責任その5
朝起きると、食卓にはご飯、塩じゃけ、茄子のおひたし、デザートに果物がキレイに並べられていた。
「おはようございます。昨日はお疲れでしたね。」
「…おはようございます。ノボリさんほどではないです・・・。」
ノボリさんはもう朝食を済ませて、例の黒いコートを羽織るところだった。
髪もきっちりオールバックに撫でつけられている。
かたや私は顔も洗わずパジャマ姿。
なんだこの差は…。
しかも私の手持ち達にポケモンフーズまで与えていた。
ノボリさんになつくの早くない?
「すみません、朝食だけでなくあのこ達の分まで用意してもらっちゃって。」
「お気になさらず。出かける前にお顔を拝見できて良かったです。なまえ様、今日のご予定は?」
さらっと爆弾発言された気がする。
…スルーしておこう。
とりあえず今日はトレーナー狩りをしつつ、マコモちゃんの所に今の現状を報告がてら遊びにでも行こうかな。
そう告げるとノボリさんは可愛く包まれたお弁当を朝食の横に置いた。
「もしお邪魔でなければお持ちください。
ご友人と昼食を召し上がるご予定でしたら、置いていって下さって結構です。」
お弁当!?
この男、朝食に付け加えお弁当も作っただと!
「それでは行って参ります。」と言うノボリさんの手には、先ほど自身の鞄に入れたものとは別のお弁当箱が。
多分クダリさんの分だろう。
つまり彼は計3つのお弁当を作ったことになる。
…普通逆じゃない?
女のプライドが砕けちった。
目頭が熱い。
「どうなさいました!?涙目ですよ!?」
出かけようとしていたノボリさんが驚いて戻ってきた。
女のプライドが、なんて言えず私はとっさに誤魔化す。
「か、花粉症で!」
ポケモンフーズを食べていたジャローダが「え!?」という顔でこっちを見てきた。
俺!?花粉飛ばしてないぜ!?
て顔してる。
ごめんね、嘘だからね!
「本当に花粉症ですか?」
「花粉症のなにものでもありません!
ほら仕事遅れちゃいますよ!」
しつこく心配するノボリさんに帽子を押し付けて玄関から追いやる。
まさかノボリさんが大和撫子だったとは…。
「なまえちゃーん!お帰りなさい!」
きゃーっと言うなりマコモちゃんは抱きついてきた。
私もきゃーっと言って、抱き返す。
今日もいい巨乳だ。
どんな旅人にも家や家族ぐらいはいるものだけど、他の世界から来た私には家がない。
そんな私にマコモちゃんも、その兄弟もご両親も、私に優しくしてくれた。
マコモ父には何か困ったことがあれば私の名前を出しなさい、と言われている。
もしかしてお偉いさんなんだろうか、マコモ父。
「はい!」と返事したもののマコモ父の名前は知らなかった…。
今度聞こう。
マコモちゃんに半ば引きずられるように私は家の中へと連れ込まれた。
「いいな〜旦那さんが家事やってくれるなんて!」
「結婚してないってば…。」
楽しそうに笑いながらマコモちゃんはコーヒーを出してくれた。
私の荷物を送ってもらうよう連絡したときに、簡単にノボリさんのことは話したけれど。
マコモちゃんの中で私は既婚者になっているようだった。
さすが勘違い女王。
「同棲してるだけだからね?(仮)がつくようなお付き合いの仲だからね?」
「あら、そうだったの。お父さんに話しちゃった。」
「…誤解といておいてね。」
それでもマコモちゃんは「どうせ結婚するでしょ?」とやたら私を結婚させたがる。
「じゃあ、マコモちゃんが私の立場なら結婚する?」
「えー、よく知りもしない人とはちょっと…。」
コノヤロー。
「人のこと言えないじゃない。」
ふざけてマコモちゃんの足に自分の足を絡みつけてやる。
マコモちゃんが嬉しそうに悲鳴を上げた。
「お昼ご飯にしようよ。」
話に夢中で気付かなかったけど、時計の針は12時を指していた。
もちろん食べます。
カバンを漁る私を見てマコモちゃんが笑った。
「うちで食べて行って、と言いたいところだけど…。」
「今日は愛妻弁当を食べようと思います。」
「その方がいいわね。」
今朝ノボリさんが持たせてくれた可愛い包みのお弁当を取りだす。
あぁは言われたけど、やっぱり食べないわけにはいかない。
と言うより食べたい。
きっちり几帳面に結ばれたお弁当の包みは、よく見たらチョロネコ柄だった。
もしやノボリさん、乙男(おとめん)なのだろーか。
愛妻弁当の名が似合うお弁当の包みを解くとびっくりなことに、小さな重箱。
お正月にしか見たことがない。
恐る恐る重箱を開くと、中には五目ご飯にエビしんじょう、出汁巻き卵にきんぴらごぼう、他諸々。
…負けた。
女として私は完全に敗北した。
女のプライドが砕けちった。いや、霧散して空気に散った。
そんな私を尻目にマコモちゃんは出汁巻き卵をかっさらっていった。
夕飯の材料をばっちり買い込んだ私は、頭の中で調理手順を何度もイメージしながら帰宅した。
「今日の夕飯を作って汚名挽回しちゃえ!」というマコモちゃんの言葉を胸に刻んで。
…汚名は、返上するものだ!!
マコモちゃんの間違いにあえて指摘せず帰ってきてやった。
大量の荷物を抱え込んでいるおかげで鍵を出すのに手こずる。
あんまり見つからないから、ついに荷物を置いて本格的に探し出すと扉が開いた。
「お帰りなさいませ。随分買い込みましたね。」
ノボリさんだ。
彼は当然のように代わりに荷物を持ってくれた。
あれ?今日帰って来るの早くない?
