後悔しない為に
シュウの言葉は、それはそれは簡単なものだった。難しく考えることなんてない、少しの曲がり角もない真っ直ぐで簡潔な言葉だ。しかし、それでも僕には到底理解できないものだった。


「できないって、なんで……」

「それは……ずっとここに居させていただくわけにはいかないでしょう。第一、王になったらここにいられなくなるのはジャミル様の方では?」

「揚げ足を取るんじゃない。僕が言っているのはそういうことじゃなくて、僕の側に……」


なんと言えばいいのかも解らず、必死に絞り出す僕を、シュウはいつもと同じ見守るような穏やかな目で見つめている。それがまた恐ろしかった。そうやって、僕にそれが正しいことだといつものように教えようとしているのだろうか。自分がいつかここを去り、僕の前からいなくなることを、当然のように僕に納得させるつもりか。シュウは僕に1度だって間違ったことを教えたことは無い。だけど、これだけは、だって……絶対に、可笑しいじゃないか。

しかし、おかしいと確信していた筈の僕に、シュウはやっぱり正しいように思えてしまうことを続けたのだ。


「あなたが王になって、あなたのそばに居るのは僕ではなくマギですよ」

「────────」


最もな言葉だった。確かにそうだ。畏まって考えることはあまりなかったが、シュウは僕の先生────教育係で。教育係というのは、普通、大人の横には居ないものだった。シュウは、絶句してしまった僕からゆっくりと目をそらし、宙を見つめる。


「ここでは大変お世話になりました」

「…………そ、りゃ……そう、だろうな……」


思い出に浸るように話し始めるシュウに、僕はもうなんと言えばいいのかわからない。相槌を打つのもやっとで、シュウを引き留める言葉は、何一つ浮かんでこなかった。


「初めて僕がここに来た時は、まだジャミル様はこんなに小さくて……それでも、賢いお方でしたね。僕の話をよく聞いてくれて、僕が1教えれば10学んでくれるような方でした」


ふふ、と穏やかに笑ったシュウは、その視線をもう一度僕に向けた。こういった視線は、シュウにはもう何度も向けられてきたというのに。こういう時になって、こんな時に限って、僕はようやくハッと気がついた。
────似ている。これはまるで、そう。親みたいだ。大切に大切にしてきた子供の成長を喜ぶ、街で見かけた見知らぬ母親と同じ目だ。


「本当に、成長されましたね」

「……シュウ、」

「ぼくも、そろそろ本当にお役御免かなぁとは思っていたんですよ。今回は休暇ですけど……僕はあくまで教育係ですからね。ジャミル様が一人前になられたら、故郷にでも引っ込みますよ」


これだけ熱く、柔らかな視線をぶつけながら、少しも惜しむことなく別離の道を示すシュウ。はくはくと空気だけを通していた喉は、そんなシュウに気がついた瞬間に、ようやく軋むような音を出した。


「……だ」

「?」

「…………い、いやだ……」


そうしてようやく、ぎこちなくもはっきりと否定する言葉が出た。僕の言うことが間違っていたっていい。シュウの言うことが正しいからって知ったことか。そう思ってからはまるで、堰き止めていたものが溢れるように、次々とシュウを否定する言葉が口から零れ落ちた。


「いやだ、いやだ……故郷に引っ込むなんて許さないし、休暇だって、認めない………シュウがここにいないなんて、絶対許さない」

「……すみません、ジャミル様、でも、」

「っ嫌だって、ダメだって言ってるだろ!!」

「でも、それでも行かなきゃ。僕は、後悔したくないんです」


僕が声を荒らげたにもかかわらず、シュウは少しも怯むことなくそう言って、僕の手をとる。睨みつけるようにシュウを見たけれど、誰よりも優しくて真っ直ぐな目に見つめ返され、言葉と一緒に涙まで零れてしまいそうだった。

180529

[ 23/27 ]

TOP


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -