家で埃を被ってるけれどもともと持っている魔法器具(大鍋や秤など)を除けば、買うものなんてたかが知れている。のんびり買い物していたのだが、2時過ぎには終わってしまった。

夕方まで時間があるので、本屋を巡ってもみたがそれもだいたい3時くらいで飽きて、今、おやつを兼ねて甘ったるいチョコレートアイスを食べながら、古臭い…失礼、実にイギリスらしいベンチに腰掛けている。

しかし、暇である。
ここでノートパソコンを広げて仕事の続きをしようとも思ったが、明らかに浮きそうでやめた。あらぬ誤解を招きかねない。


「あー、暇だ」

「奇遇だね、僕も暇だ」

「……あんた誰?」


いつの間にか、ベンチの隣には金髪のオールバックで、どこかふてぶてしい態度の10歳くらいの少年が腰掛けていた。


「暇ならママんとこ帰りなよ。横丁は広いし、下手すると迷子になっちゃうぜ、坊主」

「坊主じゃない、ドラコ・マルフォイだ。あと、母上も父上も自分の買い物に忙しくて本屋から出てこないし、そもそも迷子になる歳じゃない」


何世紀経っても相変わらず迷子になってる人物を知っているので、それを一般論として受け止める気はなかったけれど、とりあえずプライドが高そうなこの少年のために頷いておいた。

チョコレートが甘くて美味しい。この甘ったるさは実に好みだ。


「わかったよミスターマルフォイ、要するに私と同じく暇なんだね」

「さっき言ったじゃないか。というわけで付き合ってもらいたい場所がある」

「えー、嫌だよ面倒くさいよ。私まだアイスが食べたいよ」

「暇なんだろ。というかその身なり、驚いたな。マグルの世界にでも勤めているのか? 銀行員か何かかい」


まるで汚物を見るような目つきで私の服装を見やるドラコ少年。魔法界ではいつの時代も過度の露出は好まれないことを知っていたので、黒っぽいロングパーカーをローブっぽく羽織っていたのだが、それに気づいたらしい。
おそらく余りに暇すぎて偶然隣に居合わせた私に声をかけたのだろうが、その目は、服装に気がついていたら絶対に声なんてかけなかったと語っていた。失礼なやつだ。


「残念、銀行員じゃないよ。その言い種だと、ミスターマルフォイはもしかしていつの時代も偉そうな純血主義タイプ? まだ廃れてなかったんだ、それ」

「マルフォイの姓を聞けばわかるだろう。それとも、そんなこともわからないくらい落ちぶれた家系なのかい?」

「…………ああ、そうだね」


正直、イギリスで二番目に由緒正しき家系だよ!と怒鳴ってやりたかった(ちなみに一番は王家。女王陛下万ざーい!)。

マルフォイ。
確かに聞いたことなくはないかもしれない。少なくとも魔法界と形式的じゃない交流のあった一世紀以上前に。アーサーならいざ知らず、しかし私が覚えてるかっつうの。


「それは可哀想に。銀行員じゃなければ会計士かい? それとも司書?」

「政府だよ、お役人さんだ。言っておくがお前のパパなんかよりめちゃくちゃ偉いぞ」

「へぇ、それは驚いた。で、マグルの世界では雑用や使いっ走りをする人間を偉いって言うのかい?」

「そっちこそ、君のパパは雑用や使いっ走り以下ってことになるけどいいのかな」

「父上を侮辱するな!」

「あーあー、墓穴をドリルで掘り進める音が聞こえるなー」

「うるさい、黙れこのスクイブ!」

「まずスクイブじゃないし、そもそも人を侮辱しようとしてスクイブの名を出すなこのばかちん! だいたい、魔法使いはもっとスクイブに敬意を払うべきだ。彼らは勇敢だったぞ」

「スクイブの肩を持つなんて本当信じられないよ! 魔法使いの風上にも置けないね。……政府に勤めているって言ったね。君、本当に魔女?」

「なんだってこのスットコドッコイ! お前まだまだケツの悪いガキだろうがこの××野郎! ああ、魔女さ。少なくともパブリックスクールにまだ入学したての餓鬼んちょなんかより、ずーっとずっと高名なね!」

