責任その6

「イヤです。」
「何故です。」


食卓を挟んで私とノボリさんは睨みあった。
ついこの前までノボリさんの威圧感に圧倒させられてた私だけど今日は違う。
ここで折れたら私の安眠は、ない!


「言いたいことを言い合うのが恋人なのでしょう。」
「それが受け入れられるかどうかは別の問題です!」


こいつ、私が空気読んであげ足取らなかったのに平気で取りにかかってくる。容赦ない。
私を見据えるノボリさんの目は真剣そのもの。


…なんでこんなことに真剣に取り組むんだこの人は。


負けじと目に力を入れてみる。
美形の睨みは普通の人より凄味があって、私はたいして張り合えていなかったけど。
30秒程睨み合うと、急にノボリさんの放つ威圧感が縮みこんだ。


「…ダメですか?」


勝機が見えたか!?と喜色ばんだのも束の間。
今度はノボリさんに哀愁が漂い始める。


「わたくしの仕事は不規則です。同棲しているとは言え、すれ違うことも多いでしょう。
ですからせめてあなたのお顔を拝見してから仕事に出向き、夜は眠りたいのです。」


私は言葉を失った。
なにこの乙女。


もしかして、引っ越し初日の夜に部屋に入ってきたのは私の顔を見るため?
だから次の日の朝、顔が見れて良かったなんて言ったの?


恥ずかしい。
恥ずかしくて死んでしまいたくなるような真相に行き当たり、私は目をそらした。
真っ赤な顔を見られたくなくて、自然と体ごと横に向ける。


「…ノボリさんに合わせて起きます。帰って来るまで寝ません。」


私にもこんな健気なセリフが言えるのか、と冷静な自分が腹抱えて笑ってる。
仕方ない。
こちらに来てからというもの、一日を生き抜くのが精一杯だったので男女の駆け引きなんてわからない。
…やっぱり私は野生児なのか…。


「無理なさらないで下さい。」
「無理じゃありません。」
「あなたの負担を増やさないで下さいまし。」
「負担じゃ、ありません。」
「…なまえ様、あなたがわたくしの負担をお気にかけてくださったように、わたくしもあなたの負担が気にかかるのです。」


そうじゃない。

ノボリさんにかかる負担も気になってはいたけれど。
それ以上に私は自分のプライドを守りたいばっかりで。


恥ずかしさに小さくなった私は何故かそれが言えなくて。



「そう、です、か…。」



聞き取るのも困難な、小さな声で呟いた。
すると突然ノボリさんが漂わせていた哀愁を払拭させて立ち上がった。
驚いてノボリさんを見上げる。


「ご了承いただけましたか!あ、ごゆっくりお食べください。わたくしは調理に使った鍋類を先に洗いますので。」
「ぁれ!?え、」
「布団はわたくしが移動させますのでご心配なく。」


ノボリさんは淀みない動きで食べ終わった自分の食器を重ねると、キッチンへ引っ込んだ。
間もなく洗い物をする音が響いてくる。


先ほどの雰囲気とは打って変わって、ちゃっちゃか動く彼に私は絶句した。
キッチンへ向かう前に見たノボリさんの顔は清々しかった。


「…えぇ〜…。」


やっぱり私は彼に勝てないらしい。
やり場のない気持ちを抱えて、夕飯を前に私は途方に暮れた…。








夕飯後、私の布団を移動させようとするノボリさんに「心の準備が!」と言って布団にしがみついて説得した。
強行しようとしたノボリさんのせいで、布団にしがみついていた私は数メートル引きずられながら。


布団にしがみついて引きずられる私に、ちょっと驚いたノボリさんの顔が見れた。
…ひいてた、のほうが正しいかもしれない。


なので昨夜はなんとか別々に寝ることに成功。


昨夜ぐっすり眠れた私は朝食を食べながら、このままなし崩しで無かったことにしよう、と企む。しかし。


「今日は帰りが遅いのでお先に寝ていて下さい。
布団は先ほどわたくしの部屋に移動しましたので。」
「えぇ!?」


いつの間に。
廊下のほうで物音するなとは思っていたけど布団を移動させていたのか。
スイカをくり抜いた中にフルーツポンチの入った、無駄に豪華な朝のデザートに夢中だった私は気にも止めていなかった。


