青の境界線

ケイが任務に出てから3週間程たったある日、CP9の面々はスパンダムによって招集されていた。
これから深刻な話が始まるというのに皆気だるそうにしたり面倒くさそうにしたりしれっとしていたりしていたが、スパンダムだけは机をトントンと叩きながらイライラしている。
誰も何も言わなかったが、いつもの定位置にいないケイについてそれぞれがそれなりに気にしていたりいなかったりした。
とうとうスパンダムはその空いたスペースに目をやり、沈黙を破るようにバンっと机を叩いた。



「ケイが帰ってこねぇ」

「…確かにもう期日はすぎてますな」



静かにそう返したルッチは、しれっとしているタイプだった。ケイの所在なんてどうでもいいらしい。
ルッチのそんな態度が気に食わなかったりもして、スパンダムは声を張り上げた。



「あの野郎逃げやがった!はやく見つけ出せ!あのわかりやすい馬鹿から情報が漏れたら一大事だ!!」

「ヘマしてどっかで死んでたりは?」

「あいつもCP9だぞ!?それに、出ていく前にあいつ、辞表を出そうとしていやがったんだ!このタイミングでいなくなるってそういうことだろうが……!」



ぎゃーぎゃーと騒いでいるスパンダムに心底めんどくさそうに顔を歪めたジャブラは、スパンダムのことは放って隣にいるカリファに問いかけた。



「カリファ、お前なんかあいつから聞いてねぇのか」

「ああ…先日私の部屋にケイからのセクハラな手紙があったので捨てました」

「(セクハラな手紙…?)」

「酷いなお前」



ふられた挙句最後の手紙もあっさり捨てられてしまったケイをほんの少しだけ哀れんでジャブラはそう言ったが、カリファの方はさも当然といった顔をしていた。



「どうせ帰ってくるわ。手紙を読んだ限り裏切ったなんてことは無さそうだもの」

「飼い慣らしとるのぉ…」

「ええ、勿論」



カリファはカクの言葉にふふ、と笑った。
スパンダムは相変わらず騒いでいる。ケイがいなくなってもそこは変わらず賑やかだったが、ケイのいた場所にぽっかりと空いた穴は終始ふさがることはなかった。




***




見上げれば空、足元には海。見渡す限りの目眩く青に囲まれて歩きながら、おれはひとり、ぼんやりぼんやり考えた。
おれはケイ。CP9だ。悔しいことにメンバーの中ではあまり強い方ではないけれど、まぁその辺のパンピーとか雑魚海賊に比べれば結構強いのだ。猛獣をけちょんけちょんにするのだってわけない。

だというのにだ。いま、おれの腹には穴が空いていた。プロとしての名誉のために言うが、決して任務による怪我ではない。任務の方はちょろいのですぐに片付いたし、後始末まで完璧だったのだが。なんというか────端的に言えば、おれはその後、頼まれていた以上のことをしてしまったのだ。要するに、あまり強い方ではないのにも関わらず“深追い”しすぎたのである。
任務をするとき、何の準備もなく始めるなど流石に無謀すぎる。天下のCP9は任務を確実に遂行するために、事前準備などの努力を怠らないのだ。でもでも、正義の名の下に生きている身としては、目の前の悪事を放っておけないわけで………

まぁこんなのは言い訳だ。どんな理由であろうと、頼まれていた以上の成果があろうと、腹にこんなダサい穴があいてしまったことには変わりない。こんなザマでは恥ずかしくて列車にも乗れないので、こうして途中まで線路を歩いて帰ってきたが、正直もう帰りたくなくて足を止めた。
こんな無様な穴を見られたら絶対にみんなに小馬鹿にされるし、何よりカリファにますます幻滅されてしまうと思った。いやだ。



「いやだぁーーーッッ」



おれは1人そう叫ぶと、いつの間にかたどり着いていた浜辺に勢いよくダイブした。それからゴロンゴロンと転がってジタバタする。白い砂浜が赤くなっていくのがまたムカつく。
正直正義というよりカリファにすごいって見直してもらうために深追いしたのに(というのは秘密だが)、こんな結果で帰るなんて無理。どの面下げて帰ればいいんだよ。
でも、仕事はやめられないと先週長官に言われたばかりだし。どうしたものかと考え涙を流しながら浜辺で死んだようにぐったりしていると、そんなおれに声をかける者がいた。




「ンマー…酷い怪我だな。大丈夫か」

「…誰だ」



慌てるでもなく、怪しむでもない声色におれは内心首をひねった。こんな有様の明らかなる不審者に対してフレンドリーに話しかけるなんて、実に酔狂な奴だ。それはいいけど、さて、どうしようか。明らかに銃痕のあるおれは、この一般市民になんと言い訳すれば一番いいだろう。



