→光を忘れた


“○月×日 公園で”

シャルナークからそんな簡潔で愛想のないメールが送られてきたのは、いつも通り突然の事だった。それを見て私はまず『公園としか書かないなんてなんてアバウトすぎやしないか』と思う。しかし、シャルナークと行ったことのある公園なんて限られているので、場所はすぐに検討がついた。
行かないという選択肢はなかった。急だなぁとは思いつつも、別に行けないこともない。スケジュール調整のできない職場というわけではないので、実質いつでも大丈夫みたいなものだった。シャルだってそれをわかってて急に連絡をよこしているのである(シャルの紹介した職場なのだからそれも当然のことだった)。
だから私はその日、ちゃんと公園に行った。そういえば時間を確認してなかったけれど、それは場所と同じで、指定がないということはいつも通りということ。大体いつも夕方頃に集まるので、4時ぐらいには公園についた。
しかし、シャルナークはいくら待ってもやってこない。一時間待っても、二時間待っても、一向に来る気配もない。私はブランコに座ってゆらゆら揺れながら、それでも一人待ち続けた。

それはそれは退屈な時間であったが、7時頃だっただろうか。遠くの方で花火が上がった。空にめいいっぱい広がろうと開く花火は、随分と大きくて、向こうでは大規模なお祭りが行われているのだと思われる。あまりに綺麗だったから、シャルにメールで『はなびだよ、早くきなよ』と打とうとして、その前に気づいた。シャルは元々、私にこれを見せるつもりだったんじゃないかって。
私に対して親切であるとは言いがたい男だったので、そんな素敵なことを思いついてくれるとは考えにくいような気もするけれど、私はそうなんじゃないかって思った。今となっては確かめようのないことで、だから、そう思うのは私の自由ということだ。
それに、たとえそうでなくても、そう思ってもいいと思えるくらいには、美しい夜空だったのだ。

そうして私は遠くの方で上がる花火を眺めながら、一人間抜けに待ちぼうけた。シャルは結局、その日、いくら待ってもやってくることは無かった。ムカついたので帰って寝た。
 シャルナークが死んだという報せを聞いたのは、それから数ヶ月後のことだった。






「ナマエ」


そう後ろから呼び止められた時、全く似てもないのに一瞬シャルナークかと思った。こんなのは馬鹿だ。早くやめなければならない。
頭を振って愚かな考えをきちんと払ってから、私は用心深くゆっくり後ろを振り返る。背後に立っていたのは、黒髪に黒いコートを着た男だった。やはりシャルではない。当然だけれど。
その男は、最後に会った時と比べて多少の変化はあったし、話したことはこれまたほとんど無いが、やはり同郷ということで誰だかは割と直ぐにわかった。彼はクロロ。幼い頃泣いている私を馬鹿を見る目で見たうちの1人。つまり、私の嫌いなシャルの仲間だ。


「……どうも」


自分でも驚くほど無感動な挨拶がこぼれる。
彼が突然私の前に現れた事に対しては、あまり驚きはなかった。一週間前に彼が私にシャルナークの訃報を伝える電話を寄越したときから、近い内に会うことになるのではとなんとなく思っていた。あの時この男は、何かを探るような話し方をしていたから────。
そう。私がシャルが死んだと聞いたのは、ほんの一週間前。面白い事に、彼の死後数ヶ月が経ってからのことだったという。私はシャルナークと親しかった筈だけれど、共通の友を持っていなかったので、それは仕方の無いことでもあった。

あの日。あの公園で、一人で花火を見たあの日。
あの時には、シャルナークはもう、どこにもいなかっただなんて、そんな事言われても今でも上手く噛み砕けない。だからあの時の私に、シャルナークは来なかったのではなく来れなかったのだとは、流石に計り知れなかったのも許してほしい。
あいつは昔からとてもマイペースで、私はよくそれに振り回されたのだ。確かに簡単に約束を破る人ではなかったし、自分から誘っておいて来ないなんて今回が初めてのことだった気もする。それでも、初犯とはいえ、私はわりと気が短い性質を持っていることもあって、ついムカついてしまった。ごめん。それは、悪かったと思っているよ。


「それで、わざわざ何の用なの。シャルが死んだのに、今更私に用事なんてないはずだよね」

「冷たいな。同郷だろ」

「…だから、顔は覚えてたじゃん」


正直怖いので、聞こえるか聞こえない程度の声でこっそりとぼやく。
何が冷たいだよ。何が同郷だよ。そんなの、なんの意味もないことだ。だって昔からクロロは私に興味なんて無いし、私はクロロのことなんかは特に最悪だと思っている。だから、私達は今までもこれからも関係なく生きていく。
それでいいはずなのに、一体何を探りに来たというのだろう。とても不愉快だ。


「大丈夫そうか?」

「なにが」

「見たところ、参った様子ではないな」

「………意外と、平気だったよ」


まぁ、普通に考えてその事以外無い。私とシャルナークは“不思議”だから、ふしぎ探検家のクロロには気になるところだったのだろう。シャルの死に対し、私がどのような反応を示すのか。だけど残念ながら、私は意外となんてこと無かった。

もちろん聞いた時はすごく驚いた。一瞬クロロが何を言っているのかわからなかったし、質の悪い悪戯だと、ふざけるなと怒鳴りつけて電話をぶち切ってやろうかとすら思った。
彼が死ぬなんて想像したこともなかった。否、彼も人なのだから死ぬ時は死ぬだろうが、死ぬとしても、絶対に私の方が先に死んでしまうのだと思っていた。シャルの方が圧倒的に強かったし、私の方が今まで何度も死にかけていたから、そうなるだろうと当たり前のように思っていた。
それはきっと、シャルだってそうだったに違いない。シャルだって、まさか私を置いて逝くことになるとは、思っていなかっただろう。これはお互いに驚くべき別れであったのだ。そう思いたい。