「あの、今日のデザートが豪華なのって何か意図が…」
「なんのことやら。」


しらばっくれたノボリさんは今日もビシッと決めて「それでは行って参ります。」と言って出勤した。


デザートが豪華だったのは、絶対私の気をそらすのと時間かせぎだ。
打算的な大和撫子になっている。








そして夜。
そこには寝つけず布団の上でゴロゴロする私の姿があった。


何故こんなことになってしまったのか…。


考えすぎで頭痛のする頭を使って敗因を考えてみる。


「あなたがわたくしの負担をお気にかけてくださったように、わたくしもあなたへの負担が気にかかるのです」


というセリフに惑わされたけど冷静に考えてみると私のことを気にかけているようで、実際は自分の願望を押し通しただけではないか。


「一緒に寝る」ことで言い争ってたのに、途中で負担がかかるかどうかが問題になってしまった。


しかもそこへ情に訴えるような雰囲気を出すから効果は抜群だった。


私がバカなだけかもしんない。
感情的になると上手く頭が回らなくなるのは悪い癖だ。


でも「そうですか。」って言っただけなのに、それを了承の言葉と捉えたノボリさんはおかしい!
夜中に騒ぐこともできず、はめられた!と頭の中で絶叫しながら力任せに枕をひっぱる。
…今さら言っても、もう遅い。
目をそらした時点で、8割方負けたも同然だ。


とりあえず今日の私はノボリさんの部屋で寝ることになった。
ノボリさんの部屋は殺風景で、無駄なもの全てを省きましたって印象だ。


…ちなみに、いい匂いがします。


前から思ってたけど、ノボリさんていい匂いがする。
黒髪清純系美少女の匂いに近い。


布団に寝転がりながら見上げると私の隣にはノボリさんのベッドがあった。
さすがに2人でシングルベッドを使うのは無理があるので、床の上に私は布団を敷いている。


体を密着させて寝る構図を想像してたけど、よく考えたらどちらかがベッドで寝るのだから騒ぐほどではなかったかも。
ノボリさんだって私の顔が見れれば問題ないわけだし。


昼間に散々マコモちゃんにごねて「帰りたくないー!!」とサザンドラもびっくりするぐらい騒いでいたのが懐かしい。
しかもショウロちゃんに頭を撫でられて慰められた。
…恥ずかしいので生涯黙っておこう。


今日ノボリさんは遅番なので帰りが遅い。
先に寝ていてほしい、と言われているので遠慮なく寝ることにした。
部屋の明かりを消す。


うとうとし始めると遠くで扉の開く音がした。


ノボリさんかなー…。


お帰り、て言おうかまた迷ったけど今日はさっさと寝てしまおう。
先に寝てしまったほうが恥ずかしくないし。


更に近い位置で扉の開く音がした。
この部屋の扉だ。


あれ、お風呂入らないで寝るのかな。
一昨日は遅くでも入ってたのになー…。


眠りたくてしょうがない私の脳内でオタマロさんが「眠れって、な!」とドヤ顔で言う。


私の脳内にはオタマロさんがいるのか。
なんか前にも同じようなシュチュエーションがあった気がする。
言うこと聞いたら、あんまり良くない目に合ったような…。


そういう嫌な予感は、お約束のように当たるもので。
やっぱりそれは現実になる。


私を跨いでベッドに入るだろうと思われたノボリさんは、私の掛け布団をめくっていた。
冷たい空気が入り込む。


ちょ、え!間違えてますよ!?


慌てて脳内のオタマロさんをどけて目を開く。
しかしその頃には、ノボリさんは既に布団におさまっていた。


ぐぬぬ…油断していた。


ノボリさんを背にして眠っていたので顔は見えない。
私はひたすら心臓をばくばくさせて、どうするべきか考えた。


諦めて眠るか。
布団を別々にしてもらうか。
目を潰すか。


…目を潰したら次はどんな責任を取らされるかわかったもんじゃない。止めよう。


ノボリさんが身じろいで「…ん?」と不思議そうな声を出すと私を抱きしめ…いや、締め上げてきた。


いだだだだだだ…!


