→濁った目


今日も空は、ゴミを燃やした煙でくすんだ色をしていた。
あたしの目に映るそれは綺麗とも汚いとも思えないただの空だけど、少し前から行動を共にしているナマエという奴の目には、それが酷く汚いものに見えるらしい。

毎日睨むようにして空を見ている彼女をあたしは今日も横で見ていた。
と言っても彼女の目は長い髪に隠れて見えないから、睨んでるかどうかなんてわからないんだけど
なんとなく睨んでるんだろうなと思った。馬鹿だと思う。そんな事したって意味なんてないのに。
そうして心の中で嘲笑しながらも何故彼女から目を離さなかったのか、それこそ無意味なのに何故いつも彼女の隣にいたのか、それはあたしにもわからなかった。ただ本能がそう言ったから、惹かれるように彼女を追いかけていた。
毎日歯向かうように空を、地面を、物を睨みつける彼女と、それを嘲笑しながら隣にいるあたし。それはお互い日課のような、義務のような行動だった。

それにしても、なんであたしにはそうは見えないのにナマエにこの空は汚く見えるんだろう。
そもそも同じ色なのにどうしてこんなに感じ方が違うんだろうか。ある日何となく考えた。
そうして、もしかしたら汚く濁っているのは空ではなく彼女の目なのかもしれないと思った。
だからただの空なのにそんなにも濁って見えるのだ。出会った時から前髪の長い彼女の目をしっかり見たことはないから、それは想像でしかないけれどあたしはその時そう確信した。

彼女の目が濁らせるのは空だけじゃなかった。このセカイのもの全てだ。
全てが濁って見えてしまう可哀想な彼女はそれからも毎日苦しそうに呼吸して、毎日悔しそうに拳を握った。
きっと、その目に幻覚でもみせられてるのだとおもう。治す方法はあるのだろうか。
お礼をくれるなら、探してやってもいいかとか、くだらない情が湧いてくるくらい彼女は可哀想な毎日を送っていた。



それから2週間ちょっとたったある日、物に埋もれるようにして寝っ転がった彼女の隣にあたしは座っていた。既に日常化した光景だった。
本当はもっとやる事があるからクロロ達の所に行きたかったけれど、でも何故か離れるのは戸惑われたし、周りのものと同化して見える彼女は、放っておいたら誰かに踏まれてしまいそうだったから。だからそばにいた。
寝っ転がってるのが悪いから自業自得と言ってしまえばそれまでだけど、今のナマエは踏まれたら骨がこなごなに折れてしまうと思う。それは流石に胸糞がわるい。

踏まなくたって何かの拍子に骨を折りそうな今の彼女は出会った時より随分痩せていて、深海色の髪はくすんでいた。その長い髪は元はもっと綺麗だったと思う。可哀想だ。
彼女のそのイカれた目をいっそ抉りとってやれば、食べ物も食べられるんじゃないかな、なんて思っていると────彼女が突然、嬉しそうに笑った。


「ねぇ、みて…空があかいよ」


今日も空はスモッグに隠れてよく見えない。
馬鹿馬鹿しい。あたしは呆れ返って言った。


「あかくなんてないよ、いつもと一緒」

「ううん、あかいよ、真っ赤。見えないの?」

「……」

「きれーだなぁ…」


ナマエは夢でも見ているかのようにぼんやりとそう呟いた。
その時ちょうど風が吹いて、彼女の顔を隠していた深海色の髪がはらりと落ちる。

見て、思わず息を呑んだ。

初めて見る彼女の目は、この世のものとは思えないくらい、あたしが見てきた何よりも、澄んでいて、透き通っていて、
────本当に、綺麗だったのだ。

嗚呼、もしかしたらあたしはこれを見るために彼女の隣にずっと居たんじゃないか。そう思うくらい。
そうしてあたしが、何だか特別な物をみたような、見てはいけないものを見たようなそんな感覚に囚われている間ずっと、
彼女は、泣いていた。


「──きれいだね、」


あたしが思わずそういうと、ナマエは笑って目を閉じた。閉じた瞼から、真っ赤な涙が零れる。


それっきり、彼女が目を開ける事はなかった。



癖症



(何もかも見たくなくて、)
(彼女は目を閉じ現実から逃避した)

131025
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