治くんは策士 | ナノ

05 インターハイ



土曜日の午後。


学校はもちろん休みで、部活動に所属していない私はいつも家でのんびりとした休日を送っている。
撮り溜めていたドラマを消費したり、気が向いたらお菓子作りをしたり。

転勤族の私の両親は、あっちこっちに連れ回される私を案じて、ここ稲荷崎高校のすぐ側にあるセキュリティのしっかりしたマンションを借りてくれた。
おかげでまだ高校生だというのに、早くもひとり暮らし生活のスタートである。
そのためのんびり過ごす休日も、基本的には掃除や生活必需品の買い物に行っていることが多い。




つまり何が言いたいかと言うと、なぜ私はこんな休日に、東京の大きな体育館にいるのか、ということである。






原因は皆さんお察しの通りもちろん治くんであるが、今日はなんとインターハイ当日。

休み前の学校で突然治くんに「ほい、これ」と言って渡された新幹線の往復切符。
それは紛れもなく東京駅行きで、その瞬間に私は全てを察した。



「あ、いやこの日はちょっと掃除とか色々………」

「俺の試合は午前中に1回と午後からもあってなぁ」

「え、ちょ治くん、私行けな……」

「ほんでこれが日程表や。新幹線の時間もあるし、遅れんと来てや!」

「いや、だから私行けないって……」

「インハイの決勝戦やで。俺名前来てくれたらめっちゃ頑張れるんやけどなぁ〜」

「……う、」

「名前にカッコええとこ見せたる!って思て今日まで練習頑張ってきたんになぁ〜、なんや名前来んのやったら俺何のために頑張ったんやろか〜」

「……わ、分かったよ…」

「ホンマか?!」

「はい…、行きます…」

「ホンマやな?!言質とったからな?!」

「もう行くってばちゃんと…」

「よっしゃ俺頑張ったろ!!」



と、こんな感じである。
誰が断れるのだろうか。






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結局言質も取られてしまったため逃げ場もなく東京へと足を運んだ私。なんて偉いのだろう。



「(えっと、次の試合は……)」


治くんからもらった(というか押し付けられた)日程表を見て確認をしていると、どうやら稲荷崎の試合までまだ時間があるようだった。

どうやって時間を潰そうかと考えていたところ、会場の入口近くで色んな売店が出ていたことを思い出した。


「(買うか分からないけど、見るだけでも行ってみようかな)」


どうせ他にすることもなかったので、何の気なしに売店へと足を向けると、前方からバナナみたいなカラーのユニフォームをまとった軍団がやって来た。



「(うわ、威圧感ヤバ……)」


治くんでさえいつも首が痛くなるほど見上げなければならないのに、きっとそんな彼よりも大きいと思われる人が何人もいて、バレー選手の平均身長に恐怖を抱きながらぶつからないように端に寄った。


身長とガタイのせいで威圧感が半端なかったため、極力バナナ軍団の方へ視線を向けないようにしていたのに、一番端に並んでいた一人の腕からタオルが落ちていくのを見つけてしまった。


「(あ、)」


見つけたからには無視するのも後味が悪いし、彼らの見てくれはそりゃ怖いけれど、最近は治くんのおかげで大きな人への耐性がついてきていたので、すぐに拾って渡してあげることにした。



