08 そうめん
「あ〜〜〜〜〜〜暑い〜〜〜〜〜〜」
「ちょっと、余計に暑くなるからやめてよ」
「せやかてこんな暑さ死ぬやん普通に!」
「ならこの繋いでる手を離せばいいのでは…?」
「ほらはよ帰んで〜」
「いや話を聞け」
夏休みも残りわずか、今日も今日とていつものように治くんは私にまとわりついていた。
2人してどうしてもアイスが食べたくなってしまい、エアコンによって天国と化していた家から出てコンビニを目指したはいいものの、目的のブツを購入してコンビニを出た途端ついに私たちの体温は限界をむかえたらしかった。
「むりこれ家着く前にアイス溶けちゃうよきっと」
「せやなぁ、今年の夏は特に暑いって言うしなぁ」
「半分こ出来るやつだけ先に食べようよ」
「お、食ってええんか?!」
「たくさん買ったし、1個ぐらいいいでしょ!食べよ!」
言うが早いか治くんは持っていた袋からアイスを一つ取り出した。
流石に片手では開けられないので繋いでいた手を解き、「ほい」と治くんから手渡されたアイスを握ればその冷たさがじんわりと伝わってくる。
「あ〜冷たい〜生き返る〜」
「エアコン効いた部屋で食べるんもええけど、暑っついとこで食べるアイスもまた美味いなぁ」
「確かに。何個でもいけそう…」
2人して美味い美味いと夢中でアイスを頬張っていれば、すぐに自宅までたどり着いた。
「ただいま〜」なんてさも自分の家のように帰ってくる治くんは、今ではもう見慣れたものだった。
当たり前のように冷蔵庫を開けて買ってきたアイスを放り込む治くんに何とも言えない目を向けつつ、手洗いうがいをしようと洗面所へ向かおうとすると、キッチンから治くんの大きな声が聞こえてきた。
「名前!!!」
「エッ、なに?!」
突然の大声に驚いたのと同時に、彼がキッチンにいたためもしや例のあの虫(イニシャルGのアイツ)でも出たのかと思い、反射的にこちらも大きな声で返すと、私の予想とは裏腹に彼の高揚した声が続いた。
「そうめんあるやんか!!!」
「は?」
「せやから、そうめん!!!」
キラキラと目を輝かせた治くんの右手には、先週両親から送られてきた大量のそうめんが握られていた。
そういえば冷蔵庫横の収納に入れてたんだった。どうやら彼はそれを見つけたらしい。
「あー、それね。この間両親が送ってくれたの」
「ええやんか!!食べよ!!」
「え、今から?」
「おん!今から!」
私の記憶が正しければ、私たちはコンビニに行く前にガッツリお昼を食べているはずなのだが。
しかも治くん特製の爆弾おにぎり(死ぬほど美味しいが私は食べきれない)プラス、食いしん坊の彼は私が昨夜残したカレーもペロリと平らげていたと思うのだが。
それなのにまた食べるの?
え?治さんの胃袋何個あるの?
「お昼食べたよね…?」
「せやけどコンビニまで歩いたら腹減るやんか」
「消化器官どうなってんの……」
「な?食べよ?」
「私いらないから治くんだけ食べなよ…」
100%引いた目で治くんを見たが彼はそんな視線ものともせず、私の言葉を聞くとすぐにそうめんの袋を開けてお湯を茹で始めた。
……ホントに食べるんだ………。
「よく食べるよね本当に……」
「まぁ育ち盛りやからな!」
「あ、そういえば漬け物あるよ」
「なんやて?!なんの漬け物?!」
「無難にたくあんだけど…もしかして嫌いだった?」
「アホか!むっちゃ好き!」
「じゃあ出してあげるね」
「けど名前のが好きやで!」
「突然の告白」
安定に噛み合わない会話をしながらそうめんと漬け物の準備をすすめ、ようやく食卓に並んだ頃には治くんの口からヨダレが覗いていた。
「よし、いただきます!」
「どうぞ〜」
「ん、んぐんぐ、っんま!!!」
「ふふ、そりゃあ良かった」
両手を合わせて行儀よく食べ始めた治くん。
勢いよく大量のそうめんを口に詰め込み、数回噛むととても幸せそうにその表情を崩した。
「ふ、ハムスターみたいになってるよ」
「はっへむっひゃふはいんはもん!」
「ごめんちょっと分かんない」
「もぐもぐもぐもぐ」
「……そんなに食べたかったんだね」
「ん!」
元気に返事をしつつ、しかしそうめんを食べることも忘れない。
一体何玉茹でたのか分からないがどう見ても1人前はゆうにありそうなそのそうめん達は、みるみるうちに治くんのお腹の中へと吸い込まれていく。
「(本当によく食べるなぁ……)」
「……なん?名前も食べたいん?」
「え?」
「やってめっちゃ見てくるやん」
「うそ、そんな見てた?」
「おん。ほれ、食べ」
あまりの食べっぷりに普通に引いてただけなのだが、勘違いした治くんは食べかけていたそうめんを箸ごと私の方へと近づけた。
「いや、いいよ治くん食べなよ」
「遠慮せんでええやん!」
「遠慮じゃなくて拒否だよ…」
「またまたぁ〜、ほれあーん」
「だから私お腹すいてないってば…!」
イヤイヤと首を振っても遠慮なしにそうめんを近づけてくる治くんは、表情を見る限り親切心だけでやっている訳ではなさそうで。
コイツ…なにか企んでやがるな…!
そう思うのにじりじりと距離を詰められて、そのあまりの圧に私は口を開くしかなく、まぁ一口だけならいいかと仕方なしに彼の言うとおりにするとすぐにそうめんを放り込まれた。
「ん、んぐんぐ…」
「どや、うまいやろ?」
「んん、うん」
「フッフ……これで名前と関節キスや…」
「っっっちょっと待て?」
まるで大切なものにでも向けるような目で箸を見つめながら、不穏な言葉を口にする治くん。そろそろ法に触れるのでは?
このあとお箸争奪戦が勃発したのは言うまでもない。
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(あーーーあかんて!あかん名前離しや!)
(ヤダよ治くんが離してよ!)
(ぜっっったいにイヤや!)
(なんで?!その箸どうする気なの?!)
(どうって……そりゃ今すぐなめ…)
(あああ言わなくていいから!とりあえず離して!)
(死んっでも離さへんからな!!)
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