思い出せない初恋
僕は初恋の相手をどうしてか思い出せない。
小学生の当時、そういう相手がいた気がする。
でも、どんな相手だったか……どんな容姿をして、どんな性格をして、何処で知り合ったのか全く思い出せない。
ただ僕は当時強烈に恋焦がれた相手がいた。
それは思い出せない今もずっと、僕の心に棲みついている。
そんな高校1年の春。
僕はある1人の同級生と出会った。
「はじめまして!!宇内ヨルといいます!!よろしくお願いします!!」
彼女、宇内ヨルは変人コンビのせいで入部の早まった僕と山口、そしてその原因である変人コンビよりも少し遅れて烏野バレー部にマネージャーとして入部した。
だが、それが正式な1年生の入部日だった。
彼女は女子にしては背が高く、軽く170センチは超えていた。
「宇内もバレーとかしてた??」
「はい!小学生までですが」
「やっぱり!背高いもんな!!」
菅原さんがいつものノリで宇内さんに話しかける。
次いでお子様が彼女の高身長を羨ましがり、田中さんはぎこちなく遠目で眺めている。
「あれ?宇内さんって同じクラスだよね?」
「ん?……あ!!山……やま……やま??」
「山口!!」
「それだ!!よくそのメガネくんと一緒にいるよね!」
彼女は人の名前を覚えるのが下手くそなようだった。
「……月島だけど」
「ああ、そうだった!!」
えへへ!と彼女は愛らしく笑う。
「……??」
何か、その笑顔に見覚えがある。
何処で??同じクラスだしそれでなのか??
いや、違う。そういうんじゃなくて……
「そういや、宇内ってお兄さんいないか?」
突然主将が思い出したかのように問う。
「……はい。烏野バレー部のOBです」
「やっぱり!!」
「主将、知り合いなんですか?」
「日向知らないか??小さな巨人だよ!!」
「「「ええ!?」」」
「……っ!?」
彼女は困ったように笑う。
それは肯定の色をしていた。
小さな巨人、僕は嫌いだ。
お子様や先輩達はテンションが上がっていたみたいだったけど、僕はなんだか気分が悪くなった。
あの人がいたから、兄ちゃんは……
いや、それが兄ちゃんの実力だった。
でも、あの人がいなければ、兄はもしかすれば……
「ツッキーどうかした?」
「……なんでもない」
僕はなんだか彼女に嫌悪感を抱いた。
それから、数ヶ月して夏合宿で東京に行くことになった僕達。
彼女への感情は訳が分からない。
嫌悪感と憎悪と、少しの愛おしさ。
まるでずっと昔から彼女が隣にいたかのような安心感。
でも彼女は必要以上に僕には近づかない。
それがますます腹立たしかった。
「あ!ちょっとそこの!烏野の!メガネの!!」
自主練などする気がなかった僕は音駒の主将、黒尾さんにまんまと煽られて自主練に参加することになった。
「……なんでいるの」
「あー、黒尾さんにナンパされて」
「ふーん」
僕たちのその会話に黒尾さんと梟谷の木兎さんが「確かにナンパしてた!」「宇内チャン可愛いからな!」と茶化しにはいる。
…………気に食わない。
なんで??
そのあと、僕はなんだかんだあって第3体育館組の正式なメンバーとなるが、どうしてか毎回そこに彼女がいて、落ち着かない。
彼女に聞くと「黒尾さんから頼まれてるから」と素っ気ない返事が返ってくるだけだった。
どうして僕に笑顔を見せてくれないんだろう。
昔みたいな……
……昔??
昔っていつ??
