それは、知らなくて良いこと ピィ……… 黒い鳥が鳴いて、正面からシュウの横をすり抜けるように飛んでいった。 シュウにはそれが見えるわけではないけれど、何かに導かれるように後ろを振り返る。 そこにはぽつんと、一人の男が立っていた。
「……こんばんは。こんな夜更けにわざわざ遠方から……一体なんの御用でしょうか」
腰にさしていた剣にさりげなく手を置きながらにっこりとシュウが笑うと、相手もフン、と鼻で笑う。
「イスナーン様が育てた黒の器が日々台無しにされていくのを、黙って見過ごすわけにはいかないだろう」
「……以前いらっしゃった方も同じような事を言っていました」
「そうだろうな。前も、その前も、我々は君にあの領主の元を去るように忠告してきたはずだ」
「計画の邪魔をするな、でしたっけ」
「ああ、君が私達の崇高な計画についてどれだけ知っているかは知らないが、そんなことはどうだっていい。邪魔をするなら全て同じことだ」
「……あなた方は、僕がその計画とやらをすでに知っているかのように話す」
僕は何も知らないのに。 シュウがそういうと、布で顔を覆い隠した男は疑うように目を細めた。 アル・サーメン。ある人はそう呼ぶ黒の組織のことをシュウは知らない。 目の前の男がそれであることすらも。本当になにひとつ知らなかった。
「僕にわかることなんて、あなた方の育てた黒の器とやらがジャミル様である事と、それが良いものではないということくらいですよ」
シュウは剣を静かに抜いた。 真っ直ぐ向けられる剣先と、先程とは打って変わった鋭い眼差し。男は気がつけば小さく後ずさりしていた。
「でも、それだけで十分だ」
「……」
「ジャミル様は黒の器に相応しくありませんよ」
「何故そう言い切れる?我々の事をろくに知りもしないというのに」
「知らなくたって言い切れます。貴方達は悪いひとで、ジャミル様はいいひとですから。 ………だから、お引き取りください」
次の瞬間、男は既にその場にはいなかった。 黒いルフが辺りを包み、空を黒く染め上げて、静かに消えてゆく。シュウは剣を元ある場所にもどし、顔をしかめた。
────邪魔はどちらだというのだ。 ジャミル様の人生を捻じ曲げて、それが一体どんな価値を産みだすというんだろう。 彼女なら、それすら知っているのかもしれないけれど。そんなことは知らないままでもいいだろう。 だって、もう少し。もうすこしなんだから。 ────もう少し?それは一体、何が?
いけない、とシュウは首を横に振る。悪いことを考えるのは良くない。こういう隙を、奴らは狙っているに違いないのだ。 シュウは小さく息を吐いて、夜に背を向けた。月が綺麗な日のことだった。
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