■ あいすのはなし


「ねぇくろお〜〜〜〜」





茹だるような暑さの中、夏が専ら苦手な私は冷たい体育館の床にベッタリと張り付いていた。



「おい人の名前を伸ばすな」

「なんで」

「そんな呼び方されたら余計暑くなんだろ」

「え〜変わんないよそんなの」

「変わりますぅ〜〜〜」

「うわ、うざ」

「ほら、暑くなっただろ」


なんて、まるで小学生みたいなやり取り。
それでも会話を続けるのは、今が休日練の昼休憩でお弁当を食べた直後という非常に暇な時間だからである。



「チョットお嬢さん、食べてすぐ寝たらいけませんヨ」

「どうせ豚になるぞ〜とか言うんでしょ」

「ちげーよ」

「じゃあなに」

「パンツ見えてる」



悪びれもなくそう言った黒尾に「それ食後関係ないでしょ!」なんて勢いに任せて飛び起きれば、たったそれだけで折角床で冷やしたはずの体温は、また気温によってグングンと上昇して。



「黒尾のせいでもっと暑くなった…」

「え、ボクのせいなの…?」

「ねぇアイス買ってきてよ」

「普通逆じゃない?マネージャーが選手に差し入れるのが一般的じゃない?」

「だって黒尾のせいで暑くなった」



再び体育館の床に寝転べば、まだ先程までの自分の体温が残っていて生温い。
うわ、と不快感から逃れるために隣へズレようとすると、同じように寝転んできた黒尾に先を越されてスペースを奪われた。



「あ、ちょっと!」

「残念でした〜」

「暑い。離れて。アイス。」

「単語で注文するのやめてくれる?」


午前中はマネの私なんかより何倍も動き回ってたハズなのに、ピッタリと隣に張り付いてくる黒尾に文句を言えばヘラヘラと笑って濁すだけ。

まぁそれ以上なにも言わなかった私も案外満更でもなかったりするけど、なんだか癪だから黒尾には絶対に言ってやらない。



「なぁ名前」

「なに?」

「そんなにアイス食いたいの?」



隣同士で寝転んだことでたまたま触れ合ったゴツゴツとした大きな手が、そのままするりと私の手のひらを攫っていく。

どうしてもアイスが食べたいというよりは、この今にも蒸発させられそうなほどの暑さの方をどうにかして欲しかったけれど、しかしアイスが食べたくない訳ではなかったので「うん」と答えれば黒尾はニヤリと嬉しそうに笑う。



「じゃあお願い1個きいて」

「そしたら買ってきてくれるの?」

「おう」



若干怪しさはあったけれども、数十分後に午後練を控えたこの状況で無理難題は押し付けられないだろうと考え、「ん〜、わかった」と肯定を返す。
するとさらに笑みを深めた黒尾は、悪びれもなくこう言ったのだ。



「熱中症ってゆっくり言ってくんね?」

「…………は?」

「だから、熱中症をゆ〜っくり言って欲しいんだって」




あまりにも突拍子もないそのお願いは、どう考えたって下心しか見えない。



「絶対いや」

「エッ、なんで」

「下心しかないじゃん」

「ありゃ、なんだバレてたか」



そう言って笑った黒尾は、握っていた私の手にその骨張った指をゆるりと絡める。
本当は暑いくせに、この大きな手に包まれるととても安心するから私が拒めないのを知っていてこの人はこういう事をするのだ。



「そんな子供だましみたいなのには引っかかりませんよ〜だ」

「ちぇ、まぁ別にいいけどさ」


なんてちょっと拗ねたみたいに諦めた黒尾を見て笑えば、黒尾もこちらを向いていたらしくパチリと目が合う。
さっきからずっと隣で喋ってたくせに、あまりの近さに思わず固まる私はまるで思春期の中学生のよう。そんな私に気づいた黒尾は悪い笑みを浮かべると、その瞬間絡められた指をきゅっと掴まれ彼の方へと引っ張られた。
それに呼応してもちろん私の身体も引っ張られ、ぐい、とされるがまま気づけば目の前に黒尾の顔が。



「っ、ん!」

「ん、」


さも当たり前かのように奪われた唇は、小さな子どもがするようなただくっつくだけのキス。
でも何度も何度も繰り返されるそれに暑さも相まって、頭がクラクラする。



「んん、っくろお、!」

「んー、…まだダメ」




結局それは黒尾が満足するまで続けられ、ようやく離れた頃には、私の息は既に上がってしまっていた。




「ん、ご馳走様」

「っ、ばか!」



幸い今は、監督も他の部員も弁当やら着替えやらの各々の理由でここには居ないけれど、それにしたってこんな所ですることではない。




「悪かったって。あんまりにも名前チャンが無防備だったから我慢できなかったのー」

「し、しらないっ!」

「ははっ、そんな真っ赤な顔で言われてもネ」

「うるさいっ、ダメ黒尾近寄らないで!」


まるで猫のようにフーフーと威嚇すれば、ようやく観念したらしい黒尾は大人しくまた寝転んだ。
全く、この男には節操というものはないのだろうか。いや、ないからこんな所で盛ってるんだろう。猿か。



「そんな怒んなって、帰りアイス買ってやるから」

「今日はダッツね」

「容赦ねぇな笑」


俺だってまだ高校生だよ?お財布事情わかるデショ?なんて抗議してくるくせに、実際帰りにコンビニに寄れば「ほらよ」って当たり前のように買ってくれて。
「ありがとう」ってもらったアイスを確認すれば、言ったことないはずなのに私の一番好きなフレーバーを選んでくれてるあたり、やっぱりこの男は本当にずるいと思う。



「黒尾ってずるい男だよね」

「急にどしたの」

「きっと今までもたくさんの女の子を誑かしてきたんだ」

「そんなことしてません〜」

「うそ、絶対うそ」

「嘘じゃねぇって。名前以外にこんなことしねーよ」



だから安心しなって頭をポンと撫でられる。

ほら、そういうとこだよ。
こんなまどろっこしくて遠回しな言い方なのに、私の小さな小さなヤキモチにもすぐに気がついちゃうんだもん。


「本当に、ずるいなぁ」


なんだかいつも黒尾の方が1枚上手でムカつく。
今日はいつにも増してドヤ顔でさらにムカつくから、キレキレのブロック格好よかったって褒めるつもりだったけど絶対言ってやんないことにした。





end





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