曇天の空





 

 拒否する気などまったくない癖に、常識人きどって人ごみ云々言っている唇を塞ぎたがったが、無駄に目立つわけにはいかない。

 ちょうどいい肉付きの腰をなぞるだけに抑え、その耳元に唇を寄せた。


「俺も、仕事終わりなんだよ。……付き合え」


 抱いた細い身体がびくりと震えたのを確認して、誘うよう人の波から外れていく。目立ちたいわけではない、目立つためにやっているわけでも。

 だが、ふたり揃って180cmを越える身長はどうやっても人の目を惹き付けるようで。

 突き刺さるような視線があまりに鬱陶しくて、目の前を歩く中肉中背の男の胸倉を掴みあげた。


「死にたくなけりゃこっちを見るな。クソ共が」


 アリーシャの腰とそこを辿る手をちらちらと見ていた男の瞳が驚愕と恐怖に支配され、ゆらゆら揺れている。クッ、と喉の奥から笑いが漏れる。……こんな間抜けなツラを見せられて笑わねぇとか無理だろ。

 わなわなと震えている男の歯が、“それ”に当たってかちかちと音が鳴る。

 馬鹿だなぁ、好奇心に任せて盗み見たりするからこんな目に遭うんだよ。


「あが、ごえ、ごえんなさっ」

「あぁ? 何言ってるかわかんねぇよ」


 ガチリ、と男の口の中で音が鳴り、訪れる衝撃に恐怖してかぼろぼろと涙を零して何度も同じ言葉を繰り返している。

 それが馬鹿らしくて、ダサくて、笑いが止まらない。


 クツクツと抑えきれない笑いを洩らしながら辺りを見渡せば、視線を向けていた奴らはサッと目を逸らし脚を進めて再び人の波を作り上げていった。


「……おらよ、さっさと俺の前から消え失せろ」


 男の口に突っ込んでいたブツを引き抜き、息をつく間もなくその背を足蹴にして視界から消し去る。

 ごめんなさい、と叫んでいた気がするが。もういい、聞き飽きた。





《5》

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