なりたい話

好きな人がいた。心の底から大好きな人だ。いとしくていとしくて、仕方のない人だ。
それはずっとむかしからの恋だった。そう、初恋。やさしくて甘酸っぱかったはずの恋。
私は、幼い私が抱いたその想いをかれこれ10年くらい心の中で大事に温めて続けている。
大事に大事に温めて、それはそろそろ腐ってきた頃だろう。

日々死んでいく私を、次の日の私の中で生かし続けることはむつかしい。
幼い私は心の中でもとうに死んだし、死体が腐るように想いだって手の中で少しずつ変化していく。
変わってしまった、腐ってしまった今ではもう、ただ好きだなんて言えなくて。そばにいてほしいとかどうしてほしいとか、学校で習った資本主義のような思想も相まってなんだかもう、それは美しくはなかった。純真なんてない。どこにも。
それでも恋だった。腐っても恋だった。みっともなくても、醜くてもよかった。胸を刺すようなそれがどんな形であれいつまでもそこにあってくれるのなら、それは永遠だと思っていた。
永遠になれたなら、いつか、永遠である彼の隣にいることが許される気がしていた。このまま心とおんなじく身体も腐らせて、私をゾンビにしてくれ。
いつだってそう思う。私の恋の結末を理解したときからずっと。

隣に座って、あくびなんかしながら池に糸を垂らして釣りをしている彼をちらりと見た。
いつだって格好いいと思う。一人ぼっちだった私を助けてくれた、いつでも今でも助けてくれる、私のヒーロー。だけど、私だけのヒーローじゃない。私だけの初恋じゃない。




「…私のお母さんの初恋の人」

「何か言った?」

「なんでもない。やっぱりちょっと生々しくて気持ち悪いなーって!」

「何の話だい」



苦笑してなだめるように言う鬼太郎に、私も笑って返す。うまく笑えていたかはわからない。

ああ、かなしいことだ。にくらしいことだ。
お母さんの初恋を知ってしまっとき、私はその、親子で同じ人を好きになるという生々しさを気持ち悪いと思うよりも前に、絶望した。
お母さんは鬼太郎への想いについてあまり多くを語らないけれど、ひょっとしたら、ひょっとしたら私と同じように大事に胸の奥で温めて腐らせていた想いを捨てて、今を生きている。
それが何より私の未来を、この恋の結末を示唆していたから。

私の身体はゾンビにはなれない。死んでしまう今日の私のままでいることができない。私は明日も生きていく。新しい私になって、毎日を進んでいく。
彼は、今も出会ったあの日にいるというのに。日々を殺さない生き方を知っている彼は、いまも、いまでも遥か昔にいる。うつくしいまんまで、私の大好きな、大好きで大好きで仕方のない彼のまま。

となりで笑う彼の背は、いつのまにか私より頭の位置が低くなっていて(否、私が高くなったのだ)、くるしくてくるしくてそれだけで死にそうになった。
遠ざかる、どこまでも。鬼太郎がにげてるわけじゃない。私から遠ざかる。私が悪いのだった。私が大人になんてなっちゃうから。
横丁が見つけづらくなったのはまだ秘密にしているけれど、鬼太郎は言わないだけでもう気づいているだろうか。鬼太郎は、私が身長を追い抜いたことにも別になにもいわない。
そろそろだね、なんて予告したりしないまま、ある日あっさり私の目の前から消えてしまうのだろう。別れの挨拶すら、言えるのか怪しい。

消えてしまった彼らに、初めはかなしんで嘆くとして。
いつかそのかなしみすら殺してしまう私は、そのまま丸ごと、全部を忘れてしまうかもしれない。そうしてほかの誰かを愛するとして。その誰かと、結婚するとして。
そうしたら、私の子供もまた、鬼太郎に恋をするのだろうか。その子供のはなしを聞いて、わたしは鬼太郎をなつかしむのだろうか。
そう思うとどうにも切なくて、やるせなくて。お母さんも私の過ごす今日のような日を思い出して、切なくなったりもするのかしら。


そう考えて、泣きそうになってうつむく私に
具合でも悪いの、今日は帰ったら。
って、鬼太郎は知ってか知らずかやさしく言う。
イギリスのピーターパンなんかよりずっとやさしくて、例え私が忘れてもきっと私を覚えていてくれるだろう彼。そう、彼はピーターじゃないから、だから私が大人になったってちっとも怒ったり嘆いたりしないんだろうけど。
それでも私はウェンディとおんなじで、もうすこしだけ、もうすこしだけおとなになるまいと体を縮みこませて、小さくみせるのだ。




160126

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