■ 優しさの裏側
「お、苗字おはよう」
「さ、澤村くん!おはよう…!」
「今日数学で課題出てたよな?」
「うん!今回の範囲難しいよね…」
「確かにな…。そうだ、一緒に答え合わせでもするか?」
「えっ、いいの?」
「もちろん。俺も合ってるか不安だしな」
「えっと、…ならお言葉に甘えて…」
「じゃあ教室行くべ」
澤村くんは、いつも優しかった。
でも優しいだけじゃなくて、同時に厳しさも持ち合わせてる。
他人にも厳しく、そして自分にも厳しい。
いつもどっしりと構えてて、落ち着いてるっていうか、大人びてるっていうか、とにかくものすごい安心感と包容力を纏っているのだ。
そんな彼が、私は1年生の頃から好きだったりする。
きっかけは本当に些細なもので、友人の潔子がマネージャーをしている関係で顔見知りになり、澤村くんの優しくて温かい性格と雰囲気に気がついたら惹かれていたのだ。
最初の2年間はクラスが離れていたこともあって、私の一方的な片想いはずっと胸の内に秘めておこうと思ってた。
なのに、3年生でまさかの同じクラスになってしまったことで、毎日毎日澤村くんと話す機会ができてしまったのだ。
お陰で彼への想いは日々増え続ける一方で、今日だってこうやって一緒に課題の答え合わせすることになったけど、こういうのも今日が初めてじゃない。
原因は忘れてしまったけれど、何かの拍子に私が数学が苦手だということがバレてしまって、面倒見の良い彼はたまにこうして私の数学の勉強を手伝ってくれるのだ。
私たちのクラスの数学の先生は少しだけ意地悪で、私が数学が苦手なことを知っているからわざと応用問題を当ててきたりする。
前に抗議したことはあるけれど、数学以外の成績は文句がないレベルなんだから愛のムチだーなんて言われてしまって、極めつけに期待してるんだぞなんて言われてしまえばそれ以上何も言えなくて。
きっと彼はそんな私の様子を見かねて勉強に付き合ってくれている。
澤村くんは、そういう人だから。
多分、私の事妹かなにかだと思ってるんじゃないかな…
それはそれでちょっと複雑だけど。
「お、ここ間違ってるぞ」
「えっ、どこどこ」
「ここ。このXに代入する式はこっちの方が分かりやすいと思うぞ」
「わ、本当だ…ありがとう!」
「……いや、俺も苗字に教えることで復習できるからな」
「一石二鳥ってやつだね」
「ん〜……一石三鳥かな」
「?3つ目があるの?」
「………まぁ、気づいてないよなそりゃあ…」
「?ごめん、小さくて聞こえなかった」
「いや。続きやろうか」
独り言のように何かを呟いた澤村くんは、またいつもの優しい笑顔で続きを促した。
なんだったんだろう?
よくわからなかったけれど、今日の数学は一限目なのでうかうかしていられない。
またあの意地悪先生は絶対に私を当ててくるので、澤村くんと答え合わせをしておかないと後で後悔する事になりそう。
そう考え、彼の言葉に従って続きの答え合わせに取り掛かった。
「ふぅ、なんとか終わったね」
「だな。にしても、最初の頃と比べるとだいぶ正解が増えてきたな」
「ほ、本当?!」
「あぁ。今日だって8割合ってただろ?」
「確かに……。でもきっと澤村くんのお陰だよ!」
「俺の?」
「うん。だっていつも答え合わせ手伝ってくれるでしょ?間違ってるところはどこが違うのかとか、解きやすい別の解答例も一緒に教えてくれるし、お陰で最近は当てられてもちゃんと答えられるようになったよ!」
「ははっ、そうか。役に立ててたなら良かった」
「本当に優しいよね、澤村くん」
もはやこれは何かお礼をしなくてはならないレベルで澤村くんにお世話になっている。
今度バレー部に差し入れでも持っていこうと考えながら、彼の優しさをしみじみ感じて言葉にすれば、澤村くんはピクリと少しだけ反応した。
「……優しい、か。」
「え?…うん。私だけに限らず、澤村くんは誰に対してもいつも優しいよ」
「………誰にでも優しくしてる訳じゃない」
「っ!」
「って言ったらどうする?」
不意に少しだけ低くなった澤村くんの声。
誰にでも優しくしてる訳じゃない
この言葉の意味は一体なんだろう。
分からない。いや、分からないふりをしているのかもしれない。
だってこのままでは、自分の都合の良いように解釈してしまう。
「いや、まどろっこしい言い方だったな。訂正する」
「え、と…」
「苗字だから、優しくしてるんだ」
「…っ、」
「誰よりも、苗字にだけ特別優しくしてる」
「ま、待って…!」
「?」
「そ、そんなこと言ったら、誤解しちゃうよ…っ」
彼の口から飛び出してくる数々の言葉が私のキャパを超えそうになり、慌てて彼を止めようとしたがもはや無意味だった。
「誤解?すればいいよ」
「へっ?!で、でも…」
「誤解じゃないから。」
「!」
「………いい加減、友達卒業したいんだけど」
「さ、わむらく…」
「苗字、今日委員会だったよな?ちょっとだけ待たせちゃうかもしれないけど、…俺の部活が終わるまで待っててくれないか?」
「話したいことがあるんだ」なんて、そんな真剣な表情で、そんな熱の篭った眼差しで、そんな勘違いしちゃうような言葉で、期待するなって方が無理だと思う。
「…う、ん」
「!……はぁ〜よかった。…じゃあ、終わったらすぐ連絡する」
「わかった、…待ってる、ね」
「あぁ」
真っ赤な顔を見られないように、俯きながらやっとの事で返事をする。
私の返事を聞いた彼は、少しだけ緊張の糸が切れたかのように息を吐いて表情を緩めた。
あぁ、そんな表情見せないでほしい。
これ以上私の心臓を速めてどうする気なのだろう。
ねぇ、澤村くん
今まで何度も何度も期待して、その度に違うって言い聞かせてきた。
でも、それでも今日は、きっと期待してもいいよね?
end
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