5.Perhaps I know best why it is man alone who laughs, he alone suffers so deeply that he had to invent laughter.

そんなこんなで、私は一生聞くつもりなんてなかったし、意図的に避けるようにしていたが、リヴァイから一千年前の話を聞く機会は、結局それから程なくして訪れてしまった。




「……悪い」

「んえ」



よく寝た〜と思いながら大きく伸びをして起き上がったある朝、私は突然リヴァイに謝られた。本当に突然、おはようをいう前に、待ち構えていたかのように隣から謝罪が聞こえてきたので、私は思わず目をぱちくりさせてしまう。
隣を向くと、リヴァイは座っていて、目は虚ろ。またどこか呆然としていた。恐らく寝惚けているのだ。半同棲を始めてからわかったことなのだが、リヴァイは意外とねぼすけだった。
ちなみに、謝られるようなことをされた覚えはない。謝る必要があるのは寧ろ私の方だ。怒られたくないから言っていないが、私にはリヴァイに秘密にしている謝るべきことが沢山ある。例えばそう────先日のごみ捨ての日に出し損ねたペットボトルゴミがそこのクローゼットの中に入っていることとか────
まぁ、今はそれはいい。とにかく、リヴァイが何に対して謝罪してるのか私にはさっぱりわからないが、リヴァイはこの世の終わりのような、要するになにか絶望している顔をしていて、とてもじゃないが冷静ではなさそうだった。態度は至って静かで落ち着いているが、リヴァイなりに取り乱しているのが目を見ればわかる。こうみえて、リヴァイの中では大パニックだ。
なので私はベッドから起き上がり、水を持ってきてリヴァイに渡した。スリッパを履かずに床を歩いたが、リヴァイは珍しく怒らなかった。黙って水を受け取って、飲んだ。顔色が悪い。これは相当滅入っているようだ。
私が隣に腰掛け背中をさすれば、リヴァイはしばらく沈黙した後、重苦しい陰鬱とした溜息のような声で、静かに話し出す。それは、『夢を見た』というありふれたフレーズで始まった。

リヴァイはよく、一千年前の夢を見るらしい。
そこではリヴァイと私は兵士をしていて、彼曰くなにやら“デカイの”を倒そうと皆で戦っていたのだそうだ。デカイのというのが何のことなのかわからないが、リヴァイからみたら大体みんなでかいのになるんじゃないかなぁと思う。しかしそこはあれだ。私も空気を読んで黙った。
とにかくそんな感じで、でかいのにやられたくさんの仲間が死ぬ中、私達はがんばって生き抜いていた。しかし────ある時戦場の真ん真ん中で、私は今にもやられそうになった。リヴァイはそれを見つけたが、同時に人類の希望と呼ばれる存在がピンチなのも見つけてしまった。
どちらかを選ぶハラハラドキドキの局面。リヴァイの心は一瞬迷ったけれど、身体は一瞬たりとも迷わなかった。リヴァイの身体はリヴァイのものの筈なのに、彼の意志とは裏腹に、リヴァイの思いなんぞ気にも止めない感じで、人類の希望をまっすぐたすけにいったって。

リヴァイはそれが、今でも心残りなのだそう。



「おお」

「……なんだ、その気の抜けた返事は」

「いやいや……だってうっそ、めっちゃヒーローじゃんりばいやべー」



話を最後まで聞いた私は思わず、適当にも聞こえる調子でそう言った。そんな私に、今度はリヴァイが目をぱちくりさせる。いったい私が他になんというと思っていたのだろう。私には、こんな感想以外思いつかないからわからない。
だって、感想を述べるとするならその程度のことだ。まずたかが夢だし。リヴァイはちょっと情緒が安定していない所があるから、たかが夢にも感情をぐらぐら揺らされてしまうのだろうが、私にとってはこんなもの。何より、夢の話ほどつまらないものは無い。そんなつまらないものでリヴァイがそんなに絶望する必要は無いように思う。
というか、この前からリヴァイが言ってた一千年前って夢の話かよって感じだ。どんだけナイーブなんだお前は、と正直拍子抜けしてしまったくらいだった。

私がそんな軽口をひと通り叩き終わった頃には、話し終えてすっきりしたからか、きちんと目が覚めたからか、私がいつもの通りのふざけた返事をしたからか、リヴァイは落ち着いていた。
え、動揺なんてしましたっけ?と言わんばかりの顔である。そんなだから、私も安心して、つい、いつもの調子で更にふざけてしまった。何の気なしに、ぺろりと、言葉がこぼれてしまったのだ。



「でも、じゃありばいは私と人類だったら迷わず人類えらぶのか〜それってつまり見知らぬ他人を選ぶってことか〜ちょっとかなしいなあ」



そう言った瞬間、私は、リヴァイの顔を見て固まった。リヴァイは────本気で絶望したみたいな、死にそうな顔をしていた。
……いや、いや……だって、夢でしょう。どうしてそう、本気にとるのかなぁ。夢に対して、どんだけ真剣なんだ、この人は。
はじめは、動揺しながらそんなふうに思った。でも、私だって、いじわるする気はなかったのだ。次第にこちらまでなんだか悲しくなってきて、とうとう私も眉下げて言った。



「…そんなかおしないで、冗談だよ」

「……俺は、」

「私も兵士だったなら絶対そういうりばいだからすきだったし、そういう感じの方が安心して戦えたと思うよ」



私がそう慰めると、リヴァイは僅かに目を見開いて、それから少しだけ笑った。それは、思い出を懐かしむような顔だった。



「…ああ。てめぇはそういうやつだったな」



リヴァイは力なくそう言って、目を閉じた。
私はそれを見て、微かに胸がいたんだ気がした。

────わたしは、この人の壊れ物のようなところがすきだった。うつくしく繊細で、かなしいところがすきだった。だけど、いま、思う。この人はきっと、呪われているのだ。その呪いを、私が解いてやれたら、どんなにいいだろう────
なんて、どうしてかそんな、らしくないことを考える。それくらいには、ありもしない一千年前の話をするリヴァイが、憐れだったのかもしれない。そうだ、きっとそうなのだ。

171207

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