言い忘れていたが、私の所属する委員会というのは図書委員会だ。放課後、カウンターに座って本の貸出返却の手続きをしたり、本棚の整頓をしたり、ちょっとした司書の手伝いをしたりするのが主な仕事で、私は毎週水曜日に当番をするとこの前の集まりで決まった。結局一日早く、行くことになってしまったが。

今日はたまたま私のクラスのHRが早く終わってしまったからか、一人歩く廊下は閑散としている。
道のりは長い。この学校は生徒数が多いからかやたら広く、教室のある校舎と図書室のある校舎は別な上に、図書室はその一番端ということもあって、とても遠かった。
そうしてひとりで階段を上ったり降りたりして、ようやくたどり着いた図書室の扉を開ければ、やっぱり中にはまだ誰もいない。みんなまだHR中なのか、そろそろ終わったくらいなのだろう。ドアを閉めてしまえば、世界中の音が本に吸い込まれてしまったかのように無音になった。
コツコツ、と足音を立てながら、部屋の奥まで進んでみる。私が思っていた以上に、奥の奥までたくさんの本が並んでいた。それはもうぎっしりだ。学校の図書室とは到底思えない。まるで図書館のようだった。

そうしてどんどん奥に進みながら、ぼけーっと本棚を見上げていると。
────突然、後ろから声がした。



「こんにちは」

「!?ぅ、わぁ!?」



あまりにも突然、なんの音もなく現れた第三者に、私は思わず間抜けな声を上げて肩をびくりと震わせる。それから慌てて振り返ると、後ろにいた人も驚いたように目を見開いていた。



「…あ、ごめん。驚かせたみたいだね」

「はっ……お、驚きました……」

「それはごめん」



未だにばくばくいう心臓を抑え、落ち着かせながら、呑気にくすくす笑っているその人を見る。
頭に何か巻いてる、センター分けで黒髪の男の人。コルトピくんで慣れてきたから随分背が高いように見える。ごめんねコルトピくん…小さくてもいいと思うよ私は。泣かないで。
それはさておき、彼があまりにも親しげに笑うものだから一瞬知り合いかと疑ったのだが、やっぱり私はこの人を知らない。何年生なんだろうか?この落ち着きよう、同い年には見えないけど。



「あの……えっと、先輩……ですよね?」

「そう。君、図書委員だよね?オレも図書委員なんだ」

「あ、そ、そうなんですか!え、じゃあ、今日先輩も当番なんですか?」

「ああ、ちがうちがう。図書委員だけど、今日はただ、本を読みに来ただけ」

「へえ……」



それ以上何と返していいのかわからなくて、私は曖昧に頷いて視線をそらした。
こんなとき、何も気の利いた事を言えないこの自分のコミュ力をぶん殴ってやりたいと心底思う。こういうところがあるから今日だってこうしてここに来るハメになったのだ。
私がこんな態度なのに、先輩は気にした様子もなくにこにこと人の良さそうな笑みを浮かべている。嫌な顔をされるのも怖いが、こういうのもなんだか逆に居心地がわるい。つくづく自分の社交性の無さに呆れてしまった。



「本は好き?」

「え?……まぁまぁ、程よく、好きです」

「そりゃそうだよね。そうじゃなきゃ、図書委員なんて面倒な仕事選ばない。じゃあ、それなりに読む方なんだ?」

「はい、まぁ、たまに…」



先輩の突然の質問に、戸惑いながらも何とか言葉を返していく。あんまり有名じゃないけど好きな作家がいる、と言うと、先輩は「今度おすすめあったら教えてね」と気さくに笑った。ほんとうにいい人そうである。



「……先輩も、何かおすすめあったら是非、教えてください」

「あはは、そうだね。今度教え合いしようか」

「は、はい……」

「うん。…あ、ところで名前は?」

「あ、ああ、すみません。白川です。1年の、白川憂といいます」

「へぇ…白川さんね」

「はい。…失礼ですが、その、先輩のお名前は……?」

「オレ?」



にっこり。何故かそんな効果音がつきそうなくらいに綺麗に微笑まれて、なんだか少し困ってしまった私は苦笑いを返した。きっとすごい歪んでるだろうけど。無理に笑うって難しい。笑顔が素敵な人って羨ましいし、私は愛想笑いの一つもできないポンコツであった。
先輩は、またも気にした様子もなく、寧ろ他人の私から見てもどこか機嫌が良さそうに聞こえる弾んだ声で言った。



「俺はクロロ=ルシルフル。よろしくね」



そう名乗って何故か深くなった笑みは、どこか意味深だったけれど。そんなことより、その………全然、覚えられなかった。
私はカタカナに弱いのだ。そのせいで名前を覚えるのが極端に下手くそだった。ええと、く、クロ、るしるるる………?



「……はい、よろしくお願いします」



あんまり聞き返すのも失礼だからとりあえず頷いておいた。しばらくの間は、先輩でいっか。


130808
修正・171113

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