記憶





赤く滲んだ拳が、アンタの痛みを理解できないかのように
ひくひくと 震えていた。







まだ俺らが小さかった頃。

黒いランドセルをからって其処らで拾ったススキを振り回しながら帰る道。


連なった友達の列は暗くなるにつれ
ぽつぽつ、ぽつぽつと減っていった。


振り回していたそれはしおれ、力なく折れた。




毎日同じ道を歩き、毎日同じ帰り道。
…今日だけは 一緒に歩く兄が見当たらない。


憂いを帯びたような不安げな表情は
たゆたう黒髪と混じりあい、なんとも言えない興味を引く。




兄のことを考えつつ、歪んだ葉を捨てた。

しわくちゃに傷だらけの葉っぱが
今日は妙に目についた。




「…………あ」


家の扉の前に見覚えのあるランドセルが見えた。


自分のランドセルとはまた違う、小綺麗な高価そうなランドセル。
自分より出来た兄貴は自分とは違う学校にいっていたから、すぐに分かった。

後ろからゆっくりと近付き、軽く背中を叩こうとする。



と、兄貴はすぐに振り向いた

「……あ、ただい…」



ま、と言いかけた口が ひくりと歪んだ気がした



振り向いた虚ろな瞳が自分を無機質に見つめる。

真っ白にアイロンがかかったはずのカッターシャツがひどく黒ずんでいた。
泥にまみれ、滴り落ちる泥水を引きずって歩いてきた革靴。
身体には、赤く滲む痕と青く透ける痣が見えた。



「…………」


何を話しかければいいのか分からず、思わずアンタの手を掴んだ。

と、同時に振り切られた。


「…………言わないで。」









そう言ってドアノブに手をかけたアンタは
泣きもせず、両親に笑いかけた―







そんな日が幾日も続いた。

聞き出そうと問い詰めても無言を貫き通す。
純粋に何故そうなっているのかが気になった。

日に日に汚れていく服に反し、いつもと変わらない表情。
毎日両親に笑いかける後ろ姿。



よく分からなかったが、兄貴には何か隠したいことがあるのだろうと思った。

そんな考えしか出来なかった。







あくる日、また兄貴は自分よりも先に帰ってきていた


玄関の前に立ち止まり、呆然とドアベルを眺めているアンタに後ろから呼ぼうと息を吸ったとき


やはり兄貴は振り向いた


姿を見た瞬間、響くような衝撃が身体を貫いた






ぱたり、と落ちたもの





兄貴の額から流れる赤い血は
彼の白かった服を汚し、乱していく

黒く濡れたような髪の毛からは乾いた血の臭いがした。


今、俺はどんな表情をしているのだろう。



立ち尽くす俺にゆっくりと近づいてくる兄貴は
細い指で 背中に腕を回してきた








「助けて」








そう呟いたあと、微かな声と
自分の肩が少しずつ濡れていくのを感じた







なんだこれ

なんなんだよ

ずっと

笑って 耐えて

誤魔化して


何時も兄貴しか見てない親はこういう時に気付かなかったのか
お前の大切な子供が
俺になんか興味を示さないくせに


俺は、やっと、今、分かったってのに。






ああ、

もう

いいや





鼻をすする音
震える背中に腕を回して抱き締める。
そして、囁いた。







「俺が全部、終らせるから」







兄貴と同じように前髪を下ろせば
似せることは容易だった。奴等は気付かない。



あとは簡単。



アンタの敵を。







―――。







生臭い香りが息を詰まらせる
頬から流れ落ちるものを拭って
それが汗じゃないことに気付くのに時間はかからなかった。


赤く滲んだ拳が、アンタの痛みをまだ、理解できないかのように
ひくひくと 震えていた。



ああ、今
俺すげえ笑ってる




――笑ってんだ。










3日ほど経った。
兄貴はいつものように無関心な表情で過ごす

でも、どこか安心した顔を見せるのは
ただの思い違いだろう。






兄貴は知らなくて良い。
俺が、何をしたかなんて。

愛しくて大切なアンタは
愛されることだけ知ってれば十分だ。




俺は、間違った愛し方しか知らないから。




記憶


*****
虐めにあっている事に気付いたのは唯一の双子の弟だけでした。
あおばさんの額の怪我の原因を考えながら書いてみたり。

夏澄様のあさひさんとあおばさんを借りました!
読んでくださりありがとうございました



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