愛lovesister! | ナノ




「あ、音無、いつものお客さんだぞー」
「はーい」


ユニフォームを脱ぎながら先輩にそう返事をする。あれから、お客さん…鬼道君は、よくサッカー部に訪問するようになった。といっても、初等部の授業が終わった放課後で、我がサッカー部の部活が終了した後なのだけど。正直何が楽しいのか俺には分からないが、迷惑という訳でもないし、総帥直々に相手をするよう命令されてしまったのでそれなりに甘んじている。部室内のスペアキーを頂いたので、放課後、誰もいないグラウンドで練習できるというメリットもあるし。ぴっちりとした制服に身を包みグラウンドへと移動すると、足音に気づいたのかいつものマントを翻し鬼道君は振り向いた。


「ああ、こんにちは」
「おう。じゃーサッカーするか」
「はい」


最初はただ喋ったりするだけだったが、俺達の共通の話題はあまりない。ので、彼の要望もあって、最近は二人サッカーの練習をすることにしている。といっても俺はあくまで鬼道君のフォローなのでそう動くことはない。彼は、小学生にしては並外れた運動能力を持っていた。総帥が大事にする意味が分かる気がする。攻撃も守備もそこそこ出来るようだ。それでも、サッカー歴の違う俺からしてみてばまだまだなのだけれど、彼の能力には感嘆せざるを得ない。まさに天才ってやつか。


「行きますよ!」


更に言うなら、もうこの歳で必殺技が形になっている。うなりをあげて向かってくるボール、あくまで擬似的なゴールキーパーが敵うべくもなくあっけなく突破された。…年下に負けた。少し口惜しい。砂埃にジェラシーを感じていると、起き上がらない俺を不審に思ったのか鬼道君はじろりと顔を覗きこんだ。


「あの、先輩?」
「…ふっ」


起き上がって感慨深く息を吐く。まあ、俺もこれから頑張ればいいさ。そう。主人公補正ってないのかな。ないよね。


「どうしたんですか、先輩。さっきからおかち」
「…」
「おかしいですよ」
「…いや、あのさ、言いなおすってことは触れて欲しくないのかもしれないけどさ」


思えば彼は歳不相応の言葉遣いだが、それに慣れている訳ではないらしかった。時々、今みたいに噛みまくるし。敬語が敬語じゃなくなったりするし。多分、総帥の教育の賜物なんだろうけど、まだ子供だしねえ。


「別に畏まらなくていいよ。タメでオッケー」
「…で、でも」
「窮屈でしょ。別にそういうの気にしないから」


逡巡して、鬼道君は「…ああ」と言った。多分これが地なのだろう。それにしても、頬を染めて俯きながらそんなことを言うのはなかなか、いや、俺、そんな趣味は無いはずだ。最近おかしい。自分の変化に葛藤していると、唐突に頬にぽたりと雫がこぼれた。ん、と反射的に空を見る。曇っている。そのときだった。


ザーッ、今までの天気が嘘のように雨が降り始めた。


「!?」驚いて目を瞬かせる。夕立か!冷たい雨に流されていると我に返った鬼道君が「何してるんだ!」と叫んで俺の腕を引っ張った。それにようやく身体が反応し、慌てて屋根のある場所へと走る。


「天気予報じゃ雨って言ってなかったのにっ!」
「今はそんなこと言ってる場合じゃ!」


壁に背中を預け、ぜえぜえと乱れた呼吸をおさえながら、全身水浸しの己の身体を見回した。


「はー」
「げ、ビッショビショ…」


肌にぴったりとくっつくシャツが気持ち悪い。鬼道君も同じらしく、うっとうしげな表情を浮かべていた。ドレッドが水を吸ってしなびている。このままでは、俺はともかく鬼道君が風邪をひいてしまうだろう。心配だし、総帥に何を言われるか分かったものではない。


「…シャワー、浴びようか」


俺の予備の着替えはあるし、鬼道君には小さいサイズのユニフォームを貸し出せばいい。そう提案すると、彼は眉間にしわを寄せながら頷いた。



_________




誰も居ないシャワールーム。スペアキーをもらっておいて本当に良かった。いつもは混雑しているここに、今は俺と鬼道君しかいない。適当に二人個室を選んで、温水を浴びた。ちょうど汗もかいていたし、気持ち良い。


「どー、鬼道君。熱くない?」
「だいじょうぶだ」
「そう、それならいいけど」


そこでふと、悪戯心が沸いた。…ちょうど鬼道君は俺の隣にいることだし。板越しなので隙間はある。温度を出来るだけ下げ、シャワーを取り外し、隣の彼の頭上へとやってみた。


「ー!?」
「はっはっはっ冷水シャワーはどうだい」
「やっ、やめろ!」
「やめろと言われてやめるほど俺は素直じゃないさ」


隣の鬼道君が驚くのがわかる。


「この…!」
「つめたっ!やったなー!」
「ーっ!!」


すぐに事態を把握した鬼道君は、俺の方に向かって同じく冷水シャワーを吹っかけてきた。正直言おう、とんでもなく冷たい。どうやら鬼道君は俺に手加減をしてくれなかったようだ。この、とお返しに温度を更に下げる。これじゃ何の為にシャワーを浴びているのかわからない。攻防は結構続いた。鬼道君は頭が良い、無駄に高度なテクニックを使ってくる。気づけば俺は全身冷えていて、鬼道君も心なしか声が震えていた。


「…身体冷えたね」
「…ああ」


やめとけば良かった…そんな後悔を抱きつつ温度を通常より高めに設定しなおす。あーあったかい。再び気持ち良さに目を細めていると、ふと、隣から声がかかった。


「先輩は、兄みたいだ」
「え?なんで?」
「…い、いや…兄がいたらこんな感じなのかと思って…忘れてくれ」
「別にいいけどね、鬼道君が俺の弟でも」


恐らく自然と呟いていたのだろう、鬼道君は訂正するが、俺はそう言い、続けた。


「別に今更弟が増えたって変わんないし。鬼道君が弟ならもっと楽しくなるだろうね」
「な…本当に先輩はばかだ」
「失礼だな!罰として俺を兄さんと呼ぶ事」
「はあ!?」


我ながら少し横暴すぎたかもしれない。しかし、鬼道君は暫く間をあけてから、小さな声で「…兄さん」、そう呟いた。


「…鬼道君、よく可愛いって言われない?」
「そんなこと言われない」
「そうかな…」


少なくとも俺にはすごくツボだったんだが。春奈ちゃんに鬼道君、俺はなんて幸せものなんだろう。正直、このシャワーのお湯より今の心は温かい気がした。まあ本当は彼は俺の弟ではないし、俺は彼の兄でもないが、もしそうだったら…なんて、つまらない事を考えて、自分勝手な考えに我ながらおかしいな、なんて思った。



たとえ「ごっこ」でも




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