「…ただいま、帰りました。今日早いですね。」
「今日は早番だったので。夕飯できてますよ。」
「え!」
「もうお召し上がりでしたか?」思わず上げた奇声にノボリさんが勘違いする。
「あ、大丈夫です。夕飯作ろうと思っていただけなので。」
「そうでしたか。余計なことをしましたね…。」
顔は無表情だけど、申し訳なさそうな雰囲気で謝るノボリさん。
いやいや、作ってもらっといて文句はありませんよ。
「そんなことないです!おいしいし!
お弁当もごちそうさまでした。」
「お粗末さまです。」と言うノボリさんは無表情だけど嬉しそうな気がする。
…お粗末さまって…この人、日本人なのかな。
お弁当はおいしかった。
だけど夕飯は仕事帰りで、さすがに凝ったものを作れないだろう。
今度こそ女のプライドが傷つけられないだろうと安心してテーブルを見る。
食卓には、懐石料理が並んでいた。
「あの…今日は何か御祝い事でもあるんですか?」
「いつも通りですが?」
「毎日こんな献立ですか?」
「はい。」
「…おいしそうな大根の煮つけですね…。」
「本当ですか?昨日から仕込んだ甲斐がありました。」
ノボリさんが薄ら微笑む。
マコモちゃん、やっぱり汚名挽回が正しいみたい。
…私は泣いた。
「今朝から気になっていたのですが…わたくしに何か至らない点がございますか?」
目敏くノボリさんは私の涙目に気付く。
「ございません。」
「では何故涙目になるのです?」
「花粉症で…!」
ジャローダ「!?」(やっぱ俺なの!)
ジャローダの視線が痛い。
ジャローダとの絆が危ぶまれたので、夕飯を食べつつ私は理由を話した。
最初は女のプライドが傷ついて、と話したのだけどノボリさんはうまく理解できないらしい。
しょうがないので「女なのにノボリさんに料理で勝てそうにない。しかも負担ばかりかけて申し訳ない」って感じで話してみた。
「…そのようにお考えでしたか。人には得手、不得手がございます。他の分野に力を注がれるというのはどうでしょう?」
「ノボリさんを凌駕する分野がありません。」
「…妥協という言葉もございます。それにこれくらい負担にはなりません。」
そうは言われても。
プライドの問題なのでそう簡単にはいかない。
このままでは女が廃る!
「やっぱり私、作ります。」
「ですが…。」
「頑張って懐石料理作りますんで、作らせて下さい!」
「…。」
ノボリさんが難しそうな顔をした。
私の料理じゃ不満なのかな。
これだけ自分ですごい料理作れるんだし、やっぱり私は引っ込んでたほうがむしろ良いのかも…。
ネガティブになってきた私の心情を察したのか、ノボリさんが少し慌てた。
「違うのです。
…あなたの負担に、させたくないのです。」
わたくしは、それが、心配なのです。
ノボリさんは途切れ途切れに言った。
いつもはどこで息継ぎしてるんだってくらいスラスラ喋るのに。
「心配って、何が心配なんですか?」
つっこんで聞くと、ノボリさんは言い辛そうに逡巡した。
「…なまえ様が、この生活を煩わしく思うのではないかと…。
つい先日まで旅をしていたあなたには、きっと窮屈な思いをさせているのではと心配しておりました。」
つまり、今までフリーダムに生きてきた私がこの同棲生活に嫌気がさすのではないかってことか。
…最初から同棲に反対してたんだけどな、私。
むしろ負担云々より女のプライド守りたいだけなんですよね、私…。
あげ足を取りたくなったけど、空気を読んで言わないことにした。
それ以上にノボリさんに気を使わせていたことが申し訳なかった。
「これぐらい窮屈に感じません。むしろ飽きちゃうので家事くらいやらせて下さい。」
「ですが、決まった時間に料理を作るのは苦痛ではありませんか?」
「…私そこまで野生児じゃないんですけど…。」
この人の中の私のイメージってどうなってるんだろう。
今度よく話し合う必要がありそうだ。
「無理をする必要はございません。」
まだ食い下がるノボリさん。
この人、思い込みが激しい上に頑固だ。
マコモちゃんと会話させたらどうなるんだろう。
私は、今度こそノボリさんを言い負かそうと強気で言い放った。
「ノボリさんは変なところで気を使いすぎです!
私達は(とりあえず)お付き合いしてるんですよ、これじゃ恋人同士(仮)とは言えません。
言いたいことがあるなら言って、負担は平等にしないと同棲(期間限定)も辛いだけです。」
あいまいな言葉をふんだんに盛り込んでやった。
これ以上の反論をさせないよう、言い切ってみる。
(気になる言葉の羅列がありましたが…。)
「そう、ですね。おっしゃる通りです。
言いたいことを言い、負担も平等でなくては恋人同士とは言えませんね。」
納得したらしい。
難しそうな顔をして頷いている。
ご飯を作る、作らないでここまで論争を繰り広げたのは初めてだ。
「そうですよ。思ってることは口に出さなきゃわからないですし。
そんなに気を使わなくていいんですからね!」
初めてノボリさんを口で負かした。
今すごい清々しい顔をしてるな、私。
これからはご飯を作らせてもらえそうだ。
呑気にご飯を口に運んでいると、ノボリさんがじっとこちらを見ているのに気付いた。
「どうしました?」
眉間に皺が寄っている。
一瞬怒っているのか!?と身構えそうになったけどそうじゃなかった。
「ではこれから一緒に寝てもよろしいですか?」
表情と言っていることがちぐはぐで、私のすかすかの脳みそは理解するまでに時間がかかった。
気を使わないって、そこ?
「…イヤです…。」
今思えば、ここから彼の変なスイッチが入ったのだった。
11.3.17
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