こたえはあんがいかんたんなところに
走って走って、あいつが追いつけないところまで走って。
息がきれるまで走ったあと、その場に一人座り込んだ所まではいいけれど、何でかすごく悲しくなってそのまま泣いてしまいそうだった。なんで怒られた?あんな怖い顔したシュウは初めてだった。なんで、ぼくが殺そうとしたときだって怒ったりしなかったのに。
シュウって、人って、あんなふうに怒るんだ。そうだ。ぼくは、シュウにどころか誰かに怒られること自体が初めてだった。


「なんなんだよ、」


ぼくはなんにも悪いことしてないのに。むしろ“先生”なら褒めてくれるのに。なんでだ。
むかつく、むかつく。全部あの奴隷のせいだ。そして、全部シュウがわるい。

再び怒りが湧いてきたその時、ちょうど後ろを通った仕事中のモルジアナがタイミングわるく運んでいた荷物をぶちまけた。
どいつもこいつも、ぼくを馬鹿にしているのか。ぼくは、ぼくはすごいのに。蹴ってやろうと思った。二度と失敗しないようにしつけをするのが当たり前だから。蹴っ飛ばして、そのあと倒れたら手をふみつけて、それから………

そうやって失敗したモルジアナをどうしてやろうか考えていたら、また、怒っていたシュウの顔が浮かんだ。


「(……なんで、)」


また、怒られるのかな。
きつく握られた拳を思い出して身震いする。今度こそ殴られるだろうか、失敗したこいつがわるいのに?ああ、きっと怒る。あいつはモルジアナに特別甘いから。

モルジアナはぼくをみて、顔を青くして荷物を拾っている。その手は震えていて、なんどもなんども荷物をおとした。ほんとうに、つかえないのに。どうして甘やかされてるんだ、おまえは。



「……おまえ、ムカつくなぁ」


そう言って、ものを拾いながら俯いているモルジアナの顔をしゃがんで覗き込めば、目を見開いて一層震える。面白いくらいに怯えていた。
僕は何も、怖い顔をした訳では無い。眉を寄せてもいないし、睨みつけてもいないし、声を低くしたわけでもない。呟くように僕の気持ちを言っただけなのにこれだ。なんだよ、まだ何にもしてないだろ。馬鹿なやつ。

モルジアナは何も言わない。僕が話しかけているというのに、会話すらできないのだから呆れてしまう。本当に、何でこいつなんだろうという疑問は尽きないが、しょうがないのでぼくもそれ以上何も言わずに、落ちた荷物を拾ってかごに入れた。
もたもたしているのを見ているのもムカつくし、手を出したらなんでか怒られるし、ぼくはモルジアナより圧倒的に出来るから、やってやろうと思った。そこでようやく、モルジアナは焦ったような声をあげた。


「えっ、あ、あの…なにを…」

「はぁ……さっさと拾えよ、モルジアナ。全部ぼくにやらせる気なのか?」

「はっ…はい…!!」


ぎくしゃくしながら慌てて拾うモルジアナ。ぼくはため息を吐きながらも、手伝ってやった。
なんでぼく、こんなことやってるんだ?そう疑問に思いながらも。




「…ジャミルさま……?」


拾い終えるころ、背後からまた聞きたくなかった声。
眉間にしわをよせて、ふりかえる。ぼくの代わりにモルジアナがやつの名前を呼んだ。


「シュウさん…」

「ああ、モルジアナ……え、手伝ってもらってたの?」

「はい、」


シュウは目を見開いた。
そしてしばらくそのまま呆然としたあと、



「……偉いです、ジャミル様!」


駆け寄って、ぼくを抱きしめた。
今度はぼくが目を見開く。シュウはそのまま髪がぐちゃぐちゃになるまでぼくを撫で回した。モルジアナを撫でるよりもずっと長い間、何度も何度もだ。そして、嬉しそうないつもより少し高い声で偉い偉い、とぼくを褒めた。
なんで、


「なっ…」

「はい?」

「なんで…?なんで偉い?なんで、ほめる?さっきは怒ったじゃないか」


シュウは身体をはなして、ぼくの顔をみた。
そして、いつもみたいにふわっと笑った。


「人に、やさしくできたじゃないですか」

「…!」

「誰かにやさしくできるのは素晴らしいことです。誰にでもできるわけじゃありません」

「っ、ぼくは」

「ご立派ですよ、ジャミルさま」


シュウは、もう一度ぼくの頭をなでた。
ぼくはじわりと目頭があつくなるのを感じながら、奴隷にやさしくすることが何故勉強や剣術より褒められるのか、考えてみた。
こたえがすぐに見つかるとは思わないけれど。

ポロリと目から雫がこぼれたとき、シュウはもう一度ぼくを抱きしめて、やさしくぽんぽんと頭を撫でたのだった。


130705

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