せかいがかわったひ
シュウに手をひかれ、部屋に戻った。
お茶を淹れますね、そう言って手を離したシュウの後ろ姿を見て、いつもどおりだと思って安心した。ベッドに座り、お茶を淹れているシュウに声をかける。


「なぁ、」

「はい?」

「なんで奴隷にやさしくするのが偉いのか、やっぱりわからないよ」

「………」

「利益がないじゃないか。やさしくしたら、甘やかしたら奴隷はだめになる。人にだって、なんの利益もないのにやさしくする意味なんてないだろう?なのにどうしてお前は、人にやさしくするの?」

「そうですね、」


シュウはティーカップを離すと、言葉を探すように顎に手をそえてうーん、と唸った。そしてしばらくして、またぼくににっこりわらいかけた。
その口から出た言葉に、ぼくは衝撃をうける。


「ただ僕が、誰かにやさしくされたらうれしいからですかね」

「は…?」

「利益がないなんてとんでもないですよ。やさしくしたら皆嬉しい。嬉しそうな顔をみたら僕も嬉しい。みんなが幸せでしょう」


…嬉しい?幸せ?
こいつは毎日誰かの幸せのために動くのか?関係ない他人の幸せが幸せだと思うのか?……そんなこと考えられる人なんて、本当にいるの?


「では逆にお聞きします、ジャミル様は誰かにいじめられたらどうしますか?」

「ゆるさない、同じ目にあわせてやる」

「あなたがそう思うのなら、彼らもそう思っているかもしれません。お互いに歩み寄る気がないのなら、それはいつまでも続き、いつの日かどちらかを殺すでしょう。死ぬのはあなたかもしれない」


ぼくは息を呑んだ。
シュウはそれに少し微笑んでつづける。


「でもやさしくされて許さないなんて思わないでしょう?きっとそれは嬉しい筈です」

「…当たり前じゃないか」

「ええ。そうです。僕だってそうだし、皆そうです。それはあの方達だって一緒。そもそも人が人を飼うなんて笑えもしない話です」

「うーん…?」

「…確かに世界は平等になんてならないし、皆が幸せなんてないけれど。だからと言ってそれを当たり前にして奴隷制度や格差を大きくする必要は、」



首をかしげるぼくに、シュウは呟くように言った。それは果たしてぼくに言っているのか、それとも。


「…たとえそうでも、だからってなんで他人の幸せが自分のしあわせになるの?お前は何にももらってないのに」

「え、…ああ!すみません。それはちがいますよ、ジャミルさま」


シュウは首を傾げるぼくの方へ歩み寄ってきて隣に腰をかけるとぼくの肩に手を置き、真っ直ぐな目でこちらを見据えて言った。


「やさしさだって、いつか何らかの形で自分に返ってくるんです」

「…!」

「だからジャミル様、やさしくされたいならやさしくしなきゃ」


やさしくしてほしかったら、やさしくすればいい。
笑って欲しいのなら、あなたから笑うべきだ。あなたが誰かに与えた分は、必ずあなたに返ってくる。目の前の相手は鏡。自分がしたのと同じことが反射してあなたの元に訪れるのです。
やさしいひとになってください。誰からも愛されるような、素敵な人に。そのときあなたはきっと、誰よりも幸せなはずだから。

ぼくは、シュウから目をそらすことができなかった。
シュウの言葉の一つ一つが脳内に浸透し、今まで見てきた世界とは真逆の新しい世界を作るように、視界が光を帯びて輝いた。
そのとき、光を放った鳥がピィ、と鳴き声をあげて飛び立ったのが見えた気がした。


「ぼくはあなたに、いつかできるであろうかけがえのない人……自分の持っているもの全てをあげたいくらいに大切な人の、大切な人になれるやさしいひとになってほしいんです」


シュウはぽふりとぼくの頭に手を置いて、
誰かを懐かしむように目を細めてわらった。


「…大切なひと?」

「はい。いらっしゃいますか?」

「うーん…“先生”、とか?」

「…それは…本当に申し訳ないのですが、喜べませんね…」


シュウは何とも言えないというふうに苦笑いをした。ぼくも何だかしっくりこず、首を傾げる。
というか、ぼくは“先生”に与えない。“先生”がぼくにくれるのだ。その点でまず違うだろう。
それに“先生”は、ぼくが奴隷にやさしくなってもきっと喜ばない。ぼくがみんなにやさしくしたら喜んでくれる人?


