あたらしいせんせい ぼくが手を振り上げると、小さく縮みこまる奴隷たち。怯えた目、地の底から湧き上がるような悲鳴、泣き出す女子供。 この場を支配するのはこのぼくで、誰もぼくに逆らう事はできない。そう、先生が言っていたとおり、 ぼくこそ王に相応しいんだ!
先生がここから居なくなってしまってから数週間。ぼくは寂しかったが、今日も頑張っている。先生の言葉を信じていたから今まで以上に頑張って、奴隷をしっかり躾ようと思ったのだ。そうして手をあげていたら、みんな面白いくらいに怖がって、泣いて、ぼくに絶対に逆らわなくなった。 ああ、マギ、はやく来ないかな。ぼくは既に才能を開花し始めている。だからはやく、はやくぼくを王様にしてくれ!
「あは、あはははは!みんなぼくに従え!」
楽しみで、楽しみで、胸が踊るような思いでぼくは今日も努力する。しかし、ぼくがこんなに頑張って躾をしているのに視界の端で逃げだそうとしている小さな女がいた。ああ、またか。
「モルジアナ!」
ぼくが声をかけると、ビクりと肩をはねさせ立ち止まるモルジアナ。そんな彼女にゆっくり近づくと、彼女は震えながら再び駆け出した。 馬鹿だなぁ、逃げられるわけないのに。
「逃げきれるわけないだろモルジアナ!一度だって、おまえがぼくから逃げきれたことはないじゃないか!」
「っいや、」
「待てよ、二度とぼくに逆らえないようにしてやるから」
「やだっ…!」
鞭をふるい音をたてると、モルジアナは恐怖で足をもつらせ転んだ。ぼくが近づくと、後ずさる。その悲惨な表情と言ったら。面白くてしょうがない。
「ほら」
「いや、」
「おまえはぼくから逃げられない」
なのに、ほんとに馬鹿だなぁ。どうしていつも逃げるんだ。大人しくしていたらトウモロコシをやるのに。どうしてうまく出来ない?こんな、簡単なこと。だめだなぁ、できるようにしてやるよ。 ぼくはまた、手を振り上げた。
「たすけて、」
モルジアナのか細い声が聞こえ、 可笑しくて可笑しくて笑ってしまった。
「あはははははは!」
笑い声と共に、とうとうぼくは鞭を振りおろした。 その時だ。ぼくの手から、持っていた鞭がスルリと抜けた。
「はは…は?」
あれ?なんだ?ぼくに、逆らうやつがいる。 ぼくはびっくりして振り返った。ぼくよりずっと高い背に、自然とぼくの視線も上がる。 その先にいたのは、一人の見知らぬ男だった。背は大きいが、大人にしては若過ぎる顔をしたその男は、鞭を片手に持って人当たりのいい笑みを浮かべている。
「はじめまして、ジャミル様」
そう言って礼をしてから、再びぼくを見下ろすそいつが持っていたのは紛れもなくぼくの鞭だ。 何でこいつ、ぼくから鞭をとった?初めてのケースに困惑する。そして、二度とこんな事が起こってはいけないと感じた。こいつを跪かせなければ。だって、ぼくは王様になるんだぞ?
「何のつもりだ。それはぼくのだぞ?」
返せ、と手を伸ばすがひょいっとかわされ、鞭を高いところにやられた。ぼくにとっては随分高い位置にあるそいつの顔を睨みつけるが、無表情で首を横にふられるだけで、返そうとしない。なんてやつだと思った。
「おまえ、ぼくが誰だか知らないのか?」
「知っています。ジャミル様、と今言ったではありませんか」
「…じゃあなんで、逆らうな、奴隷の分際で」
「僕は奴隷ではありません」
「じゃあ何だっていうんだ!」
怒鳴りつけても未だにすましている男にカッとなって、掴みかかろうとした。その時。
「か…彼はこれから、おまえの先生になる男だ。しっかり言うことを聞かなければ駄目だぞ、ジャミル」
そう言って、困った顔で現れたのはぼくの父親だった。
「…へ、どういう事ですか!?ちゃんと説明し… っ」
何がなんだかわからず混乱するぼくの横を、事の発端となった男はスッと通り過ぎた。そして未だに震えていたモルジアナを優しく抱き上げると、振り返ってまた、ぼくににこりと笑いかけた。
「では改めて、はじめまして。本日よりあなた様の先生となります、シュウです」
「せん…せい……?」
「ええ。未熟ですが、頑張らせていただきます。以後お見知りおきを」
父さんは困った顔をし、モルジアナは驚いたようにシュウという男を見上げていた。 自分は果たして、どんな顔をしてこの男を見ていただろうか。鏡を見てないからわからないけれど。 ただ、この空間でシュウ一人が、ずっとにこにこ笑っていたことは間違いない。
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