「うっわ、見た目通り下品な女だな! だいたいなんだよ××野郎って、子供にそんな単語教えて良いと思ってるのかい? この○×――う、うわあ!!」

「あっ、ちょ、妖精さん、駄目!!」


私と口論していたはずのドラコは、いつも私のまわりをふわふわ飛んでいる妖精さんの手で、恐らく私の敵と見なされたのだろう。宙吊りにされてしまった。

しかもこのマルフォイ氏、妖精さんが見えていないらしく、私が何かやらかしたのだと思って恐怖の眼差しをこちらに向けている。妖精さんは、元来マグルだろうが魔法使いだろうが、心の綺麗な人にしか見えないのだ(もちろん妖精さんの意志で姿を見せないという選択肢もあるが)。そんじょそこらのピクシー小妖精と比べないでほしい。アーサーも、あれはあれでピュアな部分がある。ので見える。

額に手を当て、なんだかどっと疲れた気分で私は頭を振った。


「可愛い可愛いフェアリーたち、お願い。私がちょっと熱くなりすぎただけなの、おろしてあげて」

(だってこいつ、グレイスに酷いこと言おうとしたのよ!)

(そうよそうよ! 許せないわ!)

「リリア、フィー、聞いていたでしょ? 私が先に酷いことを言ったんだよ。おかげで頭が冷えたよ……。ね、お願い」

(……グレイスがそう言うなら)

(しょうがないわね)


妖精さんは、見た目に反し物凄く力持ちだ。ゆっくり、ドラコは地面に近づいて……50cmくらいのところで落とされた。尻餅ついてら。痛そー。


「なっ、ななななな」

「で、少年はガチで見えていなかったと。どう? 宙吊りにされた気分は。なかなかのもんでしょ」

「……マグル政府に勤めている魔女って言ったな。もしかして魔法省からの派遣、か……?」

「おいおい坊主、そんだけ恐怖心煽られといて、まだ身分の心配してんの? 余裕だねぇ」

「見たことのない魔法だった。答えろ、お前何者だ」

「ただの雑用兼使いっ走りですよ、ミスターマルフォイ。そろそろ時間だから、私はこれで」

「おい!」

「しっつこい男だな。じゃあ魔法省派遣のマグル政府勤務時々ニートってことにしといてやるよ。それで文句ない?」

「普通に考えてないわけないだろう! じゃあ、名前は?」

「……エリザベス」


オリバンダーの店でうっかり本名を喋ってしまったので、その二の舞はごめんだ……と思っていたのだが、これはこれで失敗だ。女王陛下、ごめんなさいでも大好きです。

という心の葛藤が私の唇に引きつるという形で現れたはずなのだが、少年は気づかない。つくづく迂闊な少年だ。愛すべきお馬鹿タイプだ。


「……エリザベス、話を始めに戻すけど、付き合ってほしい場所がある」

「だから嫌だって言ったでしょこのお馬鹿さん。私はそろそろ時間なの。しかもどーせ、魔法使いのくせにその歳で妖精さんが見えてないってことは、ノクターン横丁あたりじゃない? 絶対ごめんだ」

「なんでわかった……子供だけじゃ入れない店があるんだ。父上と母上は僕にはまだ早いと思っている」

「じゃあ、両親の決定に従うべきだよ。来なさい、チョコレートアイス買ってあげるから。それで勘弁してよ」

「なんだって!? 僕はチョコレートアイスを食べるほど子供じゃない! アイスミントがいいです」

「ノリノリだな! わかったよ、チョコミントだろうがチョコチップだろうが買ってあげるから、それでおしまいだからね」

「君、要するにチョコレートが好きなだけだろう」

「なんでバレたし」


前言撤回、やっぱりちょっと賢いかもしれない。

というわけでドラコにチョコミントとチョコチップの二段がさねのアイスを買い与え、よくわからないが握手を求められてそれに応じ、私はその場から離れた。


その後は普通にオリバンダーの店から愛用の杖を回収し、普通に地下鉄に乗って我が家へと戻るのだった。
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