「あれ?宇内サンって膝悪い??」
「へ??」
自主練中にふと木兎さんが彼女へ問いかける。
突然のことに彼女も驚いていた。
「あー……昔ちょっと事故で」
「あー!!すまん!!でりけーとな話題だったか!!」
「あ!!いや、大丈夫ですよ!!」
そういえば、彼女の歩き方には少し癖があって右足に体重をあまり乗せないような歩き方をしていた。
ただの癖だと思っていたけど。
「?」
一瞬、彼女が僕を見て、目をそらす。
一体なんなんだ。
「……月島、最近黒尾さんめっちゃ見てるよね。好きなの?」
珍しく彼女から話しかけてきたと思ったらそんな馬鹿げた発言だった。
「……なんでそうなるのさ。ブロックのお手本として見てるんだよ」
「ふーん」
彼女は僕を見ない。
そして、真っ直ぐ前を向いたまま、
「……ムカつく」
そう呟いた。
はぁ??
一体何が気に食わないのさ!!
だいたいムカつくのはこっちだよ!!
昔みたいに笑いかけもしないくせに!!
……昔??
だから、昔って??
「ツッキー!」
「……なに?」
二学期が始まったある日、自分の席でぼーっと外を眺めていたら山口が駆け寄ってくる。
「ねぇ、宇内さんて同じクラブチームにいなかった?!」
「……は??」
「覚えてない?!まあ俺も今思い出したんだけど、ほら、女子のエースの!!試合で大怪我した!!」
「!!!」
思い出した。
なんで忘れてたんだ。
『ヨル』
教室を見渡す。
ヨルはいない。
僕は教室から飛び出す。
山口が何か言っていたがそんな場合じゃなかった。
ヨル、ごめん。
ごめん……。
なんで忘れてたんだろう。
大切な、今も心に棲みつづけている初恋の相手なのに。
僕とヨルは兄が同じように中学でバレー部に入っていて、その影響で同じ時期にクラブチームに入った。
僕は万人受けするような性格じゃないけれどヨルは明るくて愛らしくてみんなから好かれていた。
そんな彼女と僕は同じ時期にクラブチームに入ったからか、それともお互いがお互いに惹かれていたからか、直ぐに仲良くなった。
僕は初恋を自覚していたし、彼女からも好かれていたように思う。
でも、
僕は知ってしまった。
彼女が小さな巨人の妹だと。
あの頃の僕には衝撃的なショッキングな事実だった。
大好きな兄が活躍できなかった原因。
それがあの人がいたからだと思い込んでいたから。
ちっぽけな僕は初恋を憎悪に変えた。
それから彼女と話さなくなった。
彼女は日に日に落ち込んでいった。それを僕は知っていた。
だから、
彼女が試合で大怪我をしたのはもしかしたら僕が原因かもしれない。
憎悪してても彼女が好きだったから僕は彼女の試合を見ていた。遠くから。
そして、悪球をレシーブし損ねた彼女が倒れ込みの右足がありえない方向に折れ曲がったのも、当然見ていた。
あの後彼女はクラブチームを辞めた。
もう、バレーが出来ないと知った。
僕は彼女の存在を僕の中から抹殺した。
彼女のバレーが大好きだったからつらくて、苦しくて、無かったことにした。
つらかったのはヨルなのに。
僕は、馬鹿だ。
「ヨル!!!」
前方にヨルを見つけ、力いっぱい叫ぶ。
彼女はその声にか、それとも呼び方にか、それともどちらともにか驚きながら振り返る。
「……け…い??」
嗚呼、そうだ。
ヨルはいつも僕を『蛍』と呼んでいたんだ。
「……はぁはぁ……げほ……」
「ちょっと、大丈夫?!なんで、てか、呼び方……」
「思い出した、から……」
「……っ!!」
ヨルは泣きそうな顔をする。
僕は息を整える。
「……ヨル、ごめん、僕」
「なんで、忘れてんのよ馬鹿……私ばっかずっと想ってて馬鹿みたい……」
ヨルが一筋涙を流す。
「ヨル……」
「……ずっと好きだったんだから……馬鹿蛍……ずっと、会いたかった……なんでお見舞いも来ないのよ……」
「ごめん……」
僕はヨルを力いっぱい抱き締める。
「……ヨル、僕も、ずっと好きだった」
「……ばか……馬鹿蛍……」
僕はやっと初恋を知る。
ーENDー
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