とぅえるぶ!

「i子、どこ行くんだい」



こっそり部屋を出ていこうとした私にそう言って、がしっと肩を掴んだマチさんは、さながら犯人を捕まえる探偵の様だった。
ぎくりと私が固まると、怪しいと思ったのか、マチさんの手の力が強まる。加減を知らない筋肉おねいさん。ぎちりと肩が嫌な音を立てて、私は痛いよ!と大声で抗議した。
すると珍しいことに、一応聞き入れてくれたのか肩から手が離れた。ほっとしたのもつかの間、今度は腕をつかまれマチの方を向かされる。
めちゃくちゃ怪しんでいる三人の目が突き刺さって思わずヒッと声が出た。
女性陣の地獄の尋問が、今始まろうとしていた────



「ファイッ」カーン!

「は?…まぁいい。あんた、なにか隠してる?」

「かっカクシテナイヨ」

「あ、隠してるみたい」

「っうるせーシズク!隠してないったら隠してないの!!」

「隠してるわね」

「隠してない!!!」



私が声を荒らげてそう言ったら、マチさんに思い切り胸ぐらを掴まれ「隠してるね」と低い声で言われた。私は速攻で頷いた。尋問はわずか1分足らずでほぼ終わってしまった。
いや、だってこれは勝てない。勝てない試合には挑まない方がいいというのは、どこぞの黒ずくめのチビに、小さい頃から何年もかけてたっぷりと教わったことである。

今更だけどさ、みんな自分の意見が通らないと最後には必ず暴力に訴えるよね。暴力滞りまくり。もはや学級崩壊。ここまで理不尽を通されると、まずルールがいけないような気がしてくる。
そもそもマジギレ禁止って曖昧すぎじゃない?胸ぐら掴まれたりして「マジギレ禁止!」って私が訴えたら、みんな「は?マジギレしてませーん」みたいな態度なんだけど。すぐ誤魔化す。そうして息するみたいに私に圧力かけるんだけど。
団長もほどほどにな。とかいって済ませるし。は?先生何見て見ぬふりしてんじゃコラ。これは確実に、どう考えても、いじめだと訴えて間違いはないと思う。
ああ、弱いものいじめ、かっこわるい。主にフェイタン、かっこわるい。

心の中でいくら訴えても、現実で訴えても、みんなには届かん言葉である。そうして今日も圧力をかけて捻り出した私の答えに満足したらしいマチは私の服から手を離し、私を座らせた。強者とは毎日が楽しそうだ。羨ましいですね!



「それで?何隠してるの」

「あの…その…ううんと…」

「はやく言いな、どうせ言うことになるんだ」



パクを顎で指してマチが言う。パクは袖をまくってアップを始めていた。みんなおとなしく待つことが大嫌いなせっかち共なので、もうこれは時間の問題である。────でもまずいなぁ…隠してることがここでバレたら一体どうなるのか検討もつかないや……でも…細切れになるだけじゃ済まないことは分かるぞ……

まだ死ぬわけには、死ぬわけにはいかない……!



「とっ…」

「と?」

「ところでっところで、ところで……この前、団長がお笑い見て練習してたの知ってる!?」

「…は?」



私のあまりにお粗末で無理矢理な話題転換に、マチが眉をひそめる。今ばかりはみんなが大好きな団長トークに逃げるしかないと思ったが、さ、流石に無理があったか……!
また胸ぐらをつかまれるかな、と思いながら、私が笑顔を固めていると、3人が、ゆっくりと口を開いた。



「……知ってるわ。最近の団長のブームよね」

「私も。直接見たわけじゃないけど部屋から聞こえてくるもん」

「ユーモアまで鍛えるなんて、団長はどこまで完璧になるつもりなんだろうね…」



つぶやきのような3人の話が、どんどん積み重なっていく。その度、きらきらと三人の目が輝き出すのを、私はマトモなこの目でしっかりと確認した。



「団長の本気のつっこみ、しびれるよね。ボケを殺せるつっこみだよ、あれは」

「あっそれ新しい。売れそうだよね」



ほんと何言ってんだこいつら売れねーよと思いながらも、私は「だよね〜!!」と笑っておいた。
売れるわけがない。勘弁して欲しい。私につっこみをやらせるな。適当にボケて暮らしたいと何度も言ってるじゃん。



「(けど、何とか乗り切った…)」



私名演技すぎでしょ。もう役者で食っていけると思う。売れるのは間違いなく私の方だ、声も大きいって評判だしね!
そうして満足した私は、マチ達にバレないように出ていく理由も目的も忘れ、もはや慣れた団長褒めまくりトークをBGMに、安眠に入ったのだった。おやスヤ。



────
────────



「なんで昨日来なかったんだ?i子」



めちゃくちゃ不満げな団長の前に正座して、仕方なく私はスミマセンと謝った。寝てる場合じゃなかった。私の、わけのわからない戦いはここからなのだ────



「練習するって言っただろ」

「…お言葉ですが」

「なんだ」

「お笑いやフラフープの練習が、一体なんの役に立つというんです!?」



私が詰めよれば、団長はきょとんとする。何だその素の反応可愛いな、と一瞬思ったけれど、すぐに自分の頭をぶん殴っておいた。おい、いつから私は団長ファンクラブの会員になったよ。毎晩BGMを聞かされたことによって3人に洗脳されているのかもしれない。こわい。
頭を抱える私を変な目で見ることすらなく、団長は顎に手をやって考えるポーズをした。スルースキルまでピカイチだ。練習したのかなァ。



「…そうだな、何の役にたつか…ふっ」

「あの、ひとりで納得して笑うのやめてほしいです、前から思ってたんですけど」

「いや、i子も所詮、目に見えるものだけを見て生きているんだな」



片眉を上げて、哀れむような声で言う団長にかちんときた。なにそれ!!



「いや、わかってますけど?ほらさっさとやろう団長、日が登る」

「言われなくても」



団長のちょろいな、という言葉がこの時聞こえていたなら、私はこんなこと手伝うはずなかったのに、負けず嫌いで熱くなっていた私にはつぶやくような言葉は聞こえなかった。
i子、負けない!

160816

 
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