責任その3
「こちらのダンボールはどこに置きますか?」
「・・・私の部屋へお願いします・・・。」
「そういえば先ほどリオルがあなたを探しておいででしたよ。」
「あ、さいですか・・・。」
無表情だが、意気揚々といった感じのノボリさんが私の部屋へと荷物を運ぶ。
突然のプロポーズ(?)の後は大変だった。
ノボリさんの真意を理解した私は、必死になって「待って!」「ちょっとよく考えましょう!」と説得を試みる。
が、なぜか周りにいた人達から拍手が湧きあがってしまった。
みんな暖かい目で私たちを見てくる。
なぜか泣いている駅員がいた。
やめて!断りづらいムードを作らないで!!
駅構内は一気に華やかムードになってしまった。
こんなムードに慣れていない私は全身鳥肌…ポッポ肌になる。
するとノボリさんは、あろうことか私を抱えて立ち上がろうとするではないか。
「ぎゃー!何するんですか!!」
「足の治療を致します。暴れないで下さいまし。」
「やめてー!お姫様抱っこなんて恥ずかしくて死ぬ!降ろしていやー!!」
んぎゃー!という情けない叫び声を駅構内に響かせ私は事務室へと連れ込まれた・・・。
私は必死に先ほどの「責任取ります」発言を撤回しようとした。
しかし、
「ですが確かにあなた様は責任を取る、とおっしゃいました。」
の一点張りである。
ソファーに座らされた私の足元には、ノボリさんが屈みこんで傷口に消毒液を塗っている。
靴を脱がそうとしてきたので、裸足を見られるのが恥ずかしかった私は「自分でやります!」と抵抗したけど問答無用で脱がされた。
片膝立てたノボリさんの、膝の上に乗せられた裸足が死ぬほど恥ずかしい。
「そもそも理由がわかりません!口付けって私、覚えがありません!!」
「・・・したではありませんか。わたくしと、あなた様の唇の傷が、何よりの証拠です。」
そこでやっと一つ理解した。
顔面をぶつけたとは思っていたが、まさか唇同士だったとは。
目の前の男とキスしていたことを知った途端、急に恥ずかしくなってきた。
「あなた様からして下さいました。」
とんでもないセリフに、私は慌てた。
「事故です!たまたまです!」
「ですが唇同士が触れ合いました。」
あんな血濡れのキスがあるか!
でもノボリさんはこれをキスと言わず、なんとする!とばかりに言い切る。
ノボリってキャラクターはこんなだったっけ?
私は昂ぶった感情を必死に落ち着け、頭の中を整理する。
「・・・つまり、キスとしたから責任取って結婚しろってことですね?」
「おっしゃる通りです。」
「それって、イッシュ独特の習わしですか?」
「いいえ、イッシュではありません。我が家に伝わる代々の決まりごとです。」
「なんつー時代錯誤な・・・・。」
てことは、ノボリさんはアレが初めてのキスってこと?
そう聞くと彼はうっすら頬を赤らめた。
かわいい・・・いやいや、違う。
大和撫子なみの貞淑さというか。
女性の貞淑さが美徳とされる昔の日本なら、あり得るかもしれないけど・・・。
イッシュってアメリカがモデルじゃなかったっけ?
本格的に私は頭を抱えた。
ノボリさんは、かっこいい。
目鼻立ちは整って、背は高いし、肌は白いし、いい匂いするし。
でもこの人は決まりごと故に、私に結婚しろと言う。
傷だらけの私の足を治療し終わったノボリさんが、救急キットを片付けると私の横に座った。
・・・近い。
向かい側のソファに座ってくれ。
なんとか説得を試みようと今時の男女の在り方について語ってみた。
が、彼は耳を貸さない。
ついには「もっと自由に生きろよ!」と叫んでみる。
が、効果はないようだ・・・。
「頑固ですね、ノボリさんて。」
「真面目だけが取り柄です。」
「度を越してるって言ってるんですよ。」
不毛な言い争いに突入し始めたとき、突然ドアが開いた。
ノボリさんがドアへ目もくれずに「ノックぐらいしなさい」と言う。
「ねぇ、僕すっごい空気!」
クダリだった。
そういえば忘れてた。
ノボリさんとは逆の、私の隣に勢いよく座った。
おかげで私の身体は上下に揺れる。
「とりあえずさ、お付き合いから初めてみれば?もしかしたら意外と上手くいくかもよ?」
ね?と可愛らしく首を傾げて彼は私を見る。
いい加減疲れていた私は、これを鶴の一声とした。
ノボリさんに言われて、リオルを探しに行く。
なぜかキッチン辺りでウロついているのを抱き上げると嬉しそうに笑った。
あの後の話し合いも大変で。
同棲を主張するノボリさんに、さすがにそれはハードルが高い!と反論したけれど。
結果私の敗北だった。
敗因はノボリさんの多忙さと、私の根なし草なせいだ。
マコモちゃんの家を拠点にしているとは言え、基本的に私は旅人。
あちこち旅するのが私の仕事のようなもの。
ノボリさんはサブウェイマスターとして働く多忙な身。
「同棲でもしないと、あなた様にお会いできません。」
と言われてしまった。
せめて近隣に住む程度にしたい、と言ってみたがそれもダメだった。
「時間が惜しゅうございます。」
そんなに多忙なのか、サブウェイマスターって。
マコモちゃんの家から送ってもらった僅かばかりの私の荷物を運ぶノボリさん。
働き者だ。
なんだか恐ろしい人生の選択をしてしまった気がする。
ソファーでごろごろしながら私は聞いてみた。
「・・・ノボリさん、もし私が責任取りませんって言ったらどうするつもりだったんですか?」
「なまえ様を殺してわたくしも死にます。」
真顔で即答してみせたノボリさんに、私は「・・・重いですね!」と努めて明るく言おうとしたけど顔が引き攣ってた。
唇の傷が痛い。
最悪の選択はしなかった…みたいだ。
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