ふぉーてぃーん!
「i子、お願い、お願いだから静かにしてね」
pm8:30、右手で枕の端をぎゅっと握りしめ、今にも死にそうな声で私にそう訴えてきたのは回し蹴りの鋭いコルトピだ。
可哀想に、昨日の怒りんぼは見る影もなくやつれ、よく見るとカタカタ震えてすらいる。コルトピの向こうで、フランクリンとノブナガが哀れむような目をしているのも見えた。
この階一帯がまるで不幸が起きたかのようになっているのに対し、私は今いつものことながら大変ムカついている。だってどうしてこんなに葬式ムードが漂っているのかといえば、コルトピがなんと今日、臨時で私の部屋の隣の住人となったからなのである。
というのも今朝、彼は自室のドアを木っ端微塵に壊されてしまったので(他人事)、とりあえず直るまで空き部屋となっている私の部屋に越してくるより他なかったのだ。
安心したまえ、そう怯えずとも私は最近静かだと定評があるからね!夜部屋に居ないから!ウオ〜〜むかつくぜ!!
そうして内心ぷりぷり怒りながら、今日もなんとか3人の目を誤魔化して部屋を抜け出し、団長の元へずんずん早足で向かう。
急がなければ。この前うっかりすっぽかしたせいで、遅刻厳禁というルールまで付けられてしまったのだ。これは正直めっちゃうざい。けど遅刻すると、団長はわざと、罰として的確に私の傷つく毒を吐いてくるので、従うより他なかった。
拳は避けられても言葉での攻撃は避けられない上に、私には大した仕返しもできないのでどうしても一方的にボコられるしかないのだ。圧倒的暴力ずるくて非常にむかつく。拳で語ろうよ拳で、シンプルかつストレートにさ!!
そんなことを思案して、もうすぐ団長の元へ着く、そんなときだ。向こうの方から金髪オールバックにジャージ姿の強面のデカブツ、チンピラの鏡みたいなやつが歩いてくるのが見えた。
…てか待って、アレッ?お前、アレッ??
ものすごい違和感を感じ、すれ違う前に思わず指を差せば、奴は顔を顰める。それから「んだよ」と素っ気ない返事がかえってきた。
無駄がなくとっても簡潔。しかし奴は煙草を吸っていやがったので、少ない言葉の代わりに煙が付いてくる。最悪である。
「って、フィンクスなんでまだ起きてるの?」
「あ?悪いかよ」
「いや悪いなんて一言も言ってないけど」
ただ、この前煩いだなんだと遠くから聞こえてきた苦情の中に、ノブナガに紛れてフィンクスがいた気したんだけど。寝てんじゃねーのかよ。
そんな粗雑な本音を、喧嘩っ早いフィンクスのためにわざわざ幾分か柔らかくして尋ねれば、ああ、とフィンクスは頷いた。
「別に寝たいから言ってたわけじゃないぜ」
「え、じゃあなに?」
「俺は静かに夜を過ごしたいんだよ」
ぐり、と携帯灰皿にタバコを押し付け、フィンクスは淡々とそう言った。えっなにそれ。
「なにそれ………尊敬!わかる!静かに過ごしたいよね!私もだよ!」
「あぁ?嘘こけよ」
「いや嘘じゃないし!」
訴える私に、「うるせーのに会っちまった」と呟いてイライラし出したフィンクスに気づかないまま、私はしみじみと昔を思い出した。
そりゃあね、私も若い頃はやんちゃしたい盛りでね、早く寝てしまうなんてこのいい子ちゃんめ!くらいに思っていたよ。社会批判を歌うマイナーバンドを熱唱し、タバコにお酒に盗んだバイクみたいな時期ありましたよ。
でも私も大人になって思う。夜は静かに、穏やかに過ごすべきなのだ。ゆったりとした音楽でも聴きながら…それが大人の嗜み……というかまぁ、それよりも今は寝たい。私は本当に、切実に、寝たい!!本当は今すぐにでも!!
