隣合う
「ダメです…!!」

「シュウは今留守なんだ、少しくらいいいだろう…!!」


もう半刻ほどになるだろうか。先程東の国からシュウ宛に届いた手紙を巡って、モルジアナとジャミルは睨み合っていた。
手紙を受け取り、数秒もしないうちに勝手に開こうとした不届き者のジャミルの手を思わず「だめっ!!」と声を上げて掴んだモルジアナは、はじめは自分のした事に一瞬心臓を冷やした。
しかし、これは、シュウ宛の手紙だ。シュウが留守の間に開けてしまっては、シュウはいい気はしないだろう。そう思うと簡単に引き下がるなんてことも出来ず、ぐぐぐ、と力を込めてジャミルを阻止し続けていた。
ジャミルもジャミルで、何がなんでも見てやろうと意地になっており、お互い譲る気はなく、こうして膠着状態が続いている。


「シュウさんが留守だからこそ、ダメなんです……!!これはきっと、シュウさんのたいせつなものだからっ……」


力でジャミルに負けることは無いモルジアナだが、主人を傷つける訳には行かないと思うと、力加減が難しく冷や汗が止まらなかった。諦めてくれないかしら、とモルジアナは気が遠くなりながら思う。ジャミルも同じことを思っていた。
いつも黙って言うことを聞くモルジアナが、こんなにも反抗したのは初めてで、頭がぐるぐる混乱する。これも良い変化なのか?そう思おうとしたが、生憎今はそれどころじゃない。そんなことより手紙をどうしても見たかったジャミルは、とうとう唸るように言った。


「生意気が過ぎるぞ、モルジアナ……!!」

「……っ!!」

「いいか?ぼくは………………僕は、お前が、人以下でないとしても、人だとしても、ここの主人でこの土地の領主だ」


つい先程怖がらせてしまったばかりだから怖がらせないようにと、できる限り言葉を選んで勢いを殺して絞り出すように言ったが、存外低い声になってしまった。モルジアナは目を見開いて、ごくり、と唾を呑み込み怯む。
しかし、やっぱり手を緩めたりはしなかった。────いつまでも、怖がっていてはだめ。こうして怯えていては、シュウさんにも、変わられた領主様にだって、失礼だわ。今の領主様はあの時の恐ろしいだけの領主様とは違う。私も、あの時の小さくて弱いだけの私とは違う。
そう思った時には、モルジアナはもう顔を上げて、前を向いていた。そうすると、必然的に睨みつけるように自分を見下ろしているジャミルと目が合う。意識しないうちに、ぎゅ、と手に力が籠った。


「……それでも、それでも……!!それはっ…シュウさんのです!!!」


ぐい!!
力いっぱい引っ張ったモルジアナに、ジャミルは再び面食らう。
────本当に此奴は、シュウのことになると鬱陶しくてかなわない。シュウにちょっと気に入られてるからって、恐れている僕に逆らってまで、シュウの為に動くのか。なんなんだ、煩わしい。僕の方がずっと、ずっと────


「くそっ……おまえ、なんでそうまでして……」

「……私だって、シュウさんが大事なの。シュウさんが好きだわ。シュウさんのこと、少しだって哀しませたくない……」


泣きだしそうな声だった。否、ほとんど涙声だった。モルジアナの、久しぶりに聞く感情の篭もった声に、う、と思わず胸が詰まる。
シュウがすき?そんなの、そんなのは、ぼくだって。

────おなじ?



「……わかった、わかった。わかってる…!!けど、モルジアナ、知りたいとは思わないのか!?」


声を荒らげてそう言ったジャミルに、モルジアナははっと息を呑んだ。恐ろしかったからではない────彼があまりにも、切羽詰まった様子だったからだ。手紙を見たいジャミルと、それを止めるモルジアナ。行動は正反対だ。けれど、目の前の人は────私と、同じ気持ち。


「僕は……知りたい。シュウの事を知りたい。シュウは、このままだと何も言わないまま、去っていくかもしれない。いや……去っていくんだ。僕にはわかる」

「領主様……」

「だから、待てない。シュウから話してくれるまで待つことは、僕にはできない。お前が見るなっていうなら、僕は……」

「…………」

「…………僕は、お前が寝てるあいだに、見るからな」


睨みながら言う割に物騒でなかった宣言に、モルジアナはふっと肩の力を抜く。嗚呼、そんなふうに言われてしまったら、許すしかない。


「……わかりました。」


モルジアナは、ジャミルから手を離して、その手を後ろで組んで目を閉じた。ジャミルは引っ張られていた袖を直し、手紙に手をかける。
しかし、開ける前にもう一度モルジアナを見て、ぽつりと声をかけた。


「お前も見るか?」

「え……?…………私は……」


突然の提案に迷っている様子の彼女を、ジャミルは目を細めて見守る。しかし、いつまでたっても返事はかえってきそうにないので、しびれを切らしてこう言った。


「お前も見ろ。僕たちは、きっと、今だけは……同じ気持ちのはずだ」


モルジアナは、目を見開く。そんなモルジアナの隣に寄って、手紙を開く。戸惑った様子だったが、モルジアナはおずおずとその手の中をのぞき込んだ。
肩を並べて、同じものをのぞき込む。それだけで、不思議だ。モルジアナのことを、ずっと近くに感じた。ジャミルは思った。────シュウに、早く言いたい。ぼくは、なんだか、なんとなくだが、ほんの少しだが……シュウが何度も何度も繰り返し僕に言ってきたことを、理解できそうな気がする。掴めたような気がする。
シュウはきっと喜んでくれるだろう。

手紙は、柔らかな字体でかかれた2文字の読めない字から始まって、それからよく見慣れた文字へと切り替わった。シュウを気遣うような言葉からはじまったその手紙は、紛うことなき恋文であった。

181211

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