1.There is always some madness in love. But there is also always some reason in madness.
朝日がやけに眩しくて、瞼を通過した光に当てられる眼球が痛くて目が覚めた。仕方なく起き上がって窓の方を確認してみると、カーテンが微妙に開いていて、私の寝ていたところに丁度日差しが降り注いでいる。そりゃあ眩しいわけである。私は納得してひとつ頷いた。
それから、なんだよーとちょっと腹を立てながらふと左を向くと、時計が目に入る。起きたかった時間を30分過ぎていた。
「まじか」
そう思いながら、それでも口に出してみれば意外と冷静になれた。僧侶の如く妙に落ち着いた頭のまま、今度はふと右を向く。私のすぐ隣に誰かい た。流石に動揺して思わずえっと声が出た。
「あっ何だりばいか」
しかしわけがわからなかったのは一瞬で、正体にはすぐにたどり着いた。その後今度は『なんでこの人がここに、』とも思ったが、ざっとここ数年の人生を振り返ったらちゃんと思い出した。私と彼は大学で知り合い、俗にいう恋仲となって今は半同棲をしているのだ。そりゃ横にいるわ。何びっくりしてるんだ私。
彼の名はリヴァイ。リヴァイ・アッカーマン。私のおもろい恋人。 いっつも怖い顔してて、口を開けば「だらしねぇ」だの「きたねぇ」だの「片付けねぇと削ぐぞ」だの、恋人に言うには些か酷すぎる罵詈雑言を浴びせてくる潔癖野郎で、多分チンピラの申し子。
いやぁ、冷静かと思ってたけど意外と寝惚けてたんだなぁ。どうして忘れてたんだろう。何だかおかしくてあははとひとり笑った。しかし今はのんびり笑っている場合ではない。家を出る時間は刻一刻と迫っている。
私は起きて仕事に行かなければならないが、リヴァイはまだ起きる時間ではないので、小声でリヴァイにおはようと挨拶をする。まったく、職場が近いやつはいいよね。そう勝手に妬みながら、ようやく身支度をする為にこっそりと布団から出て行こうとした。
「………くな」
「ん?」
ところが、低く呻くような声にそれを阻まれる。リヴァイが何か言っている。私がそれに耳を傾けようと近づくと、突然ガッと腕を掴まれた。
「わっ!?ちょっと、びっくりした。なになに、どうしたりばい」
「………い、…な」
「え?」
「行くんじゃねぇ…」
「…………」
私が思わず黙り込むと、しばらくして、リヴァイがゆっくりと目を開ける。それから突然むくりと起き上がって無言のまま私を見た。寝ぼけてる。完全に寝ぼけてる。言いたいことは色々あるが、とりあえず仕事の前なのもあってぜんぶ呑み込んだ。
「…残念ながら仕事なので行くね」
なんとかそれだけ言って、やんわりとリヴァイの手を振りほどいて、私は床に降り立つ。そのまま歩き出そうとしたら、後ろから「おい、素足で歩くんじゃねぇ。きたねぇな」と文句を言われたので、大人しくスリッパを履いてそそくさと部屋を出た……
……そこでようやく、私はにやりとした。だって、行くなだって。あのリヴァイが。あの、恋人に対して少しの甘さも見せない正直私の事好きなのかも怪しいリヴァイがそう言ったのだ。辛そうに、苦しそうに、縋り付くように、“行くな”って。
素直にかわいいなと思う。リヴァイの性格とか、見た目とか、まぁそういうのも勿論好きだけど────私は彼のこういう憐れなところが、可哀想で、さみしがりで、なにかひどい苦しみに囚われている。そういう片鱗を見た時、とりわけ彼をすきだと思った。なにか美しい壊れ物を見ているような、そんな気分になった。
まぁ、面倒臭いから絶対自分からはつつかないけどね。壊れ物なのだからそっとしておくべきだし、知らぬが仏、触らぬ神に祟りなしだ。要するに私はクソ野郎なのである。
支度をしながら、考える。寝惚けて“行くな”、なんて言うってことは、何かしら置いてかれたトラウマでもあんのかなぁ。とか、呑気に。
そうしてすっかり支度を終えて、出ていこうとした時だった。
「なぁ、なまえよ」
「んー?」
玄関先で、靴を履きながら振り返ると、リヴァイが少し離れた先に立っていて、私をじっと見ていた。その姿はなんだか、寝惚けた子どものように見える。いや別に、決して彼が男性にしては小さいからとかそういう意味ではなくて。
目がぼんやりしているからだろうか。何だかまるで、まだ半分夢の中にいるみたいで、微睡んでいるみたいで、そんなだからそう見えるのだと思う。寝惚けたりばいは大体面白いのでちょっかいかけてみたいけれど、もう靴を履きかけてしまっているので、残念に思いながら私は大人しくりばいの言葉を待った。
彼は、やっぱりぼんやりとした口調で、私に言った。
「もしお前がこれから死にに行くとしたら」
「……うん?」
「そうしたら俺は、」
────今度こそ、間違いなく。お前の両足をへし折るだろうな。
リヴァイの目は、虚空を見つめている。どこか遠くを、底知れぬ闇を、静かに見つめている。私はたん、と地面に足をつけて、踵を靴に押し込んだ。
「あはは、死にに行くってウケるね。仕事行くだけだよ」
「……………」
「いってきまーす」
ばたん。とドアが閉まる。私はドアに寄りかかって、ふう、とひとつため息をついた。気付かぬうちにちょっと息止めてた。
死にに行くって、大袈裟な。というか────“今度こそ”って、なんだよ。私の知らぬ間に、彼は私の足をへし折ろうと、少なくとも1度は思ったことがあるというのか。
彼の仄暗いところはたしかに好きだが、こうして知らず知らずのうちに背後をとられているような、いつの間にか間合いを詰められ喉元に刃物を突きつけられているような、そういう時は流石に、私も思わず背筋が冷えたりもする。
扉の向こう側、なまえに話を軽く流され、一人置いていかれたリヴァイは、部屋でぽつり「ばかだな」と呟いた。なまえに向けたのではない。自分に向けた言葉だった。
何故って、巨人はもう何処にもいない。ここは戦場ではない。なまえは、死にに行くのではない。なまえは大丈夫だ。もう、大丈夫なのだ。ああ、だけど。
170912
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