「“先生”は違うな。じゃあどんなひとだろう…?」

「さぁ…どんな方でしょうね、ジャミル様がこれから出会う方」

「お前にはいるのか?」

「そうですね…いますよ」

「男?女?」

「女性です」


その人を思い出したのか、シュウははにかむように笑った。初めて見る表情に興味がわく。


「どんなひと?きれいなの?」

「いやいや、僕の話はいいですよ」

「そんなの不公平だ。話さないと怒るぞ」

「あはは、怒らないでください。…そうですね…僕は世界一綺麗だとおもいますよ」

「じゃあ、あれより綺麗か?」


近くをとおったぼくの奴隷を見てそう問うと、あれじゃありません、と頭を軽く叩かれた。本当に無礼すぎる。
でも怒っても無駄だし、なんだか今は怒るべきじゃない気がした。なぜ叩かれたかを考える。
無礼だけど、きっとこいつはぼくを意味なく叩いたりしないから。

それに、無礼とは言っても今更ぼくが偉いからって態度を改められたら、逆になんかいやだ。
あれ、なんでだろう。あらためてほしかったのに。やっぱり変だ。もしかして洗脳されてしまったのか。
いや、違うか。多分洗脳じゃなくて、

シュウはぼくを叱ったんだ。誰もやらなかったのに、シュウはぼくを叱った。
なぜ奴隷を虐めると叱られるのかはまだイマイチわからないが、こいつと居ればいつかはそれもわかるんだろう。


「…で、あれ……あいつより?」

「ああ、…うーん、いえ、あの子の方が美人なのかなぁ」


会話が聞こえていたのか戸惑ったように頬を染め俯いた奴隷に、シュウは本当に申し訳なさそうに会釈すると、ちょっとだけ笑って「これはばれたらあのこに怒られるかな」なんていった。


「…というか、それって世界一じゃない」

「あはは、そうですね」

「ほんとにきれいなのか?」

「ええ、それはもう。彼女はやさしくて、だれより綺麗ですよ」

「??あれより綺麗じゃないのに?」

「あれじゃありませんって僕言いましたよね?」

「…………あいつより綺麗じゃないのに?」

「ふふ、いえいえ。綺麗ですよ」

「さっきと言ってることがちがうぞ」

「ああ、すいません。そうですね、僕にとって、ということです」

「ふーん……へんなの」


本当に変だ。でもひとつはっきりしてるのは────たぶん、こいつはその女が好きなんだろう。
なんでもあげたいくらいだから当然か。ぼくにはしんじられない。例えきれいな人が現れても、なんでもあげたいなんて……思えるだろうか。


「ぼくにも、出来るかな」

「ええ、ジャミル様にも、直にできますよ」

「…うん。そりゃあそうだ!お前にいるんだったらぼくにだってできるに決まってるだろ」

「はい、そのとおりです。では今日からもっと頑張りましょうね」

「う…ああ。というか!そろそろ剣術の稽古の時間だろう!さっさと行くぞシュウ!今日は負けないからな!」

「…えっ」


張り切って歩き出したとき背後から聞こえた驚いたような声に振り返ると、
目を見開いたシュウがいた。ぼくが首を傾げると、こんどは急にぱぁっと顔を輝かせて叫んだ。


「じ、ジャミル様、今初めて僕の名前を呼んでくださいましたね!」

「…えっ」

「嬉しいかぎりです、ありがとうございます」


そう言ってにこにこ笑うシュウに面くらう。そうだったっけ、いや、それにしたって喜びすぎじゃないか。
行きましょう、そう言ってぼくの手を引いたシュウの足取りは軽く、顔もいつまでもにこにこしていて、何だか急にはずかしくなってきた。


「っいつまで浮かれてるんだ、」

「ふふ、だって嬉しいじゃないですか」

「べ、別にいつでも呼んでやるから…」

「ふふ、ありがとうございます」


こんなことで本当に嬉しそうに笑うシュウは
この世の誰よりも楽しそうで、幸せそうだった。
あらためて不思議だな、とおもう。


「…シュウ」

「はい」

「…ぼく、やさしい人になるよ」

「!」


やさしさも大切な人のことも未だによくわからないけれど。それでもこんなに幸せそうな男が言うことだ、きっと幸せになれるというのは間違いじゃない。いつか理解できるその日がくるまで、手探りでもいうとおりにやってみよう。
シュウは、小指をすっと差し出してきた。顔を見上げると、穏やかな目と目が合う。


「…やくそくですよ」


そう言って差し出された小指に戸惑ったが、それでも自分のまだ小さな指を絡める。そしたらシュウが笑って、何だかぼくもつられて笑ってしまった。
おもえばそれは、初めてシュウと笑いあった瞬間でもあった。



この日が後に特別な思い出になることをこの時僕は知らなかったけれど、それでも何かが変わる、そんな予感を胸にだいていた。
今でも相変わらず奴隷に八つ当たりもしてしまうけれど、僕はこの日を堺に少しだけ、きっと“先生”には褒めてもらえないような、それでもきっと良い方向に変化を遂げたのだ。

130830

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