04 思うツボ
季節は春から移り変わり、段々と半袖の制服が増えてきた頃。
稲荷崎男子バレーボール部は、来たるインターハイに向けてその練習に更に力を入れていた。
そのおかげか、治は毎日朝早くから夜遅くまでバレー尽くしで、今までほど名前と連絡を取れなくなっていることに苛立ちを感じていた。
もちろんメッセージのやりとりは行ってはいるが、毎日かけていた電話も家に着いた途端疲労ですぐ寝てしまうので出来ず、完全なる名前不足となってしまったのである。
これまで隠し撮りや堂々と撮ってきた写真をスマホで見返してはなんとか持ちこたえてきたが、それももう限界。
しかし、大好きなバレーを疎かにするわけにもいかず、致し方なく治は「今だけの辛抱や…!」と自分に言い聞かせていた。
一方で名前はそんな治の葛藤などつゆ知らず、治からの接触が減っていることに安堵していた。
大きな大会があるからと治から聞いていたため、なにか企んでいるのではと不審に思うことも無く、久しぶりに誰にも縛られない自由な生活を謳歌していた。
だがしかし、相手はあの宮治。
転んでもただでは起きないのである。
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「なんや最近治くん来んくなったなぁ」
仲の良い数人のメンバーでお弁当を食べていた時のこと。
一人がポツリとそう呟いた。
「なんか、大きな大会がもうすぐあるみたいで…」
「あー、ほな部活が忙しいっちゅーことか!」
「やからお昼休みもこんのかぁ」
「バレー部はミーティングあるみたいやもんなぁ」
私の言葉にみんな次々と納得していき、このまま治くんの話題は流れていくと思っていたのに実際にはそうはならなかった。
「にしても、普段あんだけ名前にベッタリやから、急に来んくなるとなんや静かやね」
「あー分かるわ!ちょっと寂しく思わへん?笑」
「それ錯覚でしょ?笑」
「とか言いつつ名前もホンマは寂しいんやろ!」
なんて冗談言いあってただけだったのに。
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自分の部屋でスマホを前にして一人正座する。
いつもなら治くんから電話がかかってくるこの時間。
ここ何日間は一度も鳴らないこのスマホに、私はなんの恨みもないのに、理由もなくじぃっと睨みつけている。
昨日まではこんな気持ちにならなかったはずだ。
いつもは見たいテレビ番組があっても、もうすぐ電話かかってくるしなぁと諦めていて、今はそれができる貴重な時なのに私はテレビではなく自分のスマホを眺めている。
あーだめだ、私おかしい。
きっと昼にあんな話をしたせいで影響されてるんだ。
そうだよ、そうに違いない。
だからつまり錯覚だよ、うん。
寂しいなんて、そんなはず、ない。
頭をブンブンと振って思考を止めようとするのに、頭に思い浮かぶのは美味しそうにおにぎりを頬張る治くんの笑顔だけ。
一体いつの間にこんなにも毒されてしまっていたのだろう。
たかが数日電話していないだけで、こんなにも人恋しく思ってしまう自分がいたなんて知らなかった。
急に絡まれて、急に彼女にされて。
正直意味が分からなかったし、迷惑にも思っていた。
それなのに、一体いつから。
けれど、自分のそんな気持ちを素直に受け入れることなんて出来ず、中々スマホには手を伸ばせない。
きっと彼は疲れ切っている時間。
こんな時間に電話なんて、迷惑にも程がある。
そんな言い訳をいくつも並べては、電話をかけない理由を探していて。
最終的には枕の下にスマホを隠して、私自身も布団を被って寝てしまおうと考えたのに、どれだけ目をつぶっても夢の世界へ行けることはなかった。
「〜〜っ」
まさかこんな理由で寝不足を経験するとは思ってもみず、結局辛抱たまらなくなった私は色んな言い訳を自分に言い聞かせて、枕下へと隠したはずのスマホに手を伸ばすのだった。
「……ん、もしもし」
「あっ、えと、治くん…?」
電話越しの声はやっぱり眠そうで少しだけ掠れていて、もしかして寝ていたのではと罪悪感に駆られた。
「…名前か?」
「うん、…あの、ごめんね急に……」
「なんで謝るん。迷惑なんて思てへんから謝らんでもええ」
「……うん、ありがとう」
「にしても名前から電話してくれるなんて珍しいなぁ」
「そ、うかな…?」
「なんや用事でもあったんか?」
「えっ、あ、えと……、用事は特に、なくて…」
「?」
「なんか、…声、聞きたくなって……」
しりすぼみになりながらもそう伝えれば、電話越しにも治くんが喜んでいるのが伝わってきた。
きっと彼が犬なら、今頃しっぽをブンブンと振り回しているだろう。
「っ、あかん、今すぐ会いたい」
「えっ?」
「そんな可愛ええこと言われたらたまらんやんか…!」
「え、っと…?」
「あーくそ、インハイはよ終わらんかなホンマに…!」
なにやら悶えている治くんに、なんて返答すればいいのか困っていると、治くんは先程までの眠そうな声とは違って、少しだけ真剣な声色で話し始めた。
「なぁ、名前」
「なぁに?」
「俺、結構強引に名前のこと彼女にしてもうたけど、」
「(自覚あったんだ)…うん。」
「けど、ホンマに好きやねん」
「っ、」
「誰よりも、何よりも、名前が1番好きやねん」
「う、ん…」
「せやから、こうやって少しずつでも名前が俺に関わろうとしてくれんの、死ぬほど嬉しいんや」
優しく言い聞かせるようなトーンの治くんの声に、その言葉たちが私の胸にじんわりと広がっていく。
「今は忙しくて満足に会われへんけど、その分インハイで活躍して名前にカッコええとこいっぱい見せたるから、それまで辛抱してや」
「ふふ、うん、……待ってるね」
「あー、ホンマに会いたいムリ名前不足が深刻やねん…!」
「治くんも辛抱しなきゃ」
「!…せやなぁ、一緒に辛抱しよか」
突然彼女にされて戸惑い、迷惑にも思っていた治くんに対して、この日初めて別の感情を抱いた。
それが一体どんな感情なのか、今はまだ名前をつけられるほど育ってもいないような小さな変化ではあったけれど、それでも確実に、以前よりも治くんへの気持ちに変化があったことに違いはない。
きっとハードな練習で疲れているだろうにも関わらず、嬉しそうに楽しそうに通話を続けてくれる治くん。
この日を境に、私と治くんの関係は少しだけ、ほんのすこーしだけ成長したのだった。
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(なんやサム、今日はエラくご機嫌やな)
(フッフ、ツム知っとるか?)
(あ?)
(習慣てな、人の感情を錯覚させるらしいで)
(はぁ?何の話や)
(押してダメなら引いてみろってヤツや。名前に会うの我慢した甲斐あったわ)
((アイツまたサムに捕まったんか、不憫やなぁ))
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