放浪クロロ | ナノ
美しくない終焉

「団長!今日はなんだ!?全員集めてるってことは、あの時みてぇなでけェことなんだろうなぁ!!」


腕がなるぜ!だの皆殺しだ!だの息巻いているみんな。うん、怖い。しばらく期間が空いていたのでちょっとだけ久しぶりの仕事だが、相変わらずみんなとっても元気そうだ。
特別元気そうなウボォーさんが言っている“あの時”っていうのは、恐らく数年前のあのヨークシンシティでの、マフィアのオークションを襲撃したあの日のことだろう。
あの一連の騒動を思い出し、なんとなくしみじみする。懐かしかった。あの時は大変だったけど、今では本当にいい思い出。私はきっと、これからもあの時のことを忘れることはない。

あの日から、少しずつ色んなことが変わっていった。団員一人一人は勿論、中でも一番変わったのは、きっとわたし。


「今日はまず、みんなに話したいことがある」


そう切り出しても聞いてもらえないのはいつものことだ。みんな談笑している。前はそれに対していつも律儀に悲しんだり怒ったり落ち込んだりしていたけれど、今の私はそうじゃない。
自分がこんなふうになるなんて、思ってなかった。こうして楽しそうにしているみんなを見て、私はなんだか微笑ましいような、ずっとこうしていたいような、そういうあたたかさを感じていた。


「聞いてくれる人だけでいい」


そうやって静かに話出せば、みんなは耳を傾け出す。もうわかっていた。みんな素直じゃないんだ。いつだってそうやって、肝心な話は聞いている。そういう所だけは変わらないみんなに、私はおかしくなって少しだけ笑った。
それから、息を吸いこんで、とうとうその言葉を告げた。


「今日の仕事が、俺が命令を出す最後の仕事になる」


広間が、しん、と静まり返った。
私は穏やかな気持ちのまま、ゆっくり、もう一度繰り返す。


「今度こそ、最後だ」


今から言うことは、私の団長としての最後の言葉になる。もし万が一これを覆す言葉を私が言った時は、それは私ではない。よって殺してもいい。私はこの決定を、変えるつもりは、今後一切ない。
そう念を押して、私はひとりひとりの顔を見る。皆一様になんで、という顔をしていた。勿論怒ってる人もいる。フェイタンやフィンクスなんかは特にめちゃくちゃ怒っている。でも、やっぱり動揺の方が大きいようで、その表情もぐらぐらと揺れているように見えた。シャルの方は見れなかった。


「理由としては、そうだな……おれはもう、欲しいものがなくなってしまったんだ」


これは嘘だった。みんなを納得させるための、ずるい嘘。私には欲しいものなんて言ってしまえば最初から一つだってありはしなかったし、皆と一緒に楽しく笑い合えること、みんながどこかで元気にしてること、それだけあればそれで十分すぎたのだ。私は、幸せだった。幸せすぎた。

ヨークシンで本音を明かしたあの日まで、私は団長なんて不本意だった。だからいつも行方をくらまして、シャルに見つかっては巻き込まれ、話を聞いてもらえないまま背負いきれない大きな罪を犯してまた逃げるように行方をくらます。そんな風に生きていた。そんな変わり映えのしなかった私の愉快な盗賊ライフはあの日から少しずつ変化して、私は団長として今までしてこなかった努力をしたし、そうしていくうちに私達は少しずつ落ち着いてきて、慈善活動なんかも割とやるようになって。みんなは、少なくとも私の前では残虐ファイトをあまり行わなくなった。
皆殺しだ!と言うものの、私に気を使っているのか、意味もなく人を殺しはしない。自分の身が危険にならない限り、酷いことはしない。
それは、すごくいい事のはずだった。私がずっと望んでいたこと。私がそうしてほしいと言い続けていたこと。それなのに私は今、こうしていることが本当に正しいことなのか、わからなくなっていた。


「蜘蛛を解散させるつもりは無いよ。生かすべきは蜘蛛だ…って、俺が決めたことじゃあないけど……そうやってみんなで作ってきたものを、壊す勇気は俺にはないし、その権利は俺にはない」


そう、私はただ、自ら切り離されるに過ぎない。


「これから、俺はみんなを仕事で集めたりも、そうして命令したりもしないけど……それぞれが蜘蛛として、好きなようにやってほしい。1人1人が1匹として生きていくのも良し、新しく団長を立てるも良しだ。あんまり悪い事はするなよ、心配になるから。揉めたらコイン、これも忘れないで。みんなすぐ揉めるから、仲間内でひどいことしちゃだめだよ」


