治くんは策士 | ナノ

07 おデート



照りつける太陽。
茹だるような暑さ。
道路から伸びる陽炎。

そのどれもが夏真っ盛りなのだと人々に強く主張する。
そんな真夏である今日この日に、我らが稲荷崎高校はもれなく夏休みに突入した。


私は部活動には所属していないので、補講以外では学校へ行くことはない。
適度にバイトをこなしながら、毎日暑さからエアコンという神器を用いて逃げる日々を過ごしていた。



………だというのに。






「おはよーさん名前」

「……………なぜいる?」





昨日閉店までシフトが入っていたこともあり、疲れからぐっすりと深い眠りに落ちていた私は、目を覚ますと自分の目の前で人が横たわっているのを視界に捉えた。

しかもその人物は、さも自分の家かのように私のベッドに寝転んで寛いでいて、さらにはその片腕が私の腰へと回されている。

暑いし鬱陶しいしそもそも誰だしえ?怖い。
シンプルに怖い。




「ひぇっ!」



思わず声を出してしまったのは仕方ないだろう。
しかし私に引っ付いているその人物は、そんな私を見て面白そうにクスクスと笑うだけ。
…いや、これは笑ってるというかニヤけてるの方が正しいな。確実にスケベなことを考えているだろう私には分かるぞ。




「いや〜、寝起きの名前もやっぱ死ぬほどかわえぇなぁ…毎朝見たなってまうわ〜」





そう。
その人物は、言わずもがな治くんである。





「………なんでいるの治くん」

「なんでってそりゃ俺彼氏やんか!」

「いやいやいや、ここ私の家だよ?」

「おん、そんなん知っとる」

「え、どうやって入ったの?」

「どうやって?普通に玄関からやけど」

「そんなわけないよ!ちゃんと鍵閉めてたはずだもん…!」

「おー、鍵はちゃんとかかっとったよ」

「…は?」

「合鍵使ってん、俺」




「………は?」











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お察しの通りあれから一悶着あり、合鍵争奪戦のタイマンバトルが始まった。(しかし悔しいことに私の完敗)

そもそも男女差がある上に相手はあの侑よりもガッシリしている治くんだ。
私に勝ち目などハナからないが、なんの抵抗もなしに合鍵を奪われるのは正直腹が立つので最大限に抵抗してみたのだが、簡単に抑え込まれてしかもそれに漬け込んでひたすらにベタベタとくっつかれて抱きしめられたのでもう諦めた。
合鍵はあげるから今すぐ離してほしい切実に。





と、そんな攻防を夏休み初日に繰り広げ、以降治くんは部活がオフの前日になると必ず私の家に入り浸るようになった。

まぁそうなると思ってたよ、うん。
今や洗面台に並んだ2つの歯ブラシや、いつの間に持ち込んだのかお揃いのマグカップも食器棚に並び、果てには私のクローゼットの半分が治くんの服で埋まっている始末である。
私は遠い目でそれらを見なかったことにするしか出来なかった。



半分ほど諦めて現状から目を背けていたとき、今日も今日とて家に来てゴロゴロべたべたと悠々自適に過ごしていた治くんからとある提案をされた。



「なぁ、プール行かへん?」



と。



「プール?」

「おん。オカンがなぁ町内会のなんかでチケットもらってきてん」

「へぇ〜」

「2枚あるからツムと行け言われたんやけど、あんなクソ豚とは行きたないし、俺には名前おるからどうせ行くんやったらデートに使お思てなぁ」



せやから明日行かん?
と治くんはあざとく(?)小首を傾げながら聞いてきた。
コイツめ、私がその顔に弱いことを知ってやってきてやがるな…!



結局私は、今日も押しの強い治くんに見事流されるのである。
なんかムカついたので、ニヤニヤしながら私の隣で歯を磨いていた治くんのおしりに軽めの蹴りを入れてやった。
余りに固くて私の方が痛かった。






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「おおお〜!プールや!」

「だね」

「ええなぁ〜冷たくて気持ち良さそうや!ほなさっさと着替えんで名前!」

「はいはい、一旦落ち着こうね治くん」



バスに揺られて30分ほど、私たちは兵庫県内の有名なプール施設へと到着した。

大型のウォーターパークであるその施設内は、夏休みとあってやはり人が多かったので、迷子防止としていつもの様に繋がれた手を離さずにいると、それを見た治くんがとても嬉しそうに握り返してくる。
くそう、そういう所が彼を突き放せない所でもあった。
ちょっと可愛いのがムカつく。


そんな彼は普段部活ばかりの生活をしているからか、プールに着いた途端まるで子どものようにはしゃぎ始めた。
こういうところに来ること自体久しぶりなのかなぁ、なんて憶測で考えながら彼を更衣室の方へと誘導すると、キョロキョロと視線をあちこちへ向けながら施設内をキラキラとした目で観察している。
ふふ、やっぱりちょっとだけ、今日の治くんは可愛い.……かもしれない。なんか悔しいから絶対言ってやらないけど。




「ほら、更衣室あっちだからまずは水着に着替えないと泳げないよ」


未だにキラキラした瞳をあちこちに移動させてパークを興味津々に見ている治くんの腕を引く。
いい加減着替えに行かなくては、せっかくここまで来たのに泳ぐ時間が無くなってしまいそうだ。
そんな私の意図を組んだのか、治くんは私の言葉に素直に従ってくれた。


