旅の間にかなぐり捨てたわ!
と考えを巡らせているとそれは違かったらしい。





「お風呂に入りつつなまえ様をいただきます!!」





途端にノボリさんの雰囲気がキラキラと輝いた。





「なんだってー!?」





驚く私を余所に、ノボリさんは私を肩に担ぐとズンズンと大股で風呂場に歩いて行く。





「まさか本当にやっていただけるとはなまえ様はつけ入りやすい…間違えました、お優しいですね!」


「降ろせー!!助けて管理人のおじちゃんー!!」




エプロン姿の私は、ノボリさんに担がれたまま洗面所に連れ込まれた。




「すぐ夕飯食べるって言ったじゃないですか!」


「夕飯を、とは言っておりません。何をいただくかはわたくしの自由です!」


「いただかれるのって私!?食われてたまるか放してー!!」


「じゃあ脱ぐだけで良いです!脱がさせて下さいまし!」


「嘘だ!脱ぐだけで済むはずないー!!…あ、あ、ちょっと待っ…!」




今度はお玉の代わりに包丁を持とう。
脱がしに掛かるノボリさんの手を抓りながら私は新たな決意を胸に宿した。




11.4.11
3択同時にこなすノボリさん



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