喋っているうちに泣いてしまうんじゃないかと思ったが、不思議と涙は溢れてはこなかった。代わりに、言いたいことが次々と溢れてくる。最後だと思うと、みんなに言っておかなければならないことがたくさんあって、でも実際口にしてみると、どの言葉も必要が無いような気がして。早く締めくくらなければ、と思った。


「いつでも心配してるし、どうしても何かあったらなるべくすぐ、どこにいても俺は駆けつけるから……」


団長なんて、ずっと、不本意だった。
でも今は違う。


「私を団長にしてくれて、ありがとう」


笑顔で、心からそう言えるようになったこと。それが何より私の変化だ。
そうして私は笑みを深めると、最後の仕事を告げた。今まで付け焼き刃だった団長モードもなかなか様になってきたのではないかと思う。
今度の仕事は大きくて、終わりに相応しい仕事。きっとこれが、私の世界が紅に彩られる、最後の時間となるだろう。最後だからだろうか。すごく嫌なことのはずだったのに、私はその美しい景色を目に焼き付けなければならないと、そんな気持ちでいた。もう、私もどこかおかしいのだろうか。


***


長く短かった仕事は終わり、いつもより派手に打ち上げをして、夜が明けた。
もう団長じゃないのだから何かあったらこれからはこっちからすぐに呼びつけてやるだとか、何も無くてもあったふりして呼びつけてやるとか、そんな事を言って肩を叩いて去っていく皆をそれはやめてくれと言って見送る。意外にみんな明るかった。私が常に情けない様子だったので、いつかこんな日が来ることをみんなどこかで分かっていて、心の準備はとうにできていたのかもしれない。
みんながそれぞれの場所へ帰る中、最後まで残っていたのはマチだった。いや、最後とは言ってももう一人いるけど。シャルナークだ。此奴はまぁ例外というか、カウントしない。どうせ残るのはわかっていた。
この後私は絶対にシャルと2人きりになって、修羅場になってデスファイトして死にかけるだろう。そのことも予定に含め、この宣言をした。ここが私の乗り越えなきゃいけない最初の死亡フラグポイントなのだ。もう私は団長でなく、ただの人だから、放っておいてほしいなぁというのが本音である。
マチは、私の顔を見て静かに笑った。可愛いな、と場違いに思った。しあわせであってほしいと思った。今までも、これからも。ずっと。
私は幸せだったが、彼女は幸せだっただろうか。ひょっとしたらこんな考えは男女差別だって怒るかもしれないけれど、マチやパク、それにシズクを見ているとそういう心配をしてしまう。
男どもは流石にもうこの際良い。そんなの自分の拳で掴みとってくれと言うしかない。女の子も、もしかしたら今の時代はそうなのかもしれないけれど、それでも私は、彼女達の笑顔を見ていると、大切に大切に守っていきたいと、たまに思うよ。
これは私が男だからなのか、それとも女だからなのか、それはついぞ分からなかったが。そんなのはどっちでもいい。私にはその力がなかった。


「だんちょ、……クロロはさ、これからどうするの?」


そう聞いてきたマチの目は寂しげだった。捨てられた子どものようで、私はひどく胸を締め付けられる。だけど、これは遅かれ早かれいつか必ず来る瞬間だ。いついつまでも盗賊として生きていけるわけがない。だから、これは永遠の別れではないのだと言うことくらいしか私には出来ない。

これからどうするか。それは私にもわからない。ただ、遠くへ行くのもいいかなと思う。そうだ。それがいい。


「…ほしいものでも、探しに行くかな」


だって、世界は広いし。地平線を目指して旅に出るのがいいかもしれない。放浪クロロ、自分探しの旅、始めます。ってな感じで。
そう言ったら、マチはそう、と呟いて、私の方をまっすぐ見つめた。それから「あんまり遠くに行かれると、あんたが死にそうな時に駆けつけてやれないから、勘弁してよね」と言った。


「マチはいつも、助けてくれたな」

「そんなこと言ったら、あたしだっていつもクロロに助けられてた」

「そんなことあったかな……」

「あった。もう忘れてるかもしれないけど、沢山。……だからあたしはクロロを助ける。だから、また……」

「うん」


会うよ。何度でも。そう言ったら、マチは安心したように笑って手を挙げて、帰っていった。
そうしてとうとう、アジトには私とシャルだけが取り残される。シャルは壁によりかかって、何のことかわからないが、ふーんと言った。


「何だ」

「いや、それじゃあおれも、探しに行こうかなってさ」

「……ああ、それがいいんじゃないか?」


何にせよ、もうシャルナークに振り回されることはない。私はもう団長ではないのだ。私が団長であった蜘蛛は、もうどこにもない。蜘蛛は死なず、ただ消え去るのみ。というわけだ。
私はこの、陳腐で美しくない終わりを思い、静かに目を閉じた。

170526
このあと結局シャルとの2人旅が始まります

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