翌日、やっぱり大乱闘を繰り広げた私たちはそのまま私の部屋で眠ってしまったらしく、起きたら小鳥がチュンチュン鳴いていた。
暖かなぬくもりを背中に感じ、あと5分…と思ったところで違和感に気づく。
「ん…?」
背中にアーサーがくっついている。何事かと思えば、どうやら後ろから抱きすくめられているらしい。アーサーのことは、昨夜蹴っ飛ばして昏倒させたところまでしか覚えていない。
こういうこと……つまり、こんな状態で目覚めることは別段珍しいことではない。しかし、どーせやるなら正面から抱きつけばいいものを。まあこれが、変態紳士やエロ大使と呼ばれつつも甲斐性なしなアーサーたる所以だ。昔は違ったんだがね。
ぬくもり自体は心地よかったし、日々の激務の疲れが抜けきらない私は、ダメだと思いつつも再び眠りに落ちた。
目が覚めると、眠った時と同じように俺と同じもさもささの黒髪が目の前にあることに安心した。普段は手を入れてさらさらに見せかけてはいるが、寝起きはだいたいこんな感じだ。一房取り、それにキスを落とす。起きる気配は、ない。
普段なら、夜中に目が覚めた時点で自室に引き返すところだが(なぜなら俺は紳士だからな)……ああいや、たまに夜這い紛いなことはしてるけどこの際それは置いておいて、一年間にも及ぶ長期出張の前だ。こいつが寂しいだろうと思って、昨夜は添い寝をしてやることにした。別にやましい心があったわけじゃない、と言い張る。
しかし、可愛くて可愛くてたまらない俺のお姫様はまだまだ夢の国。
最近は、明日の世界会議(開催国は持ち回り制で、明日は何年かぶりでイギリスのロンドンだ)の準備や件のヴォルデモートの一件でお互いろくに寝ていなかった。
しょうがない。最近こいつに任せっぱなしだったが、労いの意味もこめて俺が朝飯を作ってやるか。
と、立ち上がろうとした瞬間、グレイスが俺の服の裾を引っ張った。寝ぼけてんのか、可愛いやつめ。
しかし俺は知らなかった。実はグレイスの目はしっかり開いていて、その瞳はかなり必死だったことを。
かくして、その後再び心地よい眠りに落ちた俺に代わり、本日の朝食も、こっそり俺の腕から抜け出したグレイスが作ることになったのだった。
「アーサー、昨日の件、それなりに納得した。男装でホグワーツ通うよ。今日、ちょっくらダイアゴン横丁行って学用品揃えてくる」
「ひとりで大丈夫か? なんなら俺も…」
「アーサーは明日の準備あるでしょ。私は資料できたし、ひとりで大丈夫だよ。学用品のリストかして」
「あ、ああ…」
スクランブルエッグに極東の友人からもらったショウユという調味料をかけ、アーサーからリストを受け取る。ちなみに、この食べ方をするとアーサーはいつも複雑そうな顔をするが、私はこの味もなかなかだと思っているので気にしない。
「ふーん……知らない著者ばっかり……ああいや、バチルダの婆さんの本はまだ使われてるのか。懐かしいなー、これチェック入れたの私だよ、覚えてる?」
「ああ、確か魔法史だったか? 俺はあの婆さん好きになれねぇ……あと、行くならちゃんと変装してけよ」
「わかってるって」
軽く杖を振り、適当な呪文を唱える。
すると、私の黒髪はアーサーのようなくすんだ金髪になり……突然爆発した。
「なっ、ばかぁ! 大丈夫か!?」
「けほっごほっ……ああもう、久しぶりだからやりすぎちゃったよ……」
煙を払う。情けなくて涙が出そうだ。
もともと、カークランド家は著しい魔力を持つ家系だ。
暇さえあれば魔法をいじくりまわしているスコット兄やウェル、そしておふざけでちゃちいおもちゃの杖を振り回すアーサーと違い、現実主義な私やアイル兄さんは数十年…いや、下手するとざっと百年近く魔法を使っていないかもしれない。
そんなやつがいきなり扱うには、私の魔力はちょっと強力すぎた。
「……はぁ。それもちょっと考えねーとな……魔力抑える魔法ってあったか……」
「あったかもね……うぇ……」
まあ、若干爆発したが、髪の毛は見事金髪になったにはなった。多少爆風の余波で埃っぽいが、致し方ない。金髪にすると、アーサーと瓜二つなんだよな。
あとはまあ、眼鏡でもかけて髪型を変えておこう。ついでに眉毛を隠すよう帽子を被れば、それで変装はばっちりだ。
というわけで私はそそくさと朝食を片付け、地下鉄に乗り、漏れ鍋へと向かった。
漏れ鍋は、相変わらず騒がしかった。
店主に軽く挨拶をしてダイアゴン横丁に出ると、そこは人の波。街並み自体は私の記憶にあるものと大差ないが、店の名前が変わっているところもある。だいたいは昔の名前が思い出せなかったが、私の好きだった菓子屋がなくなっていたのは実に残念だった。あの甘ったるさが好きだったんだけど、もう何十年も昔の話だから仕方ないか。
