見下していた世界
チーシャンの街が栄えるにつれて、高さを増してゆく巻物の山。
いい加減うんざりしてくるが、仕方のないことだ。国を持ったらきっともっと忙しい。王というのは部下は多いが、決して楽ができるものではないのだ。その代わりに、地位も、住処も、メシも女も、全てが最高のものになり、僕を見下す者もいなくなる。僕が一番偉くてすごいと、誰もが認めることになる。本当に、最高じゃないか。


「……ジャミル様」

「…………」

「ジャミル様、ジャミル様」

「っ、…ん?なんだシュウ、邪魔するんじゃ…」

「いえ、字がぶれています。集中していませんね」


そう言ってシュウは、今日一番最初に書いた税の報告書と、今書いていたものを僕に見せてくる。確かに字が違った。何だか腹が立って思わずチッと舌打ちを漏らすと、シュウは苦笑い。


「当然ですよ、今日のノルマはもうとっくに終わっていますから。ジャミル様は集中力がおありですね」

「ああうん…当然だろう……ん!?」

「はい?」

「いや、はいじゃないだろう。終わって……?チッそういうのは早く言ったらどうだ!」

「がんばることは良い事だとおもいます。何よりやれる時にやっておくとあとが楽です」

「お前このあと剣術の鍛練するって言っていただろう、つかれるじゃないか!」

「ああ…じゃあ、明日の分の書類も大方片付いてますし、剣術は明日にしましょうか!」


シュウは名案だというふうにぽんと手を叩いたあと、またなにか思いついたのか目を見開いてあっと言った。
「今度はなんだ」と僕が問うと、奴はまたにこりと笑う。笑ってない時なんてほとんどないから、いつもこういう表現になってしまうのもしかたがない。
溜め息が漏れるがシュウは当然気にした様子もなく、手をすっとさしだしてきたかと思うと
とんでもない事を言ってきた。


「そうだ、今日は天気もいいですし、僕とデートしてくださいませんか」

「デッ…………ああ、うん」


忘れてはいけない。
シュウという男は幸せな馬鹿男であるだけでなく、落ち着いているように見せかけてこうして突拍子の無いことを言ってくるような非常識人間なのだ。



***



結局、頷いてしまったからシュウの突然の予定変更につきあわされる事になってしまった。
面倒だと態度で示す僕を気にも止めず、シュウは僕の手を引いて邸を出る。デートとか巫山戯たことを言っていたが、何処にいくつもりなんだろう。そう思っていたら、連れていかれたのはチーシャンの街だった。


「街に一体なんの用があるんだ…」

「…ふふ」

「なんだよ」

「いえ、面倒そうにしながらもついてきてくださるから嬉しくて」

「来なくても良かったのか!?そんなに軽い計画ならとんだ無駄足じゃないか!」

「帰ろうとしないでください」


引き返そうとしたががっちり腕を捕まれてしまって身体が動かない。
くそ、と悪態をついてシュウを睨むが首を傾げられただけで手を離してはくれなかった。


「ああ、ジャミル様。あそこのお店で出している果物はすごく美味しいんですよ。よくモルジアナがお使いしてくれるところなんですが、何よりマルクさん気前がよくて…」


シュウはあはは、と楽しそうに一人で笑ってぐいぐい腕を引っ張って人ごみに入る。
こうして紛れてしまうと街の奴らは僕に気づかないようで、視察に来た時とは違う景色に少し驚いた。
僕のような偉い人間の存在に気づいていないからこそ、肩の力を抜いたように自然に笑ったり、冗談を言ったりする下民共。
成程、これが本当の下民の世界か。気づかれないことはすこし癪に障ったが、怒ろうとか、態々声をかけようとか、そういうことは思わなかった。
下民の世界に大して興味などなかったが、より良い街、ひいては国作りの為にも見ておいて損はないだろう。民あってこその国であるとは、シュウのやつに口を酸っぱくして言われたことの一つだ。


「すみません、林檎2つください」

「はいよ、…ああ!シュウさんじゃないか!いつもありがとう、…と…ありゃあ領主様ですか、珍しい」


気前がよさそうな、おそらくシュウの言っていただろう果物売りの男が僕に気づいて頭を下げた。
モルジアナが使いで来るということは、こいつが売っている果物を僕も食べていたのか。
なんだか不思議な気持ちになる。いつも食べている果物は確かに美味しかった。それが、こんな街の片隅にいる男から買ったものなのか。何となくそれが不可解で眉間に皺がよった。
そんな僕の顔色を伺うようにした男に、シュウはなんてこと無さそうに僕の代わりに答えた。


「ああ、そうです。今日はデートなんですよ」

「!?」

「なんだい、デートですか。男同士でデートなんざ、シュウさんも華がねぇなぁ。どうです、うちの娘もらってやってくれませんか」

「あはは、娘さんは僕にはもったいないですよ」

「シュウさんなら家族揃って大歓迎だ。ああでもそうだ、デート中なんでしたね。そうだなぁ、せっかくだから林檎はタダでいいよ」

「えっ、でも…」

「いいんですよ」


本当に気前よく笑った果物売りは、デートデートとしつこく言われ不満で顔をしかめた僕を見た。そして、眉を下げて尋ねてきた。


「領主様、うちの果物、美味しくいただけてますかねえ」

「、あ…ああ、とても美味しいよ」


突然問われて言葉に詰まりながらも、領主らしく「これからもよろしくたのむよ」と言って笑うと
男は嬉しそうに笑った。当然だ。この僕のありがたい言葉に喜ばなかったらおかしい。
そう考えるのに、またも不思議な気持ちになるのは何故だろうか。僕まで嬉しくなるのは、はたして
領主らしくふるまえたからというだけだろうか。


「あの、領主様でいらっしゃいますか……?」

「…ん?」


シュウに渡された林檎を手に歩きだそうとしたら、今度は後ろからそう声をかけられた。振り返ると、赤子を抱えたみすぼらしい女がいる。
女はさっと頭を下げて、言った。


「その、最近ここの景気がよくて、うちの子も満足にご飯をたべられるようになりました」

「ああ…ああ、そうだろう、そうだろう。少しずつ街ができてきて僕も満足していたところだよ」


そう自慢げに言った僕をみて、女は少しだけおかしそうに笑った。それはシュウの笑い方ににていて。
そう、まるで緊張感のない笑顔。僕が目を見開くと慌てて頭を下げて走り去って行った女を見送って、
隣で林檎を食べているシュウに尋ねた。


「あの女、僕のことをなめてるのかな」

「えっ…どうしてそう思うのですか?」

「僕に対して馴れ馴れしいというか…さっきの男だってそうだ。可笑しいと思わないか?」


シュウは、しばらくきょとんとして僕を見つめた後、ぷっと吹き出して可笑しそうにくすくすと笑い始めた。


「何を笑ってるんだ」

「だってジャミル様、ひねくれ過ぎですよ…ふふっ」

「お前がやっぱり一番無礼だ。すこしは礼儀を…!」

「なめてないですよ、誰も」





「ジャミル様が悪い人じゃないってわかってくれて、だから声をかけてくださるし、自然に笑ってくれるんです」


それじゃあ、いやですか?
こわがられて、遠巻きにされないと、満足できませんか?
そう聞かれ、考えてみる。答えはとうにでていた。


「……これも、別に悪い気はしないなぁ」


シュウはまた嬉しそうに笑って、僕の手を引いた。


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