言葉と気持ち 「そういえば用事があったんじゃないの?」
散らばっている本や紙をシュウさんと片付けていると、シュウさんが思い出したように尋ねてきた。 そうだ、つい思い出に浸ってしまって用件も言わずにお邪魔してしまった。私は慌てて謝って、用件を言おうと口を動かした。
「用事があったというより…用事がなかったんです」
「?」
「任されていた仕事が終わってしまって」
だから、何かお手伝いできることはないかとシュウさんのお部屋の戸を叩いたのだ。 シュウさんは、私の言葉に少し驚いたように目をぱちぱちさせた。
「はやいですね…それは良かった!じゃあ今日はゆっくり休んで」
「えっ」
シュウさんは私の手にしている紙をさっと奪うと、にっこり笑って私の肩を叩いて、優しい声で「おつかれさま」と言った。そうじゃなくて。ありがたい事ではあると思うのだけれど、そうじゃないのだ。
「いえっその!わたし、」
「ん?」
「…休むって、何をすればいいんでしょうか」
だって、前までは外に出るときは働くときで、それ以外は奴隷用の牢屋の中で過ごしてきた。シュウさんが来てからは徐々にそれがなくなって、自由に動けるようになったけれど、それでもやはり仕事はいくらでもあったし、他の方の仕事を手伝ったりしていた。 けれどそれもとうとう遠慮されてしまって。そう、今日は本当に早い時間からお暇をいただいてしまった。
「それでも、こんな時間から自由にできるなんて滅多にないよ。最近新しい炭鉱が発掘されたって聞いているし…休暇は大事にしたほうがいいと思うけど」
「…そうですね。でもわたし、やりたいこととかなくて。何もしないのも落ち着かないです」
「そっかぁ…うーん…気持ちはわかるなぁ」
シュウさんは苦笑いしながら、うーん、となにか思案するように顎に手を当てた。
「そうだなぁ、じゃあ申し訳ないんだけど…僕のお手伝いしてもらっていいですか?」
「!はい、有り難うございます」
「いやいやこっちの台詞だよ。ありがとうモルジアナ」
ぱたぱた、と慌てたように手を振った時、シュウさんの手から紙が数枚落ちて私の足元に落ちる。 私が拾って手渡すと、シュウさんは恥ずかしそうに目線を反らしてお礼を言った。 やっぱりとりあえず、ここを片付きゃ。
***
「モルジアナ、そこの小麦…あ、それです。とってください」
「は、はぁ…」
片付けが済んだあと、シュウさんに連れられて着いた先は厨房だった。なんだか奴隷の私が入っては行けない場所のような気がして、戸惑っていたら、シュウさんはにっこり笑って私の手を引いた。
「…あの、何を作るんですか?」
「んー…ジャミル様への差し入れのお菓子です」
「お菓子…」
かき混ぜられる白い粉をじっと見ていたら、シュウさんは付け足すように「ここからずっと東にある国のお菓子だそうですよ」と言った。そして私にも同じように粉を渡してきたので、見よう見まねでシュウさんと同じように白い粉を混ぜる。
「東……シュウさんは、東の出身だったんですか」
「うーん……どうでしょう」
シュウさんは言葉を濁した。 シュウさんは自分のことをあまり話さない。だから私達はシュウさんのことを全然知らないし、それ以上追求することもできなかった。 何にも知らないまま、ただただ今日も私達は救われていた。
「………ずるいです、シュウさん」
「ムスっとしちゃ駄目だよモルジアナ。笑って。せっかく笑顔が似合うんだから」
「似合わないです」
「似合う。とっても。絶対に、誰よりもね」
「……にあってるのは」
シュウさんの方です。 世界一、誰よりも、シュウは笑顔が上手だ。なにせ、魔法使いだもの。
そう言うとシュウさんは驚いた顔をした。 それから、嬉しそうに笑った。ほら、綺麗。私は羨ましい。私は、シュウさんみたいになりたい。……こんなの、烏滸がましい願いだわ。わかってはいるの。…それでもやっぱり、シュウさんがまぶしい。 そうしてぼんやりと、シュウさんの顔を眺めていたら、
「えいっ」
「!?」
シュウさんに頬をむにっと両手で摘まれた。
「………ひゃにひゅるんへふか」
「ふふふ、モルジアナ可愛い」
「………」
にこにこにこにこ。 あんまりにも楽しそうにシュウさんが笑うので、負けじと私もシュウさんの頬に手を伸ばす。
むぎゅっ
「わっ、モル…いひゃいいひゃいいひゃい」
「おかえしです」
「ごめんごめん!ごめんっえ!」
ぎぶ、ぎぶあっぷです! 私の頬から手を離し私の手を引き剥がそうと優しく引っ張りながらシュウさんがそう言うので 素直に手を離すと、私の手に粉がついていたからか シュウさんの顔は真っ白だった。
「ぷっ…」
「!」
「あははっ…シュウさん、粉だらけ」
「ええっほんと?あ、でもモルジアナこそ、ふふっ粉だらけだ」
シュウさんはくすくす笑う。 私が笑いをこらえきれぬまま頬を拭おうとすると、シュウさんは布巾で私の顔をそっと拭ってからこう言った。
「…やっぱり、似合うよ」
「え?」
「笑顔、似合ってる。僕が保証する」
「……はい」
私は、今度は否定せずに「ありがとうございます」とだけ言った。 やっぱり、ほんとうはすごくうれしかったんだ。
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