■ 02
翌日の空は晴れ晴れとしていた。
あたたかな陽気は絶好の買い物日和だ。
名前は名残惜し気に仕事へ向かう父を送り出し、ダイアゴン横丁にある酒場「漏れ鍋」まで母と煙突飛行ネットワークで向かうことにした。
そこで母の知り合いの魔法使いと待ち合わせしているらしい。
「やあ!ミセス・ミョウジ。元気だったかい?」
漏れ鍋につくやいなや、両手を広げて歓迎してくれのは、褐色のゴワゴワした顎髭の血色の良い顔をした男だった。
彼の傍らにはハンサムな顔立ちをした青年が立っている。
「ディゴリーさん、お会いできて嬉しいわ。今日はありがとう。名前、この方は私たちの同窓でお父さんの親友のエイモス・ディゴリーさん。こちら、息子の名前よ」
「はじめまして」
「ああ、大きくなったね。実は君とは小さいころに何度か会っているんだよ。こっちは息子のセドリック」
「やあ、ナマエ。覚えてるかな?僕も昔、君と会ったことがあるんだけど」
差し伸べられた手を取って握手しながら、名前は考えるように首を傾けた。
しばらく記憶を辿ってみたが、エイモスの顔もセドリックの顔も見つけることはできなかった。
名前は申し訳なさそうに笑ってエイモスを見た。
「すみません、覚えてなくて」
「無理もないよ、君はまだ小さかったからね。ああ、ミセス・ミョウジ!そろそろ時間じゃないかね?」
「あら、いけない。講義に遅れちゃうわ。それじゃあ名前、また夜にね」
「いってらっしゃい、母さん」
ホグワーツとは別の魔法学校で臨時講師をしている母は、しまったという顔をして名前をぎゅうと抱きしめてから再び暖炉へと潜って緑の炎に巻き込まれて消えた。
「さあ、行こう!まずは制服からだ。採寸を済ませておいで。私はセドの分とまとめて教科書を揃えておこう」
「ありがとうございます。ディゴリーさん」
「エイモスでいいよ。君にミルクをやったこともあるんだ。他人行儀は寂しい」
「すみません、エイモスさん」
「あんまりナマエを困らせちゃかわいそうだよ、父さん。さあ、制服の採寸に行こう。僕も付き合うよ」
「それなら、俺一人でも……」
「僕が一緒に行きたいんだ。いいだろう?」
セドリックが整った眉を下げて、名前の顔を覗き込んだ。
同性でもどきりとするハンサムな顔に嵌った二つの瞳は澄んでいる。名前そんな顔で、そんな瞳で見つめられて断れる人はいないだろうと思った。
「是非、お願いします」
▲▼
セドリックにはぐれるといけないからと手を引かれたまま、人が溢れるくらいにぎゅうぎゅうな道を抜けて、「マダム・マルキンの洋服店」を訪れていた。
店には、普段着から私服まで幅広く揃えており、勿論ホグワーツの制服もここで手に入れることができる。
店に入ると、店主はにっこりと笑って出迎えてくれた。
「いらっしゃい坊や。一年生にしては高い背ね。ディゴリーさんに二人目の息子さんなんていたかしら?」
「彼は三年生です。編入生で」
「ナマエ・ミョウジです」
「ならその身長も納得ね。あなた、身長の割に細すぎるんじゃないかしら?」
訝しげにそう言い、マダムは名前に服を脱ぐようにと言った。
名前が脱いだコートをセドリックが受け取り、軽くたたんで腕に抱える。
名前は他のオーダーをとっているのか忙しなく動くマダムを見て、しばらく手を止める。
「あの、上着だけじゃなくて、シャツも脱がなきゃ駄目ですか?」
「あなたは特に細いですから、できればそうして欲しいですね。身長に合わせるとウェストのサイズが……ええ、正確に採寸する必要がありますからね」
「それは……そうですか……」
名前は目の前でローブを持って立っているセドリックを見た。
長くロンドンで暮らしているとはいえ、日本人の気質を強く父から継いでいる名前は、人前で肌を晒すのも、年上の人に服を持ってもらうのも躊躇いがあった。
当のセドリックはこくりと首を傾げて名前の顔を見つめている。
「脱がせてあげようか?」
「は?」
突然突拍子もないことを言い出すセドリックに失礼な声が飛び出た。
「あ、ごめん。小さい頃はよく着替えを手伝っていたから」
「お、俺は覚えてないんです、急に驚かせないでください……」
悪戯っぽく笑うセドリックに、わかっていて冗談を言われたことを悟った名前は、羞恥で耳に熱がこもるのを感じながら目をそらしておとなしく服を脱ぐことにした。
名前が脱ぐのを待っていましたとばかりに、浮いていた巻き尺がさっと寄ってきてひとりでに名前の身体のあちこちを測り始めた。
近くを飛ぶ羊皮紙と羽ペンがメモをとっている。
「モナカ、君って細すぎないか?きちんと食べてる?」
「普通に食べてますよ。父さんに似たんです。太らない体質で」
「そうか」
セドリックが不思議そうにてきとうな相槌を打つのを聞きながら、名前は自分の周りをふよふよと飛び回る採寸道具たちを眺めた。
魔法を使えば道具も意思を持つのだろうか、そんなことを思いながら巻き尺をつつく。
「これ」
「ぅわっ!?」
突然背中を伝った感触に声をあげる。
振り返ると、セドリックが人差し指を突き出してかがむように最中の身体を凝視していた。
「なにを」
「火傷の痕?ずいぶん大きいね」
「これは……痣?みたいな、生まれつきで……」
「生まれつき?痛くないのかい?」
引き攣って変色した肌をやわくなぞりながら、セドリックは聞いた。
名前は生まれつき、背中から脇腹にかけて大きな這うような火傷のような痕があった。
何故そうなったのかは医師もわからないらしく、それでも痛むこともなかったので名前は時折その存在を忘れた。
そろりと滑って行くセドリックの指の感覚に、身体がこわばるのを感じる。
普段人が触れるようなことがないせいか妙にくすぐったい。
「痛くは、ないです、けど、あの……くすぐった、っあ」
突然跳ねた声に、傷跡を凝視していたセドリックも顔を上げた。
変に高い自分の声に驚いて固まる名前と、顔を上げた体勢のままのセドリックは数秒見つめあって、セドリックはくすくすと笑った。
「ごめん、その……敏感なんだね」
最中は困惑やら恥ずかしさやらで、やっと望んでいた力を手に入れたばかりだというのに、死にたいと思った。
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