「俺はアイスバーグだ。ここの市長をしている。…何があった?随分血が出ているな」

「(えーしかも市長かよー!?)…お…おれは、おれ、………おれにもわからん…」



なんで市長がこんな所にー!?と衝撃を受けたのと、血が足りないのもあって、自分でも仰天するくらいの穴だらけの嘘とも言えない雑な嘘をつけば、流石に市長は不審なものに向けるような視線を突き刺してきた。



「……憶えていないのか?」

「いや!憶えてる!ちょっと待ってくれ………」

「…………」

「……あー…鬼ごっこ、とか…かな……」

「……ンマー、随分怖い鬼だったんだろうな」



いや、どっちかっていえばおれが鬼だったんだけども。心の中でそう言って、結局何一つうまく言い訳できていないことに気づき、どうしようもないなと流石におれも自分で呆れてしまった。諦めすら湧いてきて、おれはへらりと間抜けに男に笑いかける。



「あはは…いや、…悪いけど説明できないよ」

「どうしてだ」

「知らない方がいいこともあるんだぜ」



おれとこんなふうに話してくれるなんてこいつはきっとすごく良いヤツだし、犯罪者じゃないんだから敵でもない。おれはフクロウのバカヤローとはちがって口を滑らせて余計な殺しを増やしたくないのだ。だから、出来ればこの人には早くここから去ってほしい。
しかしそんなおれの思いとは裏腹に、市長は向こうに見える線路を眺めて、わずかに驚いたようにおれの方を見た。



「お前、ひょっとして線路を歩いてきたのか?」

「ええ?さぁ……」



くっそ中々去らないな。どんだけフレンドリーなんだよ。初対面の血塗ろヤローにどんだけ話振ってくるんだよ。そしておれ、さぁってなんだよさぁって。怪しいやつすぎるだろ。咄嗟に思いついた作戦が記憶にございませんとか流石に間抜けである。このおれに、こんな間抜けな言い訳をさせるなんて…………



「ッなんだよ!!なぁもういい!?!?ほっといてくれ!!!」

「ンマー、ほっといてもいいが…」

「じゃあほっとけコラァ!!」



おれが凄むと、そんなのは平気な顔でスルーして、市長は遠くの空を見上げた。



「…もうじきアクア・ラグナがやってくる」

「アクアラグナァ?ああ、あの大型台風か」

「知ってるなら話が早い。ここじゃああっという間に呑まれるだろう。立てるか?いくぞ」

「えっ、ど、どこに」



市長はおれの腕を自分の肩に回して、俺を立ち上がらせた。意外と足に力が入らないので驚く。少し自棄になりすぎた、血を流しすぎたようだ。市長はおれの質問には答えず、代わりに別の質問をしてきた。



「お前、名前は」

「な、名前?」

「それも言えないのか」

「い、言えないというか…!」

「…まぁいい。よし。じゃあお前の名前はステゴサウルスだ」

「いやなんでだよ…ああ、捨て子的な?」

「…そこまでは考えてなかった。可哀想だ。別の名前を考えよう」

「いやいいよ!というか待て、何のつもりだ!」

「呼ぶ名前が必要だろう、これから不便だ」

「…は?こ、これから?」



おれはそこでようやくこいつの意図に気づいた。そうして咄嗟に腕を振り解こうともがく。たまったもんじゃない。こんな、一般市民に助けられるなんて。



「いや…!!というかお前、ほんとにどういうつもりだよ、だって、だめだ。おれがここにいるのバレたら、おれもおまえもあぶねーんだって!」

「そんなのは嵐が過ぎた後に聞かせてもらえばいい」

「バカ!!わかったぞお前バカだ!!!離せバカーー!!!」



おれがそういうと呆れたようにため息を吐かれ、無視された。なんだよこいつ、何なんだよ。なんでこんだけ言ってもほっとかないんだよ。そう思うと、なんだか胸がいっぱいで、おれの目からとうとう涙が零れた。



「なん、なんでっ…おれのこと怪しいとか、思わねぇのかよ…うっうっ」

「怪しい?じゃあなんだ、お前、おれに一つでも嘘ついたりしたのか?」

「ついてねぇよ、ついてねぇ…けど、それはなんも、話せてないからで」

「さっきも言ったがな、話せなくても今はいい。もしお前が怪しいヤツだとしても、お前が悪さをしないようにおれがしっかり見張っておくから安心しろ。おれだけじゃない。うちの奴らはみんな強いからな」



市長は、そう言って俺に笑いかけた。もう限界だった。おれの涙ダムはあっという間に決壊した。



「…っケイっ、おれ、は、ケイだ、うううう…!!」

「そうか。ケイ、よろしくな」



これからどうなるのか、それは今はまだわからない。しかし、おれは絶対にこいつに迷惑をかけないと、今この瞬間誓った。おれのせいで迷惑をかけるような、そんな真似だけはしないと。
アクア・ラグナが過ぎる頃には長官からおれの処分についての手紙なり電伝虫なりが届くだろう。おれが送った今回の任務についての情報も、嵐の後には届くはず。一先ず、すべてはそれ次第だ。

170806

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