→薔薇の花束を贈る


6時。アラームの音で目を覚ます。
部屋の中は真っ暗だった。カーテンの向こうからは、陽の光なんてものはこれっぽっちも入ってこない。そりゃそうだ。今は、午後だもの。たった今起き出した私とは反対に、街はこれから眠りにつこうとしている。
私が今起き出したということを彼が知ったら、とても嫌な顔をするだろうと思う。私の彼は普通の人らしいから(常識だろ、とか普通だろ、とか、口癖のように言うのだ)、私が夜型の人間だとわかったら、まず真っ先に水商売だと疑うに違いない。そうしてきっと、軽蔑するのだ。それは嫌だった。誰でもそうだと思うが、軽蔑されていい気持ちにはならない。
だから、夜に生きる人間だって彼には思われたくなかったし、思われないためになるべく普通の生活を心がけていたが、この前仕事をしたばかりだから、生活のリズムが崩れていた。
私の仕事は、常識人である彼には想像もつかないような、そんなこと。

顔を洗って、この前買ったばかりの可愛い洋服に袖を通す。いつも結んでいる髪も下ろして、アイロンで緩く巻いておいた。それからバッチリ化粧をして、軽く何か食べて、起きてから大体一時間半後くらいに、私は高めのヒールを履いて家を出た。彼との待ち合わせ場所まで、そう遠くない。
家から10分ほど歩いて、いくつかの角を曲がれば、その向こうには彼が待っていて、私を見つけて手を挙げて少し微笑んでくる────はずだった。だから、私もとびきりの笑顔を作って、角から飛び出したのに。私の笑顔は、あっという間に固まった。


「ァがっ…」


聞こえたのは、そんな、耳障りな醜い呻き声。それを上げているのは、紛れもなく私の彼だった。
彼の目の前には、もうひとり人がたっている。そいつの手が、彼の胸に突き刺さっている。それから、すぐに血の匂いがした。私の男だった彼の、生と死の匂い。吐き気がしそうだった。


「……ねぇ、ちょっと」


私は、噎せ返りそうになるのを何とか抑えて、彼の前に立っている男に話しかけた。微かに声が震える。
しかしそれは決して弱々しい感情からくるものではなく、では何故って、無論怒りでだ。私はもう我慢の限界だった。もはや恐怖も衝撃もない。ただこの繰り返される理不尽に対して吐き気がするほどウンザリしているだけだ。そう、こんな状況は、私にとって一度や二度ではないのである。
反吐が出るね、こんなのは。


「いい加減にしてくれる?フェイタン」


私が青筋を立てながら吐き出した言葉に、彼よりも小柄な、しかし彼よりうんと強いその男は、ゆっくりと私の方を見やる。それから、三日月のように目を細めて意地悪く笑った。
フェイタンは、今日も非常に楽しそうであった。


「いや、ほんとに。笑い事じゃなくて、毎度毎度私の彼氏殺すのいい加減やめてよ」

「こいつお前の恋人だたか?冴えない顔して立てたから楽にしてやただけよ。ああ……よく見たら幸薄そうなとこお前に似てるね、お似合いよ」

「あーはいはいそうですねぇそうでしょうねぇ」


幸薄い?誰のせいだと思ってるんだ。お前のせいだろうが。とか言うとまた面倒くさいこの男、更なる理不尽を押し付けてくるに違いない。私が諦めて大人の対応をするのが最善策であるとははるか昔に気がついたことだった。
フェイタンと私は同郷で、もう随分長い付き合いになる。幼い頃から私の邪魔ばかりしてきて、ものを積んで遊んでいればワンパンチで全て粉々にされ、ゴミの下からせっかく生えてきた力強い花を愛でていれば容赦なく握り潰され、そのくせ私が用があって話しかければ無視をするような意味のわからんクソ野郎だ。
根本から腐っているに違いない野郎なので、そんなのがちょっと故郷を出たところで、やっぱり変わるはずもなかった。この男に、こんな風にデートを台無しどころか、恋人と過ごした今日までの過去と、明日からの未来まで壊されるのは、もう何度目になるだろう。フェイタンは現在、私が恋人を作る度に殺すということに精を出している。


