杞憂を願う 最近、シュウの様子がどうもおかしい。 少し離れたところにいるシュウを睨めつけるように見ながら、僕はひとりそう確信して頷いた。具体的にどこがどうおかしいのかといわれると、それはうまく説明出来ない。しかし、長い間共に過ごしてきた僕にはわかる。絶対に、シュウの様子はおかしいのである。 よく笑うのはいつものことだが、その笑い方一つにしたって違和感があった。なんだろう、やけに落ち着いているというか。いや、普段だって落ち着いていないわけでもないが、とにかく僕には、違いがはっきりとわかるのだった。
「あの、領主様……ちょっと、よろしいでしょうか」
「ん?なんだ、モルジアナ。僕はいま忙しいからね。早急に簡潔に頼むよ」
「はっはい。あの………シュウさん、何かあったんでしょうか」
「なっ」
僕が驚いて、シュウから目を離しモルジアナの方を見ると、モルジアナはいつもの無表情でシュウを見つめていた。そうして淡々と、言葉を続ける。
「他の方は気づいていないので、気のせいかとも思ったけれど……やっぱり、どこか変というか」
「なっ……なっ……」
あまりのことに言葉が出ず、口をぱくぱくさせる。 全く、モルジアナは能面みたいに表情をピクリとも動かさないで、何を考えているのか全然わからない。なんだというんだ。まさか、シュウを心配しているのか?こいつはシュウに贔屓されているので、十分に有り得る。 それにしても、僕にしかわからないと思ったのに、何故わかるんだこいつは。
「本当に時々むかつくね、おまえは……」
「えっ?す、すみません、わたしなにか、」
「なんでもないよ。シュウのことは僕がどうにかする。お前は仕事に戻るんだ」
「……はい」
モルジアナは、僕の顔色と、シュウとを気にしつつも去っていく。早く行け、と思いながら、シュウの方に視線を戻した。すると、今度はシュウと目が合ってしまった。
「っ!!」
「?ジャミル様、どうかなさいました?」
不思議そうに首を傾げながら近づいてくるシュウに、僕はう、と言葉に詰まる。どうにかするといま言ったばかりだが、何度も言うように別にこれといって変なところがあるわけじゃないし、おかしいからといって誰にも迷惑もかけていない。ただ何か違和感を、こちらが勝手に感じているだけで……
「……いや」
「え?」
「迷惑はかけてる。違和感を感じさせるお前が悪いぞ、シュウ!僕はちっとも悪くないね!」
「えっえ???」
「さぁ言うんだ、一体何があったんだ?言え」
そう言ってシュウに詰め寄ると、シュウは突然の問にわけが分からないのか、珍しく目を白黒させておろおろとしている。どうやら、本当に困っているらしい。 それを見て、僕は思わずパチリと瞬きした。それから、なんとなく、ほお、と謎の感心をおぼえる。おや、何だか、シュウが小さく弱々しく見える。昔は僕よりも遥かに大きいと思っていた身長も、僕の素晴らしい成長期により現在は同じくらいで、体勢によっては見下ろしたかのように錯覚できるくらいだった。 シュウを眺めながら、自分の成長を誇らしく思い口角を上げると、奴は不可解そうな顔をして言った。
「な、何かあったって、例えばなんでしょうか?」
「え?いや……何かっていうのは、そりゃ、何かだよ。わかるだろ」
「え、ええ……?」
僕がそうやってわからないのを押し切ろうとすると、シュウは一歩下がって、こほんと一つ咳払いをする。それから、いつものようにおかしそうに笑った。
その顔に、違和感は……あっただろうか?なんだか、全部が気のせいに思えるくらいに、いつもの自然な笑顔だった。あまりにも普通なので、僕は錯覚してしまう。……全部、僕とモルジアナの、気のせいか?
「何も無いですよ、本当です。さっきは、今日のお昼は何だろうなって考えてました」
「……はぁ?今日のお昼、だって!?」
「たのしみですねぇ、昨日は鶏肉だったから、今日は……」
「…………ぼ、」
「ぼ?ぼ……あっボタニカル?」
「僕の心配を返せ、間抜けがっっ!!!」
シュウが知らないふりをするなら、僕も知らないままで良いのかもしれない。シュウは僕の教育係だ。僕に教えなければならないことは、絶対にきちんと教えてくれる。 そうして、僕は今確かに誰よりもシュウを信用しているのだと、気付かされた。
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