教科書を購入し、前世紀に手入れしっぱなしだった杖をどうにかしてもらおうと、オリバンダーの店の扉を開いた。瞬間爆発した。
今日はよく爆発に巻き込まれる日だ。
「げっほ……いったい何の騒ぎ?」
「す、すみません! 僕…」
「……ああ、確かこの店はこうやって杖に選ばせるんだったっけね。了解了解、気にしなくていいよ、僕」
「いらっしゃいお嬢さん、杖をお求めかな」
どうやら、私が扉を開いた瞬間に扉の上部に暴発した魔法が激突したらしい。
アーモンド型の目に、丸眼鏡の痩せっぽちな少年だった。
「いいえ、杖はもう持っているんですが、久しく使っていなかったのでメンテナンスにですね…」
「ふむ……見せてくださりますかな」
「これです」
ヤドリギを主軸にした、若干長めの杖。
先っちょは、何回もアーサーやフランシスをつついたせいで丸くなっている。中には、ユニコーンの角と妖精の羽根。どちらも、友達が死ぬときに私に譲ってくれたものだ。しかし、時と共にヤドリギが擦り切れ、今や若干はみ出してキラキラした光を纏っている。
「おお、ずいぶんと古いですが確かにこの店の杖ですな。オリバンダーの銘があります。ところでお嬢さん、これはいったい誰の杖ですかな。いやはや、私も先代の作った杖を見るのは初めてですよ」
「あっ……ええと、叔母のです、叔母の!」
うっかり自分の杖であることを口走りそうになり、慌てて口に手を添えた。
そうか……このオリバンダー老人は何代目かのオリバンダーさんなんだ。なんだか魔法使いは歳をとらないような気がしていたので、うっかりしていた。
しかも多分、人間の寿命を考慮すると私に杖を作ってくれたオリバンダーさんは先々代、下手すると先々々代だろう。うわあしくった。
「うむ……ちょっと振ってみてくださいますかな」
「は、はい」
杖の性能としては、まだまだ問題ないはず。今朝の爆発は、明らかに問題は私にあったのだから。
左右に振って、泡(あぶく)を出しハープの音を奏でる。うん、上出来だ。
「ほう、叔母さんの杖とは言え、なかなか貴女との相性もいいようじゃな。いや、どちらかと言うと、むしろ貴女のために設えられたかのような…」
「お、叔母とは気が合っていたんです」
「そうかそうか、ま、そういうこともあるにはあるじゃろう。どれ、その杖からはみ出したものを直そうかの」
「ありがとうございます」
「夕方、取りに来るといい」
「ええ、じゃあお願いします」
そこで店を去ろうとしたら、先ほどの少年と目があってしまった。軽く会釈してその場を去ろうとしたのだが、やんわりと腕をつかまれる。
もしかしてまたなにか私は粗相をやらかしたのかな、と思って振り返ったら、つかんだ本人もどうしてそんなことをしたのかわからないといった様子で目をぱちくり。
「あのー、どうかしました?」
「あっ、いえ、なんでもないんです! ……ええと、お名前教えてもらえますか?」
「……グレイス。よくある名前でしょ?」
「グレイス……?」
ここで本名を言うわけにはいかなかったが、とっさに偽名を思いつかなかったので名前だけ少年に告げた。
彼の名前も尋ねようと思ったのだが、ちょうどオリバンダー老人が彼に新しい杖を持って現れたので、機会を逃してしまった。
「少年、また会おう。君にぴったりの杖が見つかりますように」
「あああ、ちょっと待ってグレイスさん! 僕たち、前にどこかで会ったことありませんか?」
「……しょーねーん、ひとつだけ教えてあげると、それは半世紀も前のナンパの手口だ。今時フランス人だってそんな口実は使わないよ」
「いや、違いますって! ナンパじゃないんです!」
「ともかく、私はロンドンで実に一般的なマグル生活を営んでいる。魔法使いの坊やとは、会ったことないと思うよ」
「僕もです。僕、今まで自分が魔法使いってこと知らなくて……」
「なるほど、それなら可能性としてはなくないかもね。でもね、少年、次はもっとスマートにお茶に誘ってごらん」
「……だから、ナンパじゃないって言ってるのに」
もちろん、私だってこんな10歳そこらの少年がナンパしてるなんて思ってない。
けれど、多分この子は私を教科書かどこかでチラッと見て、会ったことがあると錯覚しているんだ。思い出されると実に厄介極まりない。背中を嫌な汗が伝っている。
そんな感じに少年をなんとか言いくるめて(少年は納得している風ではなかったけれど)、私は夕方まで時間を潰すため、逃げるように大通りに歩を進めた。
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ハリーが買い物してる時期おかしいですけど実にすみません
ハグリッドが空気で実にすみません