「今日は持ち物検査があったが……───」
「………」
帰りのHRは、いつだってとても退屈だった。
そう感じているのはきっと、私だけじゃない筈だ。部活に行きたい人、アルバイトに行きたい人、早く帰りたい人。それぞれ事情は違っているが、皆、早くこの時間が終わればいいと思っている。
先生の話は、同じことを何度も繰り返し言っているだけでつまらない。中でも今日の反省なんて、特にくだらなかった。明日のことには流石に耳を傾けなければならないが、今日の事なんて心底どうだっていい。今日も実につまらない日だった。私にはそれだけ。
高校に入れば、いろんなことが変わるのだろうと思っていた。しかし、蓋を開けてみれば友達は減るわ授業は淡々としているわで、退屈な日々。まだ入学して一ヶ月しかたっていないが、正直もう既に飽きていた。こんなのは、憧れとは程遠い。
先生の声が、遠くなっていく。膜でも張ったかのように、私の身体は、思考は、何かに包まれて、私は物思いにふける。
そうしてふと、思い出した。大した事ではないが……そういえば昨日、私はなんだかとても、とにかく嫌な夢を見た気がする。まあ、悪い夢なんて別に珍しい事じゃない。私はいい夢より、悪夢の方がよっぽど見るのだから。
嫌な夢だったことは思い出したが、しかし内容はよく思い出せない。朝起きた頃には、夢はすっかり消えていたのだ。身体を起こした私には、ただなにかに追われているような焦燥と、もやもやとした嫌な感じと、虚しさとだけが残っていて。それだけが、悪夢が確かにそこにいた証拠であった。
「………憂」
さっきも言ったが、珍しい事じゃない。比較的、よくあることだ。空を飛ぶ夢なんて見れない私は、哀しい夢か、怖い夢を交互に見る。別にそれが嫌だと思ったことはない。寧ろ、私は悪い夢が楽しみなくらいだ。そうして欠かさず夢日記をつけるくらいには、私は私の夢を大切にしている。だからこそ私は、今朝の夢を何とか取り返したいと思っていた。
「憂……」
思い出せないとなったら、大抵は思い出せないに決まっているのだから、もう放っておいたほうがいいのかもしれないけれど、それでも何だかほんとに、今日の夢は気になるし、特に退屈な今の時間には「憂」
「え」
思考の海でダイビングしていた私は、少し力の籠った声に引っ張りあげられ、ようやく現実に戻ってきた。はっと顔を上げると、もふもふサラサラな長い髪の隙間から見える瞳がとてもキュートな少年が、ちょこんと私の席の前に立って私をじっと見つめている。
教室には、他に誰もいない。
「あれ……コルトピくん、HRって……」
「終わった」
「え、おわった?」
「うん、もうとっくに」
「まじで…」
コルトピくんはうなずく。
私は、それを見て思わずはあ、と欠伸のような惚けた声が出た。なんということでしょう。なんだか、狐につままれたような気分。
コルトピくんは、ぼけっとしている私に呆れたような視線を向けて、それから急かすように一言、私に言う。
「帰るよ」
赤く染まった窓の外は、賑やかだ。部活動の生徒の声や、下校中の生徒の笑い声、近くの工事現場の騒音、轟々と響く電車の音。
彼の静かな声は、そんな様々な音達をかき消して、よく耳に響く。じわりと染み込むように私の脳に入ってくるその声が私は好きだ。ちんたらしている私を置いてスタスタ先に行ってしまうところも別に嫌いじゃない。高校で出会った人間の中で彼は群を抜いて、とても付き合いやすい人だった。
「うん」
今日は夕焼けが綺麗だ。
すべての音も景色も、呑み込んでしまうくらいに。
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修正・170819