次第にフィンクスの足の爪先がタンタンとリズムを刻み始めたのにすら気づかないまま、私は仲間を見つけた嬉しさに浸っていた。
「夜うるさくて眠れなかったらフィンクスの部屋に行こうかな」
「あ?静かに過ごしてぇっつってんだろ、誰が歩く工事現場なんか部屋に入れるかよ」
「歩く工事現場!?!?」
言い過ぎでは!?と思わずフィンクスに詰め寄って叫ぶと、フィンクスは耳を塞ぎながらぶんと勢いよく足を振り上げてきた。
突然の攻撃だが別に驚かないし、慣れた動きで咄嗟に後ろに下がり避ける。この筋肉お馬鹿は、何かあればすぐに手足を出すから危険だということを私は忘れたりしないぞ。
この組織はたぶん各地のガキ大将どもが掻き集められて出来ているので、全員がジャイアンだから絶対に油断できない。更に言えばこいつはフェイタンと常に一緒にいられるくらいの危険人物だからな。おおこわい。
「で」
「ん?」
「てめえはなんで最近夜ふかししてんだ?」
「え?ああ……最近三匹ののがらがらどんがね…私の橋をばきばきするから眠れないの…」
「なんだそれ」
私の答えに変な顔をするフィンクスに溜息を漏らす。今のは私のネタのチョイスが悪かった。フィンクスが絵本を知るわけないよね…
「なんでもない。じゃあね良い夜を」
「おい待てよトロル」
「知ってた!?!」
「お前どこ行くんだ?」
めちゃくちゃ触れられたくない質問に単純な私はヒュッとなる。え、バレてる!?いや!!バレてないはず!!バレてない!!フィンクス馬鹿だから!!でもとにかく逃げなきゃ!!
「…どこでもいいでしょっ!ばーか!!」
「へー、団長んところか。いいな」
「なんで知ってんの!?!?」
「お前声でけぇんだよ、またノブナガが切れるだろうが」
ノブナガの部屋を指さしてから、フィンクスはちっと舌打ちをした。この前の言い合いを思い出したのだろう。あの時は私もむかついたからわかるよ。私フィンクスの気持ちめちゃくちゃわかる。実は私ってフィンクスなんじゃない?という謎の新しい概念まで湧いてきた。
「また訳わかんねえ特訓しにいくんだろ、知ってるぜ」
「あっフィンクスも訳わかんねーって思うんだ、よかった〜私も思ってたの!ちょっと私達気が合うね〜」
「きめぇ…」
「えっガチで引いた顔しないで!?」
にしても。阿呆で脳筋のフィンクスに私が団長た訳わかんない特訓してることがバレてるって、やばくないか?
「…まさか皆にもバレてる?一応秘密にしろって言われたんだけど」
「バレてたらお前ここにいないぜ」
「そうでした」
バレてたら今ごろ塵一つ残さず消されてますね。お前如きが団長と修行するなんて身の程をわきまえろとマチさんにぐるぐる巻きにされ、デメちゃんに噛みつかれ、シャルナークに虐められ、フェイタンには拷問されてコルトピにコピーされますね。いやコピーはされないか。
「お前が行ってるのは多分バレてねぇと思うが、団長の修行の件はもうだいぶ前から話題だろ。つーか、お前気をつけた方が良いぜ。フェイにでもバレたらそれこそ瞬殺だ、抜け駆け禁止だからな」
「ぬっ抜け駆け…!?いやそんなつもりは欠片も無いんだけど!?」
「フェイにそれ言ってみるか?」
「聞いてもらえませんねわかります」
「だろ。まぁせいぜい気をつけるこった」
フィンクスはそんな言葉を残し、ひらりと手を挙げて私とすれ違った。それを目で追いながら、こんなに長くまともな会話を繰り広げたのは久しぶりな気がしてくる。フィンクスは、何度も言うように馬鹿だけど、比較的まともなんだなと見直した。私は頬を緩ませて、フィンクスの背中に声をかけた。
「心配してくれてありがとうねフィンクス」
「勘違いやめろ、フェイが機嫌悪いのが嫌なだけだ。お前の心配するくれーなら俺は死ぬ」
「そんな簡単に死ぬのかあんたは…」
というか死ぬって…他になんか無かったのか…皮肉に捻りがなさすぎるだろ…たぶん奴の小学生並の語彙力に問題があるんだろうけど、その捻らない感じがむしろ逆に真実味を帯びてるような気がしてきて、フィンクスに心配されることは一生なさそうだと納得できた。私もお前の心配はしてやらない。
ところで、なにか忘れてるような。
「っぁあああああああ遅刻!!!!!」
「うるせぇ!!!」
161111
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