なってしまった話

「鬼太郎」



呼ばれて振り返れば、彼女はいつもみたいにへらりと笑っていた。やさしい春のような笑顔に僕も自然と口元が緩む。いつまで見ていられるかな、と思っていた。彼女はいつか、僕達を思い出にする存在だから。いつまでも見ていられないよな、と思っていたんだ。彼女が笑ったまま、次の言葉を発するまで。



────私ね、死ねなくなっちゃった。年も取れなくなっちゃったの。


それは、とんでもない事だった。
それを聞いた僕は心のどこかで歓喜して、どこかで激しく絶望して、混乱した。どういうことだ、彼女は妖怪になってしまったのだろうか。
冗談かと思って、思いたくて動揺を隠しきれないまま彼女をじっと見る。聞きたいことは色々あったけれど、全部がうまく言葉にならなかった。
次第にくらりと視界が揺れた。頭が痛い。彼女はなんにも言わなかった。

一体どうして。思わず手を伸ばすと、ぎゅっと握られる。そこで気づいた。彼女の手はどうしてか真っ赤な血にまみれていて、ひどく冷たい。

────人間が妖怪になってしまうとき、幸せなことがきっかけになるわけがない。
ましてや願ってなれるものでもない(彼女はよく、妖怪になりたがっていたけれど)。
それは、どうしようもないかなしみに呑み込まれてしまった時だけだ。



「鬼太郎」



やさしい声で、再び僕の名前を呼ぶ。
この娘はこれからそのかなしみを抱えて、途方もない年月を過ごすことになるのだろうか。



「ごめんね」



首をかしげて笑ってみせたなまえに謝りたいのは僕だった。
君の異変に気付けなかった。助けてあげられなかった。近くにいたのに。

いつも彼女は今日のように笑っていた。今日も彼女はいつもみたく笑っていた。何にも変わっていない。変わったのはあたたかさだけ。
いつからだろう。いつからそうだったんだろう。ひょっとしたら彼女は、出会った時から少しずつ。誰にも気づかれないように誰にも負けないかなしみの塔を築き上げていたのかもしれない。いつもの、穏やかな笑顔のままに。
絶望しないわけがなかった。それはきっと誰が聞いても。



「ごめん」



気付けなくてごめん。知らなくてごめん。
耐えきれなくて僕が謝ると、握る手が強まる。ぬるりとすべる彼女の手のひらの血は、まだあかるく赤かった。


やさしい春は夜露に濡れて

151220

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