下に降りる際、申し訳ございませんでしたが点滴の針は抜かせていただきました。階段の段差ではこれが厄介だと思ったからです。
スリッパがぱたぱたと鳴ります。
下りたその場を見回しても……そこもやはり閑散としていて。
先ほど居た階と同じような雰囲気を持っていました。
……ああ、やはり私とクダリの二人だけなのか…
……とんだとばっちりじゃないか…私達は何も知らないのに……
言い様の無いもやもや感は、自身に憤慨の面持ちを持たせました。
クダリは目覚めたときどのような気持ちだったのでしょうか。私と同じ白い服を身に付けて、手元に覗く血清のチューブを見たとき、何を思ったのでしょうか。
薄紫の自分の影がゆらめきます。
じっと見ていれば、そのまま自身が溶け込んでしまいそうなくらい、不可解で妙な色合いをしていました。
……パタパタッ…
「………」
………自分以外の起こす物音が、…今、廊下に響き渡りました。
振り返りましたが、誰もいません。
誰か、誰かが、今確かに………、私の後ろを通ったのです。
今まで静観としていた廊下に、ピン…、と何かが、張りつめます。
振り返った先には階段と、階段のすぐ横にまた別の廊下が続いていました。
…もしかしたら角を曲がったのかもしれない…。
ぐっと足を踏みしめそこへ走り出しました。
見覚えのある後頭部が見えます。
黒い髪なので、クダリではありません。
…では…それなら……
「…………カズマサ……?」
間違いなく、彼はカズマサでした。医者のような白衣を着てはいましたが、私の大切な部下なのです、見間違えるはずがございません。
カズマサは私に気付いていないのか、一向にこちらを見る気配がありませんでした。
「…あ、か、カズマサ…!わたくしです…ノボリです…!」
必死で大声を出してみました。
しかし彼は私を見ようとはしませんでした。
「カズマサ…聞こえますか…!……カズマサッ…」
近付こうと足を速めてはみましたが、一向に距離は縮まりません。
足元だけが一定の動作を繰り返し背中は微動だにしない彼は、さながらカラクリ人形のように歩き更に奥の角へと消えていきました。
「……………」
……カズマサは私の声には気づいてはいませんでした。
いや、気づかないフリをしていたのでしょうか。
馴染みのある声を聞いて無視するような人間ではないはずです。
いつも迷子になって仲間達を困らせ、私が見付けたときには子供のような安心した笑顔を見せる方でした。
そのような一面しか目にしたことのない私は、その面影を微塵も感じることが出来ない今の彼の姿が信じられなかったのです。
やっとクダリ以外の人を、しかも仕事仲間を見付けたというのに。
今までの孤独や悲愴が一気に吹き飛んだ気がしたというのに。
私はその瞬間の安堵感を忘れることが出来ず、またそのつながりを保つ為に、彼が消えた方向へと歩き出しました。
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