しょうとつ イライラは収まらない。 あいつは相変わらず奴隷にやさしいし、ぼくが奴隷の話をすると苦い顔をする。奴隷を甘やかすなんて、いままで誰もしなかった。なのに。
このままじゃ、ぼくの奴隷がダメになる。
そんな事を考えて、それをストレス解消の言い訳にすることにした。ほぼ住み込みで働いているあいつの部屋に、恐らくぼくの鞭がある。それを取り返せばこっちのものだ。しつけはひつような事なのだ。
引き出しをあければ、それはすぐに見つかった。ああ、これだ。しばらく手放していた鞭はやたらぼくの手にしっくりきて、ぼくはそれが嬉しくて足早に奴隷の牢に向かった。その途中、働いているぼくより大きい奴隷を見つけて。
「あははっ」
おもわず笑いながらそいつに近づくと、そいつはぼくの手元の鞭をみて目を見開いて、荷物をおとした。ぼくより大きいのに、こんなにぼくに怯えてるなんて。 そう、これだ。これはぼくの才能。“先生”が特別ほめてくれた、ぼくの素晴らしい才能なのだ。鞭を振りおろすとうずくまる奴隷。ああ、たのしい。たのしい。たのしい。たのしい。 たのしい!!
「ジャミル様!!」
何度も何度も繰り返し振りおろして、とうとう奴隷が動かなくなったときだった。 いま、いちばん聞きたくない嫌な声がした。
「何をなさっているんですか!?」
珍しく声を荒げて鞭を取り上げ、奴隷とぼくの間に割り込んだのは言わずもがな、シュウだった。 するどい目でこちらを睨みつけてきたシュウにぼくが一瞬ひるんだうちに、ぼくの手から鞭を取り上げて奴は倒れている奴隷に急いでかけよる。
「大丈夫ですか、立てますか、すぐにここから出てください。立てないようでしたら、手をお貸しします」
そう言ったシュウにこくりと頷いた奴隷は その後手を伸ばすシュウの手をやんわり下げさせて、言われたとおりにその重たそうな身体を引きずって部屋を出ていった。 シュウが、こちらを向く。その時奴のきつく握られた拳が目に入って、殴られると錯覚し思わず目をきつく瞑った。こわい。殴られたことなんてないけれど、きっと痛いにきまってる。痛いのはいやだ。 そんなぼくを見てはっとしたシュウは、心を落ち着けるように静かに息をすって、吐いた。そしてぼくの目線に合わせて立て膝をつき、少し強い力でぼくの肩をつかんだ。その顔は、ひきつっていた。
「ジャミルさまは、僕がどうしてこれを取り上げたかお分かりですか」
シュウは、これ以上になく怒っていたと思う。 なんで?なんでおこるの?質問の意味だってわからない。ぼくからこれを取り上げたのにはそんなに大事な理由があったの?ただの嫌がらせじゃないの? 答えられなくてだんまりを決め込んでいると、シュウは今度は哀しそうな顔をした。
「…それはジャミル様に、人を平気で傷つけるような真似をしてほしくなかったからです」
「…なんで?奴隷は人じゃないよ、人以下だ」
「それこそ僕には理解できません。何故ですか?何故、人以下なんですか?」
シュウは、おかしい。 そんなの、どうして馬は家畜なのかと聞いているようなものだ。奴隷は奴隷だし、人より下のものだからそういっただけなのに。
「……それがそもそも可笑しいんです。あなたはそれを当たり前にしすぎている」
わからないよ、だってみんな言っていた。 奴隷は使うものだって。情けは無用だって。人以下だって。 “先生”だって、そう言ったんだ。
「どうして、勝手に奴隷と名付けられ鎖で繋がれて、あなたに暴力を振るわれなきゃいけないんですか。心のある彼らがどうして人以下なんですか。それが可笑しいとどうして、」
「なんでだ!?奴隷は人とはちがうし、人以下なのに!!ちっともおかしくない!!」
「ジャミルさま、」
「なのに、なのに何でぼくが怒られなきゃいけないんだ!」
ぼくは正しいことを言っているのに、なんでそんな困った顔するんだよ。モルジアナにはしないじゃないか。モルジアナにはあんなに優しいじゃないか。 あれが失敗しても、お前はちっとも怒らないのに。なんでぼくにはそんなに怒るんだ。
「お前、ぼくの先生なんだろ?!なんで、なんでモルジアナばっかり褒めて、優しくして、ぼくばっかり!!」
「ジャミルさま…」
「前の先生の方がずっと正しくて優しくて、お前なんかよりずっとよかったよ!!!」
言って、ぼくは駆け出した。
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