抱きしめるなんて生易しいものじゃない。全身の骨を折る気で締め上げてくる。

これは貞躁の危機なのか!?
それとも生命の危機なのか!?

思いだせ、あのこがまだジャローダになりたての頃を。
進化したてで自分のでかい図体を意識できずにいつも通り私にじゃれて「まきつく」をかけてきた。
ポケモンバトルに負けたわけでもないのに目の前が真っ暗になった。


あれに比べればどうってことはない。
…そろそろ酸欠になりそう。


肺も潰しにかかっているノボリさんに、私は思いきって叫んだ。


「…段階踏んでからにしましょう!ノボリさん!」


そう叫ぶと、ノボリさんはびっくりしたのか腕の力を緩める。
そのすきに私は拘束を無理やり解いて、部屋の明かりを点けた。



明かりが部屋全体を照らし出す。


そこにはいたのは、白いパジャマを着て、V字に口を吊り上げた…クダリさん。
ノボリさんだとばかり思っていた私は目が点になった。


「いやーん。」


きゃっ、と恥じらいながらクダリさんは布団を胸元に引き寄せる。


なんか、イラッとした。
おい頬を染めるな。


「…何してんだこの野郎。」
「何がいい?添い寝?腕枕?夜這い?
段階踏むなら添い寝がいーい?」
「全部却下ー!!」


掛け布団をひっぺがすと、クダリさんが「寒い!」と抗議の声を上げた。
そういえば初めて会ったときも、私は技をかけられたのだ。
「すてみタックル」をかけられた上に「まきつく」の2段階構成で。


こいつはポケモンなのか。
手持ち必要ないんじゃないか。


身一つで渡り合えそうだ、クダリさんなら。


「なんでここにいるんです!?」


立ち上がって怒る私の目の前では、クダリさんが布団の上で自ら正座している。
怒られなれている。


「むしろ僕が聞きたい。ここノボリの部屋。」


「なんで?」と問い詰めるつもりが逆に聞かれて、私は言葉に詰まる。
今日から一緒に寝ますなんて恥ずかしくて言えない。


「…いちゃいちゃ?」
「断じて違います!」
「じゃあ僕が代わりに…」
「シビルドンが空を飛ぶくらいに、ないです!」


どんどん論点がズレていく。
何を言ってもクダリさんはのらりくらりとかわし、逆に私の神経を逆なでしてくる。
怒る立場の私が手玉にとられてしまった。


1人で勝手にヒートアップしていると、涼しい顔をしていたクダリさんが誰かに向かって「お帰りー」と笑顔で言った。
誰かなんて、見当がつく。




絶 対 ノボリさんだ!!




「………。」


今しがた帰ってきたのだろうノボリさんが立っていた。
サブウェイマスターのコートを羽織ったまま、着替えてもいない。
そして無表情。


何を考えているのかわからない。
怒っているのかもしれないし、飽きれているのかもしれない。
けど、その手にはモンスターボールが握られている。
隣でクダリさんが「あ、ヤバ。」と言ったのが聞こえた
まさか


「オノノクス!げきりん!」


モンスターボールから出てきたオノノクスが床に着地する。
床がみしみしと音を立てた。


「げきりん」を命じられたオノノクスは「ここでですか?」と言う顔でノボリさんを見る。
ノボリさんは眉ひとつ動かさず再度「げきりんです。」と言った。


え、どうしてこうなった?


