変わった事と変わらないこと あれから数年。
「…結局、未だに僕の大切な人は現れないけどなぁ」
仕事をしながら、呟くようにそういうと、傍に立っていたシュウはちらりと此方をみて笑った。
「そうですね、きっと直に現れますよ」
「えっいつだ?いつくる?」
「僕には解りませんよ。きっと突然やってくるものです」
「うーん…」
少し、考えてみる。きっと僕の人生を変えるような、すごい人だろう。僕の人生を大きく変える人…
「……そうだ、マギ」
「はい?」
「ほら、前に言っただろ?あと一年くらいでここに訪れ、僕を王様にしてくれるマギだ!」
「ああ、言っておられましたね」
「そのマギが大切な人になるかもしれないね!じゃあもうすぐだ!」
だって僕の人生を変えるという点では一番有力だし、何てったって創世の魔法使いだ。僕にすごく相応しいじゃないか。 そうして気分がよくなり思わず笑うと、シュウはそれよりもっとはしゃいだように笑った。
「ええ、そうかもしれませんね!では、ジャミル様がそのマギ様にとっても大切な人になれるように、」
「待てよ、わかってる。人にやさしくしろ…だろう?」
「……おおぉ、」
「お前に毎日のように言われていたら流石にわかるよ」
本当に、長い間うるさく叱ってくれたものだ。鬱陶しい奴め、いい迷惑である。 呆れで溜息を吐いてやると、ぽふっと僕の頭に何かが乗った。
「嬉しいです。成長なさいましたね、ジャミルさま」
「……僕は嫌味で言ったんだぞ」
「?そうだったのですか。でも嬉しいです」
顔をあげると、奴は本当に嬉しそうににこにこしていた。僕はもう大人で、そんな風に褒められる年では無いのに。 睨むと、それでもやはりシュウは、揺るぎなくにっこり笑って首をかしげるのだ。
「…そういえば、お前の大切な人は?」
「え?」
「前に教えてくれたじゃないか、お前の大切だって女」
「ああ…」
「まだ大切なの?あまり会っていないだろう」
「ええ、勿論。今でも僕は彼女の為なら何でもできます」
「何でも?」
「ええ。大袈裟かも知れませんが、彼女の為に僕が死ぬくらいなら容易い」
シュウがサラリと零した言葉に、僕は思わず顔を顰めた。大切は良いが、これは流石に、あまりにも行き過ぎていないか。
「死ぬの?そいつのために?さては馬鹿だな、おまえ」
「そうかもしれませんね」
にこにこにこにこ、年がら年中笑っている馬鹿なこいつの、大切だという人について、また考えてみる。結局未だに僕に剣術で勝ち続けているこいつが、ただの女のために死ぬのか。そんな勿体ない事があっていいのだろうか?そんなに大切な奴を放って、何故ここにいる?最初から変わらず、何がしたいのかわからない奴だ。 ぼーっとしていると、シュウが手が止まっていますよ。と急かしてきた。うるさいな、今からやるところだったんだよ。
「まったく…言われなくたって働くよ」
「あはは、すみません」
「ふん…」
「………ああ、そうだ。急かしてしまったのに話を戻すようで申し訳ないんですが、」
「なんだよ」
「今度、直接会ってやってくださいませんか」
「だれに?」
「彼女に」
彼女。話の流れからして、“大切な人”のことだ。……何故だろうか。別に会ってやってもいいのだが、うーん、と考え込んでしまう。何とも言えない微妙な気持ちだった。……あんまり、会いたくないような? しかし、シュウは真剣な顔をしている。訳もなくわがままを言うのは流石に子どもっぽいと思い、軽く承諾する事にした。
「ああ…まぁ僕は暇じゃないから、今度ここに連れてきて泊まるといい」
「えっ、いいんですか?」
「おまえが会って欲しいって頼んだんじゃないか」
「いや……」
シュウは戸惑ったような表情で視線をさ迷わせている。まるで僕が断ると思っていたかのようだ。なんだよ、僕はもうわがままばかりの子どもじゃないぞ。 そう言おうと口を開きかけた時だ。シュウはようやく頷いて、本当に嬉しそうに笑った。幸せそうに、はにかんだ。
「きっと、すごくよろこびます」
「…!」
「ありがとうございます」
……ああ、不思議だ。何だかぬくい。そして、なにかがもどかしい。僕は思わず口の端をきゅっと引き結んだ。そして、何もかも誤魔化すようにわざとらしく明るい声で言う。
「…僕は領主で、王になる男だよ。それくらい当然じゃないか!はは!」
「おお…あなたほんとにジャミルさまでありますか!?」
「うるさいな!!」
「あはは、すみません!」
シュウは、ほんとうによく笑う阿呆な男だ。 そしていつだって、誰よりも幸せそうなやつだった。
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