治くんは策士 | ナノ

09 母との遭遇

みんみんと夏の風物詩である蝉が大きく鳴く。
夏休みもあと残りわずか、とはいえそんな蝉たちの元気な声と、一向に下がる気配のない気温にまだまだ夏は終わらないのだと言われているような気がして私は一つため息をついた。


さて、そんな真夏日である今日も、治くんは私の家に入り浸っていた。
もはや住んでいると言っても過言ではない。
最近は部活の用具も持ち込み始め、次の日が部活だろうとお構いなく泊まりに来るようになってしまった彼に強く言えない私は、もうほとんど諦めていた。(断じて彼の作るご飯がこの上なく美味しいからとかそんなことに惑わされてる訳では無い。)




「名前……、そんな、これ以上くっつかれたら俺…そろそろ襲ってまうで……フッフ」



となんとも不快な寝言を言いながら私の布団を占領している治くんは、寝る前までは確かに別々の布団(治くんは私の父が泊まりに来たとき用の敷布団で寝てる)で寝たはずなのに、起きたら必ず私のベッドの中にいるのだからいい迷惑も甚だしい。


百歩譲って冬は温かいから良いにしろ、夏はただでさえ暑いのにさらにくっついてこようとするので本気でやめて頂きたいのだが、いくら私が言ったところでやめないのが治くんである。
もう仕方ないと思うしかない。これを口実に朝ごはんに美味しいおにぎりを作ってもらおう。(くどいようだが断じて彼の作るご飯が美味し(以下略))




「治くん、朝だよ起きて」

「んん…名前ー今日も好きやでぇ…むにゃむにゃ」

「ダメだ、これは起きないパターンだ」



そろそろブレックファストがブランチに変わってしまいそうな時間だったため、ぐーすぴ寝ている彼に声をかけてみるも無駄なようで、この感じでは美味しいご飯の匂いでも嗅がない限り絶対に起きない。
伊達に同棲(?)してないのである。いい加減治くんの生体も掴めてきた。



彼が起きたら一瞬のハグと引き換えに、スッカラカンの冷蔵庫を補充するためのお使いを頼もうと思っていたのだが、起きないのであれば私が行くしかない。

荷物持ちの治くんなしではあまり大量に買いこめないけれど、まぁ今日明日分くらいの食材があれば十分だろうと考え、私は財布と鍵を片手に茹だるような暑さの外へと嫌々出向いたのだった。










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「あ"ーーーーー、暑いぃぃぃぃ」



買い物からの帰り道。
あまりの暑さに耐えきれず、途中のコンビニで大好きなアイスを買い、食べながら帰路を歩く私。

もちろんバレたらうるさいので治くんには内緒である。



「このコーヒーとチョコのなんとも言えない絶妙に混ざりあった味が最っ高に美味しいんだよね…」



と、お気に入りの味を堪能していればすぐに家に到着した。
無論ゴミはマンション外のゴミステーションに捨てるという用意周到ぶりである。
治くん相手に食べ物の恨みは本当に怖いのだ。(経験者は語る)




「ただいまぁ」


ようやくあの暑さから開放される。と意気揚々とドアを開ける。
ガチャりといつもの様に開いたその先には、いつもなら忠犬のように飛びついてくるハズのあの男がいなかった。



「あれ?」


もしかしてまだ寝てるのだろうか。
確かに、昨日の部活はいつにも増してハードだったとは言っていたけれど、あの食いしん坊がこんな時間まで空腹に邪魔されずに寝ていた試しは一度もない。


珍しいこともあるんだなぁ…くらいの気持ちで靴を脱ごうとしたその時、あるはずもない見覚えのあり過ぎる赤色のパンプスが目に入ってきた。


待て。これは母の靴だぞ。





「おおおおおお母さん?!?!?!」

「あらおかえりなさい、名前!」

「お、おかえり名前」



母の靴を見つけてからの私の行動は早かった。
脱ぎ捨てるようにヨレヨレの愛用スリッポンを脱ぎ、下階への迷惑など頭から抜け落ちて勢いそのままにドタドタとリビングに駆け込む。

扉を開ければ優雅にソファに座りながら紅茶を嗜んでいる母と、その横で同じく優雅に紅茶を嗜む治くんがいた。


あれ、ちょっと待て色々おかしいぞ?



「お、っかあさん!!来るなら来るって言ってよ!!」

「やぁねぇ、本当は来るつもり無かったのよ。たまたま大阪に仕事の用で来てて、ついでに顔でも見てこうかなぁって」

「ならそれも含めて事前に連絡して…っ!!」



慌てて問いただせば母は平然とした顔でそう答える。
いやいや、それ連絡しなかった理由にはなってないからね?
そもそも本来大阪に用事があったのにちゃっかり兵庫まで来ちゃってんだから、ついでもクソもないだろう。
どう考えたって初めから来るつもりだったに違いない。
母はいつも思いつきで行動するところがあるので、毎回振り回されるこっちの身にもなってほしいものだ。



「そんなことより、なんで教えてくれなかったの!」

「は?なにが?」

「こーんなにステキな彼氏がいるってことをよ!」

「あ」




そうだった。
あまりに突然の訪問すぎて頭から抜け落ちていたが、そういえば治くんが入り浸ってるんだった。
もう当たり前になりすぎててすっかり忘れてたけど、これ普通怒られる案件だよね?高校生のうちにこんな不健全な関係。(実際そういう関係ではないので、傍から見ればの話だが)


クラスメイトのA子ちゃんも、彼氏と同棲したいのに親が許してくれないとかなんとか愚痴っていた気がする。
しかも私なんてその話聞きながら「いやいや高校生で同棲とか笑早すぎでしょ笑」とか笑い飛ばしてた気がする……あれ……もしかしてブーメラン……?



