弱い頭と足りない手足
自室で紙と向かい合う作業は、やはりいつになっても好きになれない。
この計画も、あの予定も、気がつけば “どうしたら全て自分ひとりで出来るか” と考えてしまって、ただ予定を立てるだけの作業なのにもかかわらず思ったより時間がかかってしまうことが多いのだ。
仕方ないじゃないか。だって、それが解れば一番簡単で、コストも負担もかからなくて、とっても名案に思えてしまうんだから!
そうして一人唸っている自分は、他人が思っているよりずっと頭が悪いんだろう。
一日はたったの24時間しかなく、僕の手足はわずか2つずつしかないからそんなの出来るわけないって、わかりきってるのに。

皆で沢山働かなければどうしても足りない手に、考えも行き詰まってしまったので、そろそろ別のことに切り替えようと思い立ち上がったとき、扉の方からトントン、と控えめな音がした。


「どうぞ………あ!」


返事をしてからはっと、書物の積まれている散らかった机の上に気づく。しまった。気を抜いていた。慌てて片付け始めたが時すでに遅し。背後でキィ、という音がして、扉が開いた。


「ごめんなさい!迎える準備もできていなくて…!」


言いながら振り返る。
そこに立っていた人物に少し驚いた。


「モルジアナ」


珍しいね、どうしたの。
首を傾げそう問うと、珍しい客人はそれには答えず、僕の机とその周りに置いてある書物をチラリと見て「相変わらずですね」と言った。これはまいった。


「自分の部屋だと思うとつい散らかしてしまって…」

「シュウさん、私が小さい時からそうでした。私此処で、御伽噺を読んでもらって」

「あぁ…おとぎ話かぁ、そんなことあったね」

「はい。…いつもほかの部屋は小さなゴミの一つも落ちてないのに。その時もここだけは物がいっぱいでした」


懐かしそうにするモルジアナの言葉に少し反省する。これでも前よりは片付いてる方なのだけど、やっぱり見回すと散らかっている物が多かった。


「この部屋以外は何が落ちてても気になるんですけどね…」


がっくりしながら、床に落ちている紙を何枚か拾って笑うと、モルジアナは慌てたように手を左右に振った。


「そっそんなに気になるほど汚れているわけじゃないです。いつもシュウさん、完璧だから…ちょっと意外で、それに」

「…それに?」

「どちらかというと、散らかってる方がなんだか安心します。…息を抜く場所も必要だと思って」


小さな声で「すみません、余計な事をいいました。」とつぶやいて俯いたモルジアナに、ついきょとんとしてしまう。
それから遅れて、心の底からの、うれしさ。余計なことなんかじゃない。僕を気遣ってくれて、息を抜く場所の心配をしてくれるなんて、君は本当に。


「モルジアナはやさしいね」


ほんとうに、いい子だ。優しくてつよくて、誰もが好きになれるような、素敵な女の子。
そんな君の息を抜ける場所は、やっぱりまだないのだろうか。作ってあげたいけれど、僕にはきっとできない。僕ではダメだ。ここではきっと一生ダメなんだ。この屋敷に彼女の息を抜く場所は作れない。

何度でも思う。あとすこし、なのになぁ。
僕の大切な人全ての運命がうまく回るまで、あとすこしなのだ。僕のリミットは近づいている。


「────っ」

「シュウさん?」

「……何でもない、何でもないよ。モルジアナ 」


僕は必死に考えを振り払って、モルジアナに笑いかけた。モルジアナは敏感な子だ。心配はかけられない。しかし────嗚呼、はやく、急がなければ。

(少し、焦る)
140608

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