→爆散する加速度
「なんでわかってくれないの!!」
それは、広間で突然始まった。
ガラスが割るようにけたたましく、それでいて轟々と燃える炎のように恐ろしい、悲鳴のような怒号のようなその声に、一同は耳を塞ぐ。声を上げているのはナマエ。その前にどかっと座って顔を顰めているのはノブナガだ。また始まった、と全員が思った。
朝、2人で仲良く出かけてくると言って出ていったかと思えば、夕方になればこうだ。最早お馴染みの流れであった。
「いっつもそう!!ノブナガは私のことわかってくれない!!どうして!!」
「あーもーうるっせぇなぁてめぇは!めんどくせーめんどくせー」
「めんどくさいって言った!ああ!!めんどくさいって言ったーー!!」
「おれぁ事実を言ったんだ!あんまうっせーと切るぞてめぇ!!」
「ウワァァァン最低きらいきらいきらい!!」
周囲を置き去りに二人はどんどんヒートアップしていく。ノブナガの言葉に傷ついた顔をしたナマエがいよいよ泣き真似ポーズをとったとき、団員の視線は自然と団長であるクロロに集中した。たのむ、何とかしてくれ。
クロロはその視線を受けて一度顔を上げたが、ちらりと2人を見た後、何事も無かったかのように再び手元の本に目を戻した。完全無視を決め込むつもりらしい。
使い物にならない団長にくっ、とかはぁ、とか、そんな悔しそうな声を漏らした団員達は、今度は一斉にシャルナークの方を見た。「い!?」と言って後ずさったシャルナークだったが、ウボォーにどん、と肩を押されて、観念したように前に出た。場を収めるのが得意なせいで、意外と面倒事を押し付けられがちな奴であった。
「はぁ…あのさー、痴話喧嘩は他所でやってくれない?うるさくてうざい」
「痴話喧嘩ぁ!?んな可愛いもんじゃねぇよ!!コイツほんっとにとんでもねぇからな!!おめェも知ってんだろ!?」
「ひどい!!なんでそんな事言うの!?ノブナガだって、ノブナガだって!!ねぇ、シャル知ってるよね!?」
「いや、知らない」
「「長い付き合いなのに!!!」」
話しかけたシャルナークに二人はものすごい勢いで噛み付く。これだから関わりたくないのだとシャルナークは何度目かのため息を吐いた。
「ねえ、二人共本当にうるさいよ。みんな迷惑してるよ?早く出ていってよ」
シャルナークがなかなか二人を黙らせないので、痺れを切らしたシズクが本から顔を上げてキッパリとそう言った。初めから自分で言えとシャルナークは内心呟いた。
しかしシズクの言葉でも二人の怒りは止まらない。ノブナガはイライラした様子で貧乏ゆすりをしながらシズクを怒鳴りつけた。
「うるせぇシズク!!こっちは今オメェらをかまってる暇はねぇんだ!!」
「クソ野郎だな」
「ほんとね。自己中くたばるといいよ」
ノブナガのあまりに身勝手な発言にざわめき出す団員達。いよいよ不穏な空気が漂ってくる。ノブナガは聞く耳を持たないので、比較的大人しく泣き真似をしているナマエを説得し落ち着かせ、纏めて広場から出ていってもらおうと参謀シャルナークは思案した。
「揉めたらコインじゃない?ナマエ」
「旅団のことじゃないの!私はノブナガに言ってるの!!」
しかしこちらも聞く耳持たず。シャルナークの提案に即座に泣き真似をやめて鋭い目つきでぎゃうぎゃう吠え立てた。余程その提案が気に食わなかったらしく、ものすごい顔で怒っている。先程まで被害者ぶっていたのにこの変わりよう。流石である。本当に可愛くないしとんでもないやつだとシャルナークは思った。
ナマエはそんなシャルナークは放っておいてノブナガに向き直った。その瞳には僅かに涙が浮かんでいる。真似しているうちに本当に泣きたくなってしまったらしい。
「もうイヤ!ノブナガなんてきらい!バーカ!!後で覚えておけよ!!」
ナマエはそう言い残すと、すごいスピードで駆け抜けてアジトを出ていった。その強風の影響で髪がボサボサになりながら見送った団員たちは、ノブナガの方を見る。
「あーあ、行っちゃった。これはしばらく帰ってこないぞ」
「ほっとけ!!あいつも子供じゃねぇし弱くもねぇ、何の心配もねぇだろ」
「そういうところがナマエを怒らせたんじゃないの」
マチの咎めるような言葉にノブナガが黙り込む。そこに便乗するように、ナマエを庇うような言葉が次々と挙げられた。
「死ねとか殺すとか言わないところがナマエはいじらしいよねー」
「ほんと。ナマエは健気だよ」
「ナマエとノブナガは本当に昔から仲良かったからね」
「いっつもナマエがノブナガノブナガってなぁ、可愛かったなあの頃のあいつは」
「追いかけなくていいの?ノブナガ」
「〜〜〜っだぁぁぁわーったよ!!行きゃあいいんだろ行きゃあ!!!畜生!!!」
その空気に居心地が悪くなったらしいノブナガは、だんっと地団駄を踏むと、ナマエ同様のものすごいスピードでアジトを出ていった。ナマエの向かった方角だ。
強風で更にぐちゃぐちゃになった髪を各々直して、顔を見合わせる。────邪魔者を無事追い出したぞ。残された団員達は達成感からハイタッチを交わした。これが童話の世界だったら全員で小躍りしていたところだろう。それくらいに喜びに満ち満ちていた。何もしていないクロロでさえ、満足げに笑っていた。世界は平和だった。
そして翌日。仲直りしたらしいノブナガとナマエがニコニコしながら並んで歩いているのを見かけて、思わず数人がゴミを投げつけた。
しかし幸せパワーは絶大。オーラでゴミを跳ね返し、二人は何事も無かったかのように楽しそうに談笑しながら出かけてしまった。
跳ね返されたゴミがあたりに散らばっているのが虚しい。ゴミを投げた者達は俯いている。更にそのゴミはクロロの方まで飛んでいき、クロロはそれを迷惑そうに避けていたが、避けきれなかったゴミが頭に乗った。その光景を見ていたシャルナークは、こっそりぷっと噴き出した。
170515
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