いらだち
モルジアナはただごはんを食べていただけなのに、奴隷のくせに食べ物を余分に消費していたくせに、なんで笑いかけてもらって、頭をなでてもらっていたんだろう?
ぼくはまた、シュウがどういうタイミングでああするのかますますわからなくなった。そうして考え込んでいると、隣にいたシュウが唐突すぎる質問してきた。
「そういえば、前任の先生はどんな方だったんですか?」
「え?」
「いえ、よくよく考えたら、僕が来る前の此処についてよく知らない事に気づきまして」
教えてくださいませんか。
そう言われ、とりあえず今まで考えていたことを放り出し、これはチャンスだと思った。
前の先生がいかに素晴らしかったかを教えれば、こいつも今までのような無礼な態度を改めるかも。そうすればぼくはまた奴隷の躾に戻れるし、ごはんを食い尽くされてしまう心配もなくなる。
「とりあえず“先生”は、ぼくのごはんを食べたりしなかった」
「そうですか、勿体無いですね。ジャミル様お一人じゃ食べきれないではありませんか」
「うっ、」
シュウのいうとおりだ。
ぼく一人では食べきれなかったのはたしかだった。いつも多すぎて残していたのは事実だ。でもシュウに関しては食べ過ぎだと思う。ぼくの分がなくなるまで食べてしまうのはどうなんだ、おかしいだろう。
「…で、ほかには」
「くっ……あと、」
そういいかけて、改めてちゃんと思い出してみる。ぼくに色々なことを教えてくれた。何処かへ行ってしまった大好きなあの人。
「…尊敬してたよ。すごく。ぼくに色んなことをおしえてくれたんだ!」
「では、今のジャミル様の知識は全て前任の先生のお陰なのですね」
「そう!だからぼくは色んな国のことばをしってるし、王宮剣術だってできるんだぞ!」
「それはすごいですね」
あ、またこの笑顔。
そうか、やっぱりこいつ、褒めるときによくこうしてわらう。それならばっちりだ。ぼくには褒められるところならいくらだってある。
だってぼくは父さんより、誰より出来る人間だから。“先生”だってそう言ってた。先生はいつだって、ぼくのことを褒めてくれた。
「ぼくは語学も剣術も、経済学も、全部人よりできるんだ!すごいだろう」
「ええ、立派です。これからも頑張りましょうね」
シュウはパンを置いて、ぼくの頭をやさしく撫でた。当然だ。ぼくは誇らしくなって自然と笑った。そして、もっと教えてやろうと思った。
「ぼく、“先生”に奴隷をつかう才能もあると言われたよ!」
生き生きとした気分でそう言ったとたん、頭を撫でていた手が離れた。不思議に思ってシュウの顔を見上げると、シュウは眉を下げ、困ったように笑った。
「そうですか…そろそろ剣術の稽古の時間ですね、行きましょうか」
「………………」
────わからない。何故ほめられない?どうしてこのことになると、此奴は困った顔をするんだ。
……そういえば、こいつはぼくの鞭を突然とりあげたんだった。それに、シュウは奴隷に甘い。特にモルジアナに対してなんか、甘やかしすぎている。なんで?ひょっとしてあいつが好きなのか?確かにあいつは珍しいけれど、それでも奴隷だぞ。ぼくの方がもっと、素晴らしい人間で。
素晴らしいぼくがモルジアナをしつける事になんの問題があるんだろう。躾は大事だ、だってあれはぼくのものなんだから、責任をもってしつけるべきなのだ。なのになんで、どうして奴隷をしつける事を嫌がるんだ。
変なやつ。やっぱりこいつの事は理解できないことがおおすぎる。ぼくはまた、すごくイライラした。
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