「おお、お母さん…あのその……これには深いわけがありまして……!」



正直こんな生活になった原因はほぼ全てにおいて治くんにあるわけで、断じて私のせいではないと声を大にして言いたいところだが、なんだかんだ言ってきちんと拒めなかった私にも非がないとは言いきれない。

既にお気付きだと思うがかなりパワフルでハチャメチャな母なので、怒って万が一治くんにキレようものなら私では手が付けられないのだ。
さすがに手が出るようなことはないと思うけれど、子のためを思った親の行動は時として過激になる場合も考えられる。
なんとか母の気持ちを落ち着けようと声をかけた私に、母は拍子抜けするような声の調子で笑って遮った。



「やぁねぇ、なにそんな焦ってるのよ」

「……え?」

「アンタが帰ってくるまでにちょっとお話してたんだけど、治くんとってもいい子じゃない!」

「は、……え?」



状況が上手く呑み込めず、思わず母の隣で(珍しく)ニコニコと微笑んでいる治くんに目を向けると、見たこともないほど嬉しそうな顔をしてウインクをしてきた。
いやいや、治くんが私の手料理の中で一番好きなハンバーグを食べてる時ですらそんな笑顔見たことないんですけど。
というかお話ってなに話してたの?
平然と彼氏とか言ってるけど、厳密に言うと私はまだ恋人だって認めてないんだけど?
ちょっと頭の整理が追いつかないよ?ん??



「ちょちょ、待ってお母さん…治くんと何話してたの?」

「何ってそりゃあ、」

「名前が可愛くてしゃーないっちゅー話ばっかしとったで」

「は?!」

「そうそう。治くんったら、相当アンタのこと大切に想ってくれてるのねぇ!名前のこんなところが可愛いって話がポンポン出てきて…」

「え、ちょ…、やめてよちょっと…!」



思わず聞いてしまった質問に、それまで黙って聞いていた治くんから思わぬ返答が返ってきた。
ちょっと待て?母親と彼氏(仮)がそんな話題で盛り上がってるところを私はどうやって咎めたらいいの?



「それに、治くんがいれてくれたこの紅茶。いつもと同じ茶葉のはずなのにすんごく美味しいの!」

「お、ホンマですか?お義母さんがあんまりにも綺麗やったから、気合い入れていれた甲斐が有ったなぁ」

「やだもぅ!治くんったら上手なんだからぁ」

「……」



もはや私は白目を向いていただろう。
今まで母が家に来た際に同じ茶葉で紅茶を入れたことがあったが、実の娘がいれたはずなのにこんなに喜んでいた姿は見たことがない。
たった数秒の会話だったけれど、パワフルなうちの母を治くんがどのように丸め込んだのか一瞬で理解することができた。




「……っと、あらやだ!もうこんな時間なのね!」

「ん、もう帰ってまうんですか?」

「もともとちょっと顔見るだけのつもりだったし…家でお父さんが待ってるのよ、私のとこ大好きだから」

「ほー!そりゃこんなキレイな奥さんおったら、帰りも待ち遠しくなってまうわなぁ」

「ふふ、だから今日はそろそろ帰るわね。名前!くれぐれも治くんに迷惑かけないようにね!」

「そんな迷惑なんて!名前にはいつも僕の方がお世話になっとるんです」



もはや娘の私なしでスムーズに進んでしまうこの会話に、わざわざ介入しようなど思わなかった。

居心地が悪いなんてもんじゃない。
早く帰ってくれるのなら万々歳である。



「じゃあ、また来るわね」

「美味い紅茶入れて待っとるんで、またいつでも来てください」

「あら嬉しいわぁ!今度はお父さんも一緒に連れて来なくちゃ!」

「ははは……」

「お、それは僕も気を引き締めな…!」

「治くんなら大丈夫よ!名前をよろしくね」

「任せといてください!」





そう言って、パワフルな母はイメージ通りに元気よく玄関の扉を閉め、扉を隔てていても聞こえる大きさの鼻歌をご機嫌に歌いながら帰っていった。
ようやく嵐は去ったのである。



「…ふぅ」



母の居なくなった玄関で、私は大きく息をついた。
多分、今日だけで半年分の体力は使ったと言っても過言ではない。

そんな私に何を思ったのか知らないが(寧ろ何も思ってないかもしれないが)、治くんが慣れたように後ろから抱きついてきて、肩にグリグリと顎を乗せる。



「名前のオカンめっちゃ綺麗やん」

「もういないんだからそんなお世辞言わなくてもいいよ」

「お世辞ちゃうくて、ホンマに!名前がこんだけ可愛ええのも、きっとお義母さんに似たからやなぁ」

「ほんっとに調子いいんだから……」

「ホンマのことやのに…。ちゅーか腹減らん?俺そろそろ死にそうなんやけど」

「どっかのだれかさんがぐーすか寝てたからでしょ!買い物してきたから美味しいの作ってよ」

「よしきた!任しとき!」



そう言って治くんは、私に引っ付いたままキッチンへと移動する。
必然的に私もキッチンへと連行されているのだが、もう抵抗する元気もない私はされるがままついて行くことしかできず、そんな私を見て治くんはまた嬉しそうに笑うのだった。







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(いやぁ、起きたらお義母さんおってびっくりしたわぁ)
(私がいない間ずっとあんなお世辞言ってたの?)
(んや、他にも色々話したで)
(へぇ、どんなことを?)
(お付き合いさせてもろてますぅ、とか)
((まぁこの際流しとこう)ふーん…後は?)
(卒業したら結婚しますぅ、とか)
(へぇ……………はぁ?!?!)
(よっと、ほれ!治くん特性オムライス出来たで!)
(いやちょ、ま、待って?!)









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