「あの、落としましたよ」

「……!」

「…え?」

「っあーごめん!こいつすげぇ人見知りでさ!拾ってくれてありがとな!」



タオルの持ち主であるマスクをつけた黒髪の人に渡そうと畳んで差し出すと、それを見て何故かタオルと私の顔を交互に見るその人。

そしてそれに気づいたもう1人の選手が、マスクさん(と勝手に命名)をフォローするかのように割り込んできて、マスクさんの代わりにお礼を言った。

え、どんな状況よこれ。



「あ、えと……」

「ほら!聖臣もちゃんとお礼言えって!」

「……………どうも」

「い、いえ、…どういたしまして……」

「………」

「………」



お礼に対して返事を返し、そこで会話は終了したはずなのだけれど。

……………何故かずっとマスクさんに見られている。





「………」

「………」




そう、ずっと。




「………」

「……あの、何か…?」



結局私が痺れを切らして問いかけると、私の声に弾かれたかのように目を見開いて、ゆっくりとその口を開いた。



「………お前、タオル…」

「あーーーーーー!!!!!!!!」

「へっ?!」



マスクさんが何かを言いかけていたその声を遮るようにして響き渡った大きな声。
反射的に驚いて変な声が出てしまったけれど、その声には聞き覚えがあり過ぎた。




「なんっで名前が佐久早とおんねん!はぁ?!」

「お、治くん……」

「…………ちっ、」

「(え?舌打ち?!)」

「名前行くで!ちゅーか普通彼氏の俺んとこ来るべきやろ!なんで佐久早と一緒なん…!」

「いや、たまたまタオル拾っただけで……」

「あかんあかん!井闥山なんか俺らのライバル筆頭やで!名前は俺の応援せな!」

「いやだから偶然タオルをね…!」



私の肩を引き寄せて、むっすりと不機嫌を隠そうともしない表情の治くんは、私の話なんて耳にも入っていないかのように、佐久早と呼んだマスクさんを睨みつけている。



「……」

「……」

「……」

「……なんだよ」



どちらも譲らない睨み合いの中、ついに言葉を発したのはマスクさんだった。


「なんだよちゃうやろ。なんで名前に話しかけとんねん」

「俺は別に話しかけてない」

「はぁ?じゃあなんなん?!名前から話しかけたっとでも言いたいんか?!」

「その女から話しかけてきた」

「はぁ?そんなわけないやろ!俺の彼女やぞ!」

「俺は事実を言っただけ」

「……う、嘘や!!嘘やんな名前?!」

「え、あ、嘘じゃないけど……でもタオルを…」

「あああああアカン!アカンで名前!この男だけはアカン!ちゅーか俺がおるやん!俺で我慢しいや!」



どんどん暴走していく治くんに、これはいよいよ収拾がつかなくなりそうだと思案し始めた私に、そんな治くんの姿が目に入っていないかのように無表情を貫いているマスクさんが話しかけてきた。



「お前、名前は」

「え、私?」

「おいこら彼氏の前でナンパかこら」

「苗字。教えて」

「苗字ですけど……」

「あかんて名前!教えたらあかん!」

「ふーん。じゃあ苗字名前か」

「う、うん…」

「おい佐久早誰の許可を得て名前のフルネーム呼んでるん?ほんまいい加減にしときや?」

「……………じゃあ。」

「…あ、うん。さよなら…?」

「あ、おい待てこら佐久早!」



自分の聞きたいことだけ聞いて颯爽と去ってしまったマスクさん。
そんな彼に恐ろしいぐらいに怒っているのが見て取れる治くんは、そんな状態でも私の肩から手を離さない辺り通常運転だ。


あぁ、早く侑あたりが回収に来ないかな。
絶対このまま2人きりだと小言どころかお説教数時間コースとかになりそう……それはさすがに理不尽すぎる……避けたい……というかそろそろ試合始まるのでは…?


そんな私の読みは大当たりで、試合開始30分前を切っていたため大慌てで侑が回収に来た。



「お前くそサム!!!どこほっつき歩いとんねんこのブタ!!!」

「はぁ?!うっさいわ彼女のピンチに駆けつけただけや!」

「どうやったらこんなインハイ会場でピンチになんねん!ええからさっさと来い!お前おらなアップできへんやろが!」

「今から行こうとしとったっちゅーねん!お前離せやこのくそツム!!!」

「離したらお前また名前んとこ戻るやろが!!」

「はぁ?!!なんでお前が名前のこと呼び捨てにしてんねん!!やめろや!!」






永遠と続く双子のアホみたいなケンカ。
周りからのイタイ視線を浴びつつ私が思ったことはただ一つだけ。




私、帰ってもいいだろうか。







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(名前ええか?)
(エッ、なに?)
(佐久早にあっても絶対目合わせたらあかんで?)
(いや、もう会う機会ないと思うけど…)
(万が一や!どこでなにがあるか分からんやろ!)
(う、うん…分かった)
(よーし、これであのホクロの失恋は決定や!)
((最近今までにも増して過保護だなぁ…))




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