と思っていたら素早くクダリさんがモンスターボールを繰り出していた。


さすがサブウェイマスター。
止める間もない素早い行動だった…。


「迎え討てシビルドン!」


2mはあるシビルドンが窮屈そうに飛び出てきた。
ノボリさんもクダリさんも臨戦態勢でバトルは避けられそうにない。


私も慌ててモンスターボールを取り出す。


「タブンネちゃん、まもってー!」


もはや命令にもなっていない私の叫びを理解したタブンネちゃんは、「まもる」を発動してくれた。









たいして時間も経たない内に、騒ぎを聞きつけたマンションの管理人のおじちゃんがやって来て私達はしこたま怒られた。
いい年した大人3人が正座して怒られるなんて…。


オノノクスとシビルドンが暴れた割には、家の中が荒れた程度に済んだ。
マンションが崩壊しなくて良かった。


この世界ではポケモンバトルをするために建物の強度が非常に強いらしい。
そのおかげだろう「夜中にポケモンバトルするんじゃない!」というおじちゃんの怒り方もおかしかったし。


だからノボリさんもクダリさんも躊躇なくポケモンを繰り出したんだろうけど。






クダリさんは、ノボリさんの部屋で私が寝ているとは思っていなかったと言う。
以前からクダリさんは、寒いとふざけ半分でノボリさんの布団に潜りこんでいたのだとか。
実際には一緒に寝ずに、ノボリさんに蹴りだされていたらしいけど。

「ベッドの前に布団敷いてたから、おかしいなーって思ったんだけど。」


深く考えず布団に入りこんでから、ノボリさんじゃないことに気付いて抱きついたらしい。
ていうか何故抱きつく。


「もっと他に確かめる方法はなかったんですか。」
「わかっててやった。」
「…。」
「すっごい柔らかかった!」
「ちょっと黙れ。」


私が目を潰す必要があったのはクダリのほうだったか。
次は容赦なく急所を狙ってやろうと決意する。


すると背後でギリギリギリ、という歯ぎしりの音が聞こえてきた。
振り返ると、ノボリさんが不機嫌そうにこっちを睨んでいる。


「クダリ。両手の小指をお出しなさい…反対側に折ります。」


…目が本気だ。
私もクダリさんも反射的に後ずさる。


「やだ!」


背中に両手を隠すと、クダリさんは私の背後に回り込んだ。
女を盾にするとは。
とことん私にケンカを売るつもりらしい。

背後でクダリさんが「助けて、指折られちゃう!」と助けを求めてきた。

クダリさんに押し出されて、しょうがなくノボリさんを見やる。
眉間を皺に寄せて、歯ぎしりしてる。


…怖い


「…ノボリさん、お気持ちはわかりますが…。
せめて左手の小指にしてあげたらどうですか?」


微妙な妥協案を上げるとクダリさんが私の背中を指でグリグリ抉ってきた。


「地味に痛いんですけど。」
「僕左利き!」


右ならいいのか?


肘で背後のクダリさんを押しやる。
私とクダリさんが突っつきあいをしていると、ノボリさんのイライラ度が上がったらしい。
歯ぎしりが段々激しくなる。


「兄嫁に手を出しておいて、小指で済むなどむしろ生ぬるい。
腕を切り落とさないだけでも感謝なさい。」


嫁って誰だ。


「嫁になった覚えはないんですけど…。」
「つっこむとこそこだけじゃないよなまえ!」


クダリさんが私の肩を掴んで揺さぶってくる。
ノボリさんは無機質な印象があったけど、ここ数日でその考えは覆った。
この人は感情が顔に出るのは乏しいけど、意外と激しい性格をしている。
…今は鬼のような顔をしてるけど。


クダリさんが私の頭に顎を乗せてきた。
顎が頭のてっぺんに突き刺さって痛い。
声に出さず密かに笑ったのが伝わった。


「ねぇそんなことより、イイ話。
なまえが段階踏めば何してもいいって。良かったねノボリ!」
「え!?」


驚いてクダリさんを見ると、口が裂けるんじゃないかってくらいの笑顔だった。


確かに勢いで「段階踏んでから」とは言ったけど、そんな具体的な案はだしていない。
むしろ段階踏んでくれるんなら交換日記から始めましょうよ!


あれだけ激しかったノボリさんの歯ぎしりが止まった。


「…詳しくお聞きしましょう。」
「あのねー。」
「違います!言ってませんそんなこと!」


小指のかわりに私を差し出そうとするクダリさん。



危機を感じて「部屋片付けましょう、ね!」と話をそらそうと話題をふるが。
私の言葉が聞き届けられたのは、1時間後だった。








11.3.19



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