とにかく、私にとって考えてもいないことだったので、彼が死んだ時に泣くことも笑うことも想像はしていなかった。そしてその通り、シャルが死んだからと言って別にどうということは無い。
泣くことも笑うこともなく、どうということもないまま、私はこれからを生きていく。今まで通りの日々の中、ただ、たまにシャルに会うという時間がなくなっただけ。職場を変えなくて済むようになっただけ。
シャルが握っていた私に繋がる運命の糸は切れて、私は晴れて自由になった。これからは誰のことも気にせずに私のしたいことだけをして良い。流星街なんて、幻影旅団なんてまるで関係ない顔して、行きたい街に行って、まるで普通みたいに過ごすのだ。あの日奪われた普通という尊いものは、今や彼さえいなければきっと手に入る。みんなと同じふりをするのは簡単なことだ。
悪い夢だったと思えばいい。あの日からの今までの日々は、ただの悪い夢だった。シャルは私にとって特別ではあったけれど、しかしそれは、シャルを好きだということには決してならない。だから、死んでしまった今、私にはシャルという存在は必要の無いものだ。居ないものは無いのと一緒で、それに縋るということは、迎えに来ない母親に縋るのを諦めた日に、やめた。
“なにか”になる────あの約束はきっと、どちらかが死んでしまった際にはただのゴミにしかならない、何も残らない、そういうものだ。ねえ、そうでしょう。愛情も友情も、なかったのだから。私達を表す記号は、なにも。

だというのに、どうして。どうして私は、シャルの遺したものを捨てられない。


「……なんてこと、ないんだよ」


私は、言い聞かせるように強くそう言う。しかし、空っぽの心には少しも響かず、ただ、水面が揺れるようにシャルとの思い出だけが反響する。
ふしぎだ。私達はふしぎ。私から見てもそう。私にとっても、今でも解けないなぞなぞみたいなものだ。どんな反応を示せばいいのか、寧ろ私に教えて欲しい。どんな顔をすれば正解なの?
シャルがいない世界で、私は一体どうしたらいい?どんな顔をしたらいい?“何か”というのが何なのか、結局最後までわからなかったから、私は悲しみ方すらわからないよ。

申し訳ないけど、たぶん期待外れだ。だから、お引き取り願いたい。頼むから、帰ってくれ。帰ってくれないのなら私が帰る。
そう思って、私はクロロに背を向ける。そんな私の背中を、クロロの柔らかい声が追いかけた。


「なら良かった」

「…………」


良かった?
…そんなこと言うなんて思ってなかった。
私は振り返る。


「どうして?」

「あいつに言われてたんだ」

「………」



聞きたくないような気がした。聞いてはいけないような気がした。耳を塞ごうと思った。でも、どうしてか腕が持ち上がらない。それどころか体も動かないから、走り去ることも出来ない。
やめてくれ、と言葉にならないうめき声のようなものが喉から漏れたところで、クロロは聞こえているのかいないのか、話し続ける。シャルの残した言葉を、私へ。



「“もし俺が死んで、ナマエがどうしようもなさそうだったら、どうしようもなく、参ってたとしたら────”」




“────俺の代わりに、ナマエを殺してやってくれ”、と。




「───────」



その言葉を聞いた瞬間に、私は。
まるで全てを思い出したかのように、ひとつ、涙を流していた。────嗚呼。




「なんで、そんな……」



どうして、そんな事言うのだ。どうして。
だって、それじゃあおまえは、私より先に死ぬことを想像していたというのか。いつか私を、置いていくつもりだったのか。

シャルは私が死んでもきっとどうでもいいんだろうって、そう思ってた。それなのに、自分が死んだ後の私の心配はするのか。死んだ後に、そんなものを晒すなんて、そんなの、そんなのってずるい。

ねえ、シャルナーク。
私ね、あんた会えなかった数ヶ月間、あんたが私に飽きちゃったんだと思ってたんだ。
子供がおもちゃに飽きるのと同じで、秘密基地を忘れてしまうのと同じで、私を捨てたんだって、とうとうその日が来たんだって、そう思ってた。
シャルは紛れもなく私の特別だったけれど、私は、自分がシャルの特別だと思えたことなんてなかったよ。私のことなんて、いつかどうでもよくなっちゃうんだって、ううん、今でもどうでもよくて、気づいてないだけで、いつかそれに気づくときがくるんだって、そんな終わり方だけを想像してたの。だから、あんたが死ぬなんて、そんなの、わたしは、



「……クロロ」

「何だ?」

「いま、大丈夫じゃなくなった」

「………なるほど」


私を他所に考える素振りをしだしたクロロの横で、私は両手で顔を覆った。
シャルに会いたいと思う。シャルが生きていた頃よりずっと、シャルに会いたいと思う。会えなくなってようやく、私は心からそう思った。
愚かな私は、今日まで気づけなかった。あの日の口約束は、この20年間で確かに形を成していたのだと。掘っ建て小屋なんかじゃなく、私たちの関係として、確かに成り立っていたのだと。

否、寧ろ。あの約束は、今日という日のために作られたのではないかとすら思う。
そうだ。きっとそうなのだ。おそらく私達は、私は、そういう関係だったんだ。シャルが一から作り上げようとした“何か”とは、要するにこれ。これが“なにか”だ。このどうしようもない喪失感こそが、私の…────
頭の悪いわたしは、シャルが死んでからようやく、彼の作りたかったものが何なのかを知った。

170714
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