「せやな、ほな着替え行こか」

「うん……ってコラコラ!こっちは女性の更衣室だって!」

「嫌や名前と離れたない!」

「何言ってるの…?たったの数分だよ…?」

「アカン!その数分でどこぞの馬の骨ともわからん様な奴にナンパされてまうかもしらんし…そや!きっもちわるい盗撮犯も潜んどるかもしれんぞ!こんな可愛い子おったらそら撮られてまうわ!な?アカンやろ?」

「いや待ってちょっと何言ってるか分かんない」



やけに素直だと思ったらすぐこれだ。
やっぱり治くんは治くんだった。
可愛いとか思ってた数分前の私、目を覚まして。



「ちゅーかそもそもな、名前の水着姿をそこらの知らん奴らに見せるんが嫌やってん。俺かて今日初めて見るっちゅーのに、なんで彼氏でもないただのモブが俺と同じタイミングで名前の水着姿拝めるん?は?アカンめちゃくちゃ腹たってきた、やっぱ着替えるんやめへん?なぁ名前」

「……え、プール誘ったの誰………」



治くんの頭のネジがぶっ飛んでいるのはいつもの事であるが、今日はいつにも増してぶっ飛びまくっているらしい。

そろそろ会話が成り立たなくなりつつあったので、私は問答無用で男性用更衣室に治くんを押し込んだ。
いつも治くんに強引に流されてしまう私だけれど、ここ数ヶ月で治くんの扱いにも段々慣れてきたのだ。
ちょっと身体を密着させて「言うこと聞いて?」とお願いするだけで、治くんは面白いほど簡単に言うことを聞いてくれるので最近は乱用している。

普段死ぬほど振り回されているのでこれくらいは勘弁して欲しい。




「よいしょ、…よし!日焼け止めもバッチリ!」



なんて治くんの愚痴を話していたらあっという間に着替えが終わってしまった。

私が付けている水着は新品でも何でもなく、去年友達と海へ行ったときにお揃いで購入した黒のビキニ。
色が大人っぽい分、シンプルなフリルが少しだけ子どもっぽさを出していて、そのギャップが絶妙に可愛い私のお気に入りである。

1年ぶりに着用して少しだけ気分が浮かれながら更衣室を出ると、そこには物凄く周りを威嚇しまくっている治くんが立っていた。
……なにあれちょっと近づきたくないなぁ……
なんて思っても治くんの凄まじい嗅覚(?)によって私は呆気なく見つかってしまう。



「名前!!!!!天使か!!!!!」

「いやあの恥ずかしいから今すぐ黙って……」

「なんっっっやこの可愛さ!!!エロ!!!」

「お願いだから黙って…!!」

「無理やアカンこれは誰にも見せへん!!!」



終始大きな声で興奮している治くんは、いつの間に用意していたのか大きな浮き輪を片手に私の右手を絡めとった。

そのままズンズンと流れるプールの方へと向かっていき、急に抱きしめられたかと思えば治くんと一緒にプールの中へと入水した。



「わ、ちょ、冷た…!」

「おお、気持ちええなぁ」



急に水の中へ入ったことで驚いている私とは反対に、さっきまで興奮冷めやらぬ表情だった治くんは一変して、暑さから開放されたことでその表情が少し緩まっていた。

泳ぎがあまり得意ではないので私は慌てて彼の持っていた浮き輪にしがみつくと、治くんは浮き輪を持ち上げて私を輪っかの中に入れてくれる。
そんな小さな優しさに少しだけキュンとしたのもつかの間、そのまま流れるようにして治くんも中に入ってきたせいで、ほぼ素肌の状態で異常な程に密着しているという状況が生み出されてしまったのである。

断言しよう。彼は絶対このために浮き輪を持ってきていたと。



「ちょ、…せま、あ、重いって!」

「なんやこれ名前肌スベスベすぎやんか…!」

「や、く、すぐった、…!」

「待って、エロい声出されたら俺何するか分からんで」

「そう思うなら今すぐ脇腹の手を退かして離れてください」

「嫌やて〜何のために俺が浮き輪持ってきたと思ってるん?」

「(やっぱり確信犯だ…!)」



浮き輪の中での攻防の末、結局治くんに後ろから抱きしめられるような形で戦いは終幕を迎えた。
どう頑張ったって力で勝てるわけがなかった。



「あー、ほんま気持ちええなぁ〜」

「確かに、最近どんどん暑くなる一方だったからねぇ」

「水も気持ちええし、名前ともくっついとれるし、ほんま最高やわ」



抵抗するのを諦めた私は、ギュウギュウと締め付けてくる治くんを咎めつつ(聞く気はなさそうだが)プールの流れに身を任せていた。
治くんの言う通り、水が冷たくてとても気持ちがいい。
私の肩に顎を乗せた治くんは、私の緩んだ表情を見てカラカラと笑った。
こんな一緒におれて夏休み様様やな、なんてあまりにも嬉しそうに言うものだから、うっかり絆されてしまいかける私はこれでもう何度目だろう。



「良い息抜きになりそうだね」

「ホンマやな、明日の部活はよう頑張れそうや」

「ふふ、じゃあ応援してるね」

「は?アカンなにそれ可愛すぎやろ、ちゅーしてええ?」

「ホント台無しだよもう……」




今日も治くんは治くんでしたと。





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(お前先週サムとプール行っとったやろ)
(げ、なんで侑が知ってんの…?)
(は?サムのストーリーにお前載っとったで)
(なにそれ知らないガッツリ盗撮なんですけど…)
(浮き輪ん中でイチャついとるとこやったで)
(………死にたい)





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