→君に溺れる。


影のある人だった。いくら普通の顔をしても消せない程の大きな影が、彼のそばにはいつもあった。
何か事情があるんだろうなと、ずっと思いながら過ごしてた。そうして何も聞かぬまま、今日まで当たり前のように時間を共有した知人。彼はなんと、恐ろしい人殺しだったのです。

そんな人殺しなフェイタンはそれをあっさりカミングアウトすると、目も合わさずに私に向かって「お前の事も殺せる」と言って笑ったのでした。
脅して遠ざけたいのか、それとも彼は私を殺したくなってしまったのか。はたまたどっちでもなくて、ただ気まぐれで秘密をこぼしただけなのか。
正直、なんでもいい。なんでも良いからこっちを見てほしい。私はもう貴方を拒絶出来なくて、それを貴方も知ってる筈なのだから貴方のやりたいようにすればいいのだ。私は、貴方が私と目を合わせてくれるのならなんだって。
この後に及んで心からそんな事を思う私は愚かだ。愚かな私は、自分がこの男に相当溺れている事をただあらためて痛感していた。


「何でもいいからちゃんと私を見て」

「………」


ああ、そんなにだんまりだとどうすれば良いか分からなくなる。
彼は恐らく迷っているんだろう。少なからず付き合いのあった人物を殺すか、逃がしてやるか。
フェイタンは意地悪だが何だかんだで面倒見がよくて、優しい人なのだ。あれ、でも今までの態度も全部嘘だったなら、わからないや。少なくとも私の今までの印象ではそういうことになっていたけれど。
まぁ、何にせよ、迷いがあるなら多数決で決めてしまえば良いのだ。丁度いいことに此処には人が二人もいた。フェイタンのそばに私がいて、私のそばにフェイタンがいる。充分すぎる人数だ。


「私をころして」


そう言うと、彼はやっと私を見た。
いつもポーカーフェイス気取ってる人が多少なりとも動揺しているのが解って、愛おしくて笑えた。
なんにも動揺なんてしなくていいんだよ。貴方は人殺し。今まで通りに私を殺せばいい。ころして、おねがい。このまま私の前からきえてしまうつもりなら、ここで貴方の手でころされたいの。
美しい彼の頬にそっと触れると、フェイタンは僅かに目を細め、私の肩に手を置いてそのまま体重をかけてくる。無抵抗の私は呆気なく倒れて、彼は私の上に跨った。
軽いなぁ、ちゃんと食べてるのかな。フェイは食に執着がない方だから、少し心配だ。
そのしなやかで細い身体の何処にそんな力があるのか、床に押し付けられた肩がギリギリと痛む。その痛みは、私より小柄な彼が男であることを私に再確認させた。

細くて綺麗な手が這うように移動して首に絡みついた。フェイと目が合う。何だか複雑な表情をしていた。
ちゃんと顔を見たくて、手をのばしマスクをずらすと同時にフェイの手に力が込められた。
いつも通りの無表情で何を考えているのかイマイチよく解らなかったけど、少しだけ瞳が揺らいでいて悲しげなのは解った。
何でだろう。

考えようとしたけど酸素が足りなくて頭が回らなかったのを理由に私は考えるのを放棄した。これ以上は無駄だ。
ただ彼によって強制的に呼吸動作を止められて、苦しい筈なのにすごく嬉しくて、それだけわかれば良いと思った。
最期にフェイタンを見て、感じて死ねるなんて。なんて贅沢で、なんて幸せなんだ。ああ視界が霞んできた。
もう少し、もう少し彼の事を見ていたかったけれど。私は幸せだからもういいやと思った。
思わず笑みが溢れる。そうして目を閉じて意識を手放そうとしたら、自分の頬に水滴が降ってきた。

再び目を開ける。
その水滴がフェイタンの綺麗な目から零れおちたものだと気づいたときには、首に絡みついていた彼の手の力はすっかり緩んでいて
それを待っていたと言わんばかりに勢いよく体内に入りこんでくる酸素に思わずむせかえった。


「かはっう、げほ、あぐ、あ…」

「……っ」

「…フェ…た…?」


フェイタンが泣いている。どうしてだろう、わからない。フェイタンは血も涙もない人殺しなのにね。
ただただ涙を流すフェイタンはあまりにも綺麗で、そんなはずはないのに今にも消えてしまいそうに脆くて
私も何故だか泣きたくなって泣いた。


「…何故お前が泣くか」

「わかんない、」

「自分の事なのにわからない言うか、可笑しいよ」

「じゃあフェイは何で泣くの?」


フェイタンは涙を流しながら目を反らしていつもみたいに眉間に皺をよせた。


「そんなのワタシ知らないね」


何だ、一緒だね。
私は仏頂面なフェイタンが何だか可笑しくて、思わず笑った。


「じゃあ何で私を殺さなかったの」


これも彼の優しさのつもりだろうか。だとしても全然優しくない、これは意地悪だ。
いや、いつも意地悪なんだけど。いやでも肝心な時には不器用に優しくて…
とにかく、そんな優しさ今はいらないから、その手で私をころしてくれればよかったのに。


「ちがう」


フェイタンは、きっと跡がついているだろう私の首に触れた。くすぐったい。
彼はとても穏やかな表情をしていて、わるい人には見えなかった。


「殺せなかただけね」


そう言って力なく笑う彼はやっぱり綺麗だった。そして気づく。
ああ、なるほど。この人も、私に相当溺れているのだろう。
そう、自惚れていいだろうか

君に溺れる

すでに呼吸困難で、首を絞めるまでもない


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