「作る度に殺されたら堪んないよ。責任取れる?取れないよね?とる気なさそうだし。じゃああと何回やったら気が済む?あと何回我慢したらいい?」

「お前馬鹿か?壊されるとわかてて何故作る、理解不能ね」

「いや、その前に何故壊す。そしてどうしたらやめてくれる?」

「簡単な話ね。お前がつまらない遊びやめる。それだけよ」

「やめられたらとっくにやめてるって」


ゴミを積む遊びも、花を愛でることも、1回台無しにされたら興ざめしてやめられたけど、こればっかりはどうしようもないらしい。なんか、何というかわたし、可愛い服着て、可愛い髪型して、かわいいって言われるのが結構好きなのだ。つまらない男の自慢話にすごいすごいと言って笑って、相手に満足してもらうことはもはや趣味みたいなもので、ただの気まぐれの遊びなんかでは収まらないないのだ。
私がその趣味に飽きるのが早いか、フェイタンが飽きるのが早いか。正直まだ飽きる気は全くしないが、それでも前者の方が早いのだろうと思う。フェイタンは割と執念深いから、また私が折れるに違いない。それまでに一体、何人の馬鹿な男が死ぬのだろう。

私がその不吉な数を概算している間に、フェイタンは私に背を向けて歩き出した。
恋人を殺されたのだ、とてもじゃないがさようならを言う仲ではないので、私はその背中に代わりに適当な別の言葉を投げておいた。


「マジで次彼氏殺したらフェイタンが責任もって私の彼氏になってね」


フェイタンは鼻で笑って、そのまま闇に溶けるようにすうっと消えた。
さて、手持ち無沙汰になった今夜をどうやって潰そうか。やっぱ酒か、酒だな。今夜は飲むぞ。
せっかく可愛いカッコしてるし、バーに行けば男のひとりやふたり捕まるかもしれない。
類は友を呼ぶ。馬鹿な私には、馬鹿な輩がたくさん寄ってくる。




そうして1ヶ月後、私の新しい彼氏が私の部屋で殺された。それはもう今までで一番ひどい有様で、まさに地獄絵図というのがピッタリであった。
私の家の、たった一つしかない部屋の丁度真ん中で、私の彼氏は爆発でもしたかのように真っ赤な血を部屋中に飛び散らせ、辺りに臓物をまき散らし、死んでいる。
勿論、犯人は言わずもがなフェイタンである。彼にしては珍しく汚い殺し方だったが、いつも通り現行犯だったので間違いない。
フェイタンは、何もかもぶちまけている我が彼氏の上に跨るように立膝をつき、青白い肌を血液と臓物で真っ赤に染めて、帰ってきた私を振り返り見ていた。お前は悪魔か。吸血鬼か。
流石にしばらく絶句したが、フェイタンの視線を受けていつまでもぼうっとしてるのもしんどい。私はひとまずふう、と息を吐き心を落ち着けた。
そして、フェイタンに歩み寄って、立膝をついて彼の目線に合わせると、ぽん、とその血塗れの肩に手を置いた。


「ハイ、今日から彼氏よろしくね」


そうしてとりあえず、前に言った約束にもなれない馬鹿な言葉を軽口として叩けば、フェイタンは何にも言わなかった。
いや、なんか言えよ。ここに来て無反応は困惑するだろうが。昔のように私を無視しているのか?しかし、視線はしっかりとこちらに向けられている。存在を亡きものにされている訳では無い。
私をじっと見つめたまま、やっぱりフェイタンは何にも言わない。嗚呼、どうしよう。このままなんにも言ってくれなかったら、私は彼のために可愛い服を着て、可愛い髪型して、一緒に出かけたりおうちデートしたりすることになるのだが、果たしてそんなことは可能なのだろうか。フェイタンは、きっと可愛いなんて言ってくれないし、そんなのじゃあ満足なんてしないだろうけど。
じゃあどうすればいいだろう。そう考えるとわくわくするような、ドキドキするような、この気持ちは一体、何だろうか。
そう考える私の不意をつくように、フェイタンは、口元を隠す布を片手で下ろすと、私の口にあっという間もなく噛み付いた。滴った私の血が、フェイタンの手に落ちていき、元彼の血と混ざり合うのを冷静に横目で眺める。